42.甘い味がした


 だから夜は、なかなか眠くならなかった。


 いつものように夜食を一緒に食べに来てくれたアルフレットを、無言で長椅子ながいすに座らせ、ひざの上に横抱きの格好で寝っ転がる。


 疲れた原因も、寝過ぎた原因も、その一端はアルフレットにある。責任は取ってもらわなければ。


 うん、わがままな小動物そのものだ。


 アルフレットは優しく笑いながら、夜食の果実かじつを一つ、あたしの口に入れてくれた。


「ギルベルタ達のことは、黙っていて申し訳ありません。ヤンセン博士からは内密に、との依頼だったのですが……ギルベルタの悪戯好いたずらずきにも、困ったものです」


 どの口がそれ言うかな。


 まあ、そっちは別に気にしてない。


 本格的に困ったのはもう一方だけど、こっちだって、あたしがしっかりしていれば困らなかった。責任転嫁はいさぎよくない。


 それぐらいの自覚はあるぞ。だから、あと一つ食べさせてくれたら、水に流してあげようじゃないか。


 あたしが軽く開けた口に、アルフレットは大きめの干し果実を半分食べてから、もう半分を入れてくれた。


 相変わらず、上手うまいことやるなあ、こんにゃろう。


「ヤンセン博士は現在、軍の開発案件に関わっていまして、私達もいろいろと気をつかっているんです。ですが最近、情報の一部が流出した形跡があるとのことで、情報管理部が大慌てになっているのです」


「アルフレットのことだから、大丈夫な範囲なんだろうけど……あたしに話しておく理由があるの?」


「これから少し、帰りが遅くなるかも知れません」


「それは一大事だよ」


 あたしが笑って見せると、アルフレットも笑い返してくれた。


「情報そのものはあまり希少価値のないもので、それだけに気がつくのが遅れたようです。上層部は内々ないないに処理したい意向ですが、流出経路が国外にまでつながってしまったら、次に被害が拡大します。そこで正規の指揮系統を外し、退役前たいえきまえに情報管理部だったギルベルタを通じて、ウルリッヒと私に協力要請が来た、という次第です」


「危なくないの?」


 軍の仕事に安全確実なんてないだろうけど、程度問題だ。


 それにしてもギルベルタ、あの性格で、そんな神経質そうな職場が務まっていたのかな。


「これまでの調査結果から、それほど大掛おおがかりな組織活動でもないと考えられます。むしろ、どこかの貴族が小遣こづかかせぎに悪い気を起こした可能性が高く、それで上が及び腰になったのですよ」


 なるほど。


 貴族だからって、無条件に人間の出来が良いわけじゃない。あのくそがきどもみたいに、大した計画性も勝算もなしに行動する、困った大人もいるだろう。


 まあ、相手が誰であれ、帝国陸軍で指折りの二人と、ついでにギルベルタも一緒なら、あたしがあれこれ心配しても仕方がない。


 心配なのは、あたしの方だ。


婚約披露会こんやくひろうかいの準備も忙しい中、心苦しいのですが……あなたが、あまり気負きおうことはありませんよ。礼儀作法にも、居振いふいにも、充分な努力が見られます。あとは当日、私の隣で笑っていてくれれば、それで良いですよ」


「アルフレットは、ばあちゃんと逆で、身内の評価が甘いからなあ。あたしなりに、もうちょっとがんばってみるよ。今日、心を入れ替えたばっかりなんだから、これ以上イルマ達に恥ずかしいところは見せられないわ」


 生意気を言いながら、身体を起こして、アルフレットのほおに口づけする。


「ありがとう、アルフレット。アルフレットが優しいから、がんばれるんだよ。あたしのことは心配要しんぱいいらないから、お仕事、気をつけてね」


「あなたには、かないませんね。お気遣きづかいに感謝します」


 改めて、唇と唇で、口づけをした。


 さっきから食べてる、干し果実のせいかな。甘い味がした。


「この様子なら、婚約披露会こんやくひろうかいが済む頃には、雪が降るでしょう。屋敷に引きこもる、良い口実になります。あなたとゆっくり過ごす時間を楽しみにしていますよ、ユーディット」


 まいったな。


 今すぐ、無理を飛び越えても良い気分だぞ。状況的にそうも言っていられないのが、残念だ。


 心を入れ替えてがんばるって、自分で宣誓せんせいしたばかりだもんな。自重じちょうするよ。


 あたしは涙を飲んで、アルフレットと就寝の挨拶あいさつを交わした。


 そして一人になって、いつも以上に念入りに、日課にしている身体の屈伸くっしんをこなした。


 少しは効果があると良いんだけど。我ながら、健気けなげなもんだよ。



********************



 アルフレットが言った通り、次の日の朝から、急に冷え込んだ。


 あたしは学校に、羽毛入りのあおい外套を着て行った。他のみんなも、同じように着膨きぶくれていた。


 それどころか、寝台から出られなかったのか、欠席している人も多かった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る