第33話 後日談



 泣きつかれて少しウトウトしている菊を、そのまま自宅へと送り届けようと、島津は車を走らせた。


 しかし、車を走らせ、はたと菊の住所を知らないことに気がつく。

 そのため、一度コンビニで停まって菊に住所を尋ねた。


「え?住所、ですか?」


 しかし何故か菊は住所を教えたがらなかった。


「一度、私の車に戻ってくれませんか?私、自力で帰りますから。」


 虚ろな瞳でそう訴えられ、


「いや、今のあなたでは運転は無理だと思います。送らせてください。」


 そう言うと、菊は渋々頷き、たどたどしく住所を教えた。



 菊の自宅へ着く頃には、時計の針は午前0時を回っていた。


「着きましたよ。瀬戸さん、」


 島津が声をかけるが、精神的疲労に負けたのか、菊は眠り込んで目を開けない。


 仕方なく一旦運転席を降り、助手席側に回る。


「瀬戸さん、起きてください。お家に着きましたよ。」

「…帰りたくない。」


 この段になって初めて、島津は菊が寝たフリをしていたことに気がついた。


「…帰りたくないんです。」


 拗ねたように上目遣いで見つめられ、島津のタガが外れた。


「………っ」


 島津は余裕のない顔で菊の顎を上向かせると、激しく唇を重ねた。

 角度を変えて何度も何度も交わる舌が、唾液を掬えず、菊の口角をぬめぬめと光らせた。

 

 唇が離れると、僅かな光に浮かび上がる菊の瞳は潤んでいる。


 島津は滾る本能を強い理性で抑えつけるように、何度か呼吸を整えながら目を細めた。


「今の今で、あなたを欲しがったら、俺はそういう目的だけであなたに近づいたように見える。今日は、もう帰りましょう。」

「……はい。」


 菊は思いの外素直に受け入れると、おずおずと車から降りてきた。

 降りるとすぐに島津を見上げ、


「ありがとうございました。私、貴方に会えて本当によかった。」


 泣きそうな顔で微笑んだ。


「俺もです。」

 

 島津も微笑み、そしてそっと菊を抱き寄せた。


 


     ※ ※ ※




 付き合い始めた二人だったが、お互いに仕事が忙しく、あれからまともに会ってはいなかった。


 それでも毎日電話をしているし、LINEもしている。

 しかし、電話をしてもLINEを交わしても、接点が増えれば増えるだけ、会いたい気持ちは増していく。




「今日、これから少し、会えませんか。」


 堪えきれなくなった島津がある日の仕事終わりに菊に電話をかけた。


 菊は二つ返事で了承した。



 島津は車で菊の家に向かい、菊を乗せるとそのまま食事へと出掛けた。


 前に一度行ったことのある隠れ家的イタリアンレストラン。


 以前は楽しんで食事をする雰囲気でもなかったため、ワインもデザートもキャンセルした。

 しかし今日は違う。


「ここは食前酒が旨いんですよ。俺は今日も車なので飲めませんけどね。」


 わりとはじめから島津は攻めの姿勢だった。



 食後のワインを嬉しそうに味わった菊は、店を出る頃には足元が若干覚束なくなっていた。


 島津は助手席のドアを開け、菊を乗せると、


「今日はこのまま俺の家に向かってもいいですか?」


 熱のこもった目で菊を見つめた。

 

「はい。お願いします。…次はいつ会えるか、わからないから。」


 酔いの回った菊は、いつもより気が大きくなっている。

 島津は僅かばかりの罪悪感を抱えつつも、自宅へ向けて車を走らせた。




 島津の自宅は高層マンションの七階。

 エレベーターを待つ間も、酔いに任せて大胆になっているらしき菊に垂れ掛かられ、それを支える名目で菊の腰に手を回した。


 

 自宅の鍵を開け、先に菊を中に入れると、島津はゆっくりと玄関を閉める。


 そして靴を脱ごうとしている菊を後ろから抱き締めた。


 菊は抵抗することなくそれを受け入れ、抱き締めている島津の腕をやわやわと擦る。


「私、こういうの経験ないんですけど、大丈夫ですか?」


 そして不意に、こちらに背を向けたまま、恥ずかしそうに言う菊に、島津は堪らず菊の肩に顔を埋めた。


「俺の方こそ、余裕がないので、優しくできなかったらすみません。」


 そして島津は菊を振り向かせると、蹂躙するように激しくその唇を重ねた。


 何度も舌を絡ませて、菊は立っていられず壁に背を預ける。


 それを追いたてるように何度も執拗に唇を奪い、荒い息は次第次第に理性を溶かしていった。


   


               了


   


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