49.手を取り合って歩いた

 旅行鞄りょこうかばんから封筒を回収して、係員の人に適当に事情を説明する。


 もちろん、軍の情報だなんて言わない。


 状況が状況だけに、なかなか納得してもらえなかったけれど、後日ちゃんとした担当者から回答する、で押し通した。


 一階で、まだもみくちゃになっていたリーゼとジゼリエルも回収する。こっちは、喜んで進呈しんていされた。


 二人とも誇らしげだ。まあ、いいや。


 港湾施設こうわんしせつの外に出ると、もう見慣れたラングハイム公爵家の馬車が停まっていて、アルフレット達も、ギルベルタ達も、みんないた。


 あたしと同じように、びしょびしょに泥まみれで、ひどい格好だ。


 ギルベルタが、あたしから受け取った封筒を開けて、中身を確認する。大丈夫みたいだ。


 みんなで馬車に乗って、出発した。


 途中、乱闘があった二ヶ所では、連絡を受けたのか軍の人達が、総勢四十人近くの男達を捕まえていた。


 いや、真剣な顔で手当てしていた。


 良かった。まだ、ぎりぎりで生きてるみたいだ。これからどうなるかわからないけど。


 ヤンセン博士もいて、ギルベルタから封筒を受け取っていた。


 これで、こっちは片づいた。


 あたしはアルフレットを見つめた。アルフレットがうなずいた。



********************



 あたし達は、ラングハイム公爵家の迎賓会館げいひんかいかんに戻った。本当なら披露会ひろうかいも終わるはずの時間だけど、外の馬車は、一台も減っていなかった。


 ありがとう、ばあちゃん。


 あたしは泥まみれの盛装のまま、玄関扉を開いた。


 使用人の人達が目を丸くする。構わず、会場広間の扉まで進んだ。


 扉の前で立ち止まると、アルフレットが並んでくれた。他のみんなが、あたし達を小走りに追い抜いた。


 会場広間の扉は、大きな両開きだ。


 まっ黒な軍服のギルベルタ、ジゼリエルが左側の扉、同じ軍服のウルリッヒが右側の扉を、押し開いた。


 そのまま、敬礼の姿勢で扉を支える。


 豪勢で、上品で、華やかな会場の空気と、着飾った招待客の人達の驚いた表情が、一斉にあたし達にふりかかった。


 純白の洒落しゃれた制服を泥だらけにしたランベルス、リーゼ、モニカさん、カミルが、ちょっと芝居しばいっぽく慇懃いんぎんに、招待客の人達を左右に割って道を作る。


 その真ん中を、あたしとアルフレットが、手を取り合って歩いた。


 あたしの琥珀色こはくいろの盛装も、アルフレットの翡翠色ひすいいろの盛装も、茶色のまだら模様でよれよれだ。髪もお化粧けしょうもめちゃくちゃだ。


 だからこそ堂々と、粛々しゅくしゅくと、背中をまっすぐにして進む。


 奥の正面に立っていたばあちゃんが、招待客の人達に一礼して、場所を譲る。あたしとアルフレットがそこに立って、会場に向き直った。


 ばあちゃんが、よく通る声で陳謝ちんしゃして、挨拶あいさつをし直して、口上こうじょうを述べ始めた。


 あたしはそれを聞きながら、にこりともせず、会場中を見渡していた。


 ドレッセル子爵の、顔は知らない。それでも、この会場のどこかにいるはずだ。


 今回のことが、あんた自身の悪だくみなのか、駄目息子の暴走なのかは、どうでも良い。


 しらばっくれようが、い改めようが、どうでも良い。


 ただ、あたしを見ろ。


 あたしは、ここにいるぞ。


 それが結果だ。


 全部わかった上で、それでもまだ向かってくるのなら、受けて立つまでだ。クロイツェル侯爵家の名のもとに、戦ってやるぞ。


 ふと、あたしの肩を、アルフレットが抱き寄せた。


 見上げると、いつもの優しい顔が、あたしを見つめていた。


「改めて誓います。あなたは私が、必ず幸せにします。ユーディット」


「ありがとう。私もあなたを、絶対に幸せにするわ。アルフレット」


 二人で、口づけをした。あたしが背伸びをして、アルフレットが少しだけ腰をかがめていた。


 こんにゃろう、もうちょっとだぞ。


 抱き合って、離れなかった。


 会場から、あきれたような笑い声がこぼれて、だんだんと大きな拍手はくしゅに変わっていった。


 すごい音になったけど、なんでだろう。ばあちゃんのため息だけは、やけにはっきりと聞こえていた。

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