41.油断しないで見送った

 昼食、アルフレット達は食堂に来なかった。


 執事さんが言うには、書斎にこもって、いろいろ相談しているみたいだった。邪魔になったら悪いので、あたし達はあたし達で食事を済ませて、早々に解散することにした。


 もちろん、ばあちゃんへの報告内容は綿密めんみつに打ち合わせた。


 しょせんは、あたしの行状ぎょうじょうだ。


 ランベルスやリーゼの『適当』より、一段下げておかなければならない。ばあちゃんなら、そこから二段階は下げて認識するだろう。


 これでも、だいぶ見栄みえを張っちゃったんだよ。


 いや、もう、本気出すよ。がんばるよ。


 帰り際、車かと思いきや、ラングハイム公爵家の馬車をカミルが御者ぎょしゃになって回して来た。


「なによ。あんた、あたしのことをどうこう言えないじゃないの。おかしな真似まねするわね」


「職業技能訓練、ってやつっすよ。今度、自動車もいじらせてもらう約束っす」


「あ、良いなあ。あたしも、もう少し手足が伸びたら、アルフレットに頼んでみようかしら」


「おまえはどこに向かう気だ?」


 ランベルスが嘆息たんそくする。


 くやしいけど、今日はなにも言い返せない。方向性が珍妙ちんみょうで悪かったわね。


ねえさんも、親父に会ってみて、なんとなくわかったと思いますけど……早いところ生活を独立させて、逃げ出したいんすよ。せっかく物持ものもちの友達がいるんだし、利用させてもらってるんです」


「器用なものだぞ。学校をまともに卒業すれば、学歴もつく。ラングハイム家でやとっても良いくらいだ」


「友達が雇用主こようぬしなんて願い下げだって。ま、いつか路頭に迷ったら泣きつくから、その時は頼むよ」


 カミルが、おどけて肩をすくめた。


 こいつ、学生仲間じゃあたしにだけ、変な敬語が持続してるな。確かに器用だ。


 執事さんにも手伝ってもらって、イルマとリーゼが、敷物しきものや茶道具一式を馬車に詰め込んだ。あたしとジゼリエルは見送りだ。


「それではユーディットさま、報告はお任せください。大きなうそほど堂々と語るべし、と、ものの本にも書いてありました!」


うそって言うな。頼むから、り過ぎないでよ? 日程を早められたりしたら、軽く死ねるから」


 余計な心配で頭痛がしてきた。


 とにかく、今まで以上にちゃんとしよう。ごまかしは一時しのぎだ。


 結局は自分の将来に跳ね返ってくるんだし、アルフレットに迷惑はかけられない。


「自業自得はわかってるけど……普通に教えてくれたら、あんたにも素直に感謝できたわ、イルマ。もう勘弁かんべんしてよ? 寿命が縮んだわ」


「ごめんなさーい。これからはユーちゃんの、カラダを第一に考えるよー」


「あんたが言うと、いかがわしく聞こえるわね」


 苦笑すると、馬車に乗ったイルマが、一度降りてあたしに抱きついてきた。


「えへへー。いかがわしくなんかないよー、愛と欲望は純粋だよー」


「はいはい。わかったから、帰れ」


 それこそもちのようにひっつく白い肌を馬車に押しやって、扉を閉める。走り出した馬車が正門を出るまで、きっちりと、油断しないで見送った。


 ようやく気を抜いて隣を向くと、ジゼリエルが目をこすりながら、ふらふらし始めていた。


 ランベルスと楽しそうに暴れていたし、お昼もいっぱい食べたし、そうだよね。


「一緒にお昼寝しよっか。ギルベルタ達、いつまでかかるかわかんないし」


「ん」


 上まぶたどころか、もう目そのものが横一本線になっているジゼリエルを、抱き上げた。


 背中に回された小さな手が、やっぱり、ずっと袋太刀ふくろだちを離さないので少し痛いけど、まあいいや。


 自室の寝台まで運んで、二人そろって、盛大に寝た。


 あたしだって疲れてたんだよ。特に、精神的に。


 寝てる間に、ジゼリエルはギルベルタ達が連れて帰ったみたいで、あたしが目を覚ました時には、部屋にアルフレットと二人きりだった。


 起こしてくれても良かったのに、小さなあかりで、のんきに本なんか読んでてさ。


 4歳児並みに、子供全開のところを見られちゃったよ。恥ずかしいなあ、もう。

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