48.そう言い続けるよ

 みんなが大暴れする間をすり抜けて、とにかく、まあ、リーゼと二人で港湾施設こうわんしせつに向かって走った。


 雪も泥も、構ってなんかいられない。


 あたし達に気がついたのか、後ろで、なんだか獣みたいな怒声が上がる。


 思わず振り向くと、ちょうどそれらしい男に、もうジゼリエルが腰骨こしぼねを折らんばかりの一撃をかましたところだった。


 すごい。若干4歳が息も切らさずに、あたし達の横に並んだ。木刀を肩にかついで走る小っちゃな姿は、それこそ、物語の主人公みたいだ。


 ジゼリエルに護衛してもらって、港湾施設に飛び込んだ。


 旅行客の姿は多いが、どことなく手持ち無沙汰ぶさたな様子で、軍や警察の姿は見えない。


 良かった。今日の出国便は、まだ検査が始まっていない。


 あたし達の勢いと、びしょびしょにどろまみれの格好、木刀をかついだ不審な幼児に、係員の人達が仰天する。


「ユーディットさま、二階です!」


 入り口広間を見渡したリーゼが、奥の階段の方に、あたしの手を引っぱった。このも、きもわるとすごいところがあるな。


 感心した途端、駆け寄ってきた係員の人達に向かって、リーゼが短剣をすっぱ抜いた。


「ラングハイム公爵家のリーゼロッテです! 道を開けなさいっ!」


 いや、それ、抜かなくても良かったよね?


 むしろ駄目だよね?


「行ってください、ユーディットさま! ここは私達が! 友情と努力が勝利の鍵と、ものの本にも書いてありました!」


殿しんがりは武門のほまれ」


 そりゃ、さっきまではそういう方向性だったけどさ。


 気持ち切り替えて。係員の人達、困ってるよ。


 呆然とする係員の一人に、あたしは短剣を、ちゃんとさやごと手渡した。


「あの、すいません……本当にラングハイム公爵家のお使いなんです。事情は後で説明しますから、貴賓室きひんしつに案内して下さい。あたしはユーディット=ノンナートン、クロイツェル侯爵家ゆかりの者です。イステルシュタイン伯爵への用事を言いつかっているんです。ほんと、すいません」


 短剣の家紋を確認して、その係員の人が、呆然としたままあたしを先導してくれた。


 リーゼとジゼリエルは、もみくちゃになっている。まあ、出した名前が名前だし、係員の人達もおっかなびっくりだ。放っておいても大丈夫だろう。


 案内してくれている係員の人は、道すがら会う同僚全員に相談して、なんだか困惑顔の同行者が増えていった。


 そりゃあ、こんな状況で後から責任を追及されたら、嫌だろう。誰も判断できないんだから、とりあえずみんなで様子を見るという、先送りの人情だ。


 最終的に、なんだかものすごい重要人物みたいに係員の集団を引き連れて、貴賓室きひんしつに登場する羽目になった。


 うん、目立ってる。


 貴族や、それなりに裕福な旅行客達が、琥珀色こはくいろの盛装をびしょびしょの泥まみれにしたあたしを、何事かと凝視する。


 もう、どうにでもなれ。あたしは視線の針の只中ただなかを、ずかずかと押し通る。


 いた。


 奥の方の椅子いすに、まっ黄色の丸い、新種の動物みたいな毛皮のかたまりが座っていた。


 すぐ近くに並んでいる上品な二人が、イステルシュタイン伯爵夫妻だろう。どっちも、雰囲気がイルマに似ていた。


「イルマ」


 歩み寄りながら、声をかけると、毛皮の隙間すきまから驚いたような瞳があたしを見た。


 立ち上がって、上半分の毛皮がむける。


 肩より少し下まで伸びた、ふわふわの栗色くりいろの髪がこぼれた。白い肌がちょっと赤くなって、れ気味の目がゆれた。


「ユーちゃん……」


 あたしは、怒ったみたいな顔になっていた、と思う。


 右手を差し出した。


旅行鞄りょこうかばん、渡して」


 イルマはなにかを言おうとして、飲み込んで、小さなため息をついた。


 それから笑った。


「迷惑……かけちゃった、みたいだねー」


 薄茶色の革張りの、四角い、品の良い旅行鞄りょこうかばんだった。イルマから受け取って、あたしも大きなため息をついた。


「ほんとだよ。あんたと知り合ってからこっち、困らされてばっかり、迷惑かけられてばっかりだったわ」


「ごめんなさーい……」


「でも、そういうもんでしょ」


 やっと、イルマに笑顔を見せられた。


 旅行鞄りょこうかばんを持ったまま、自分でもよくわからないけれど、イルマに抱きついた。


「友達だもの……いつだって、支えになるよ。どこにいたって、口先だけだって……ずっと、そう言い続けるよ。今まで、仲良くしてくれてありがとう。楽しかった」


「ユーちゃん……っ!」


手籠てごめにされる気は、さらさらないけど……大好きよ、イルマ」


 イルマがあたしの背中に、おずおずと手を回す。


 あれだけ野放図のほうずに抱きついてきてたのに、今さらだよ。あたしまで照れくさくなって、笑いながら涙が出てきたよ。


「ユーちゃん、私ね……自転車、練習するから……」


「自転車?」


「だから……あの、変な乗り物……完成したら、私にも乗らせてねー」


「変って言うな」


 むっとして、でもやっぱり抱き合ったまま、二人で笑った。笑いながら泣いて、泣きながら笑って、やっと離れた。


 すっきりした。


 イルマも、そんな顔をしていた。あたしはもう一度笑って、いている左手を差し出した。


「わかったわ。約束、ね」


「うん。約束ねー」


 イルマがあたしの手を取って、ほおずりした。


 握手のつもりだったんだけど。まあ、いいか。気がすむまでやってよ。


 ほんと、困った友達だよ。

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