47.港湾施設につながる道の

 迎賓会館げいひんかいかんの外に出ると、当たり前のように、カミルがラングハイム公爵家の馬車を回してきた。


 もう、このまま職業にしても良いんじゃないか?


 なんだか遠くの方が騒いでる。本来の御者ぎょしゃさんが、なんの説明もされないで混乱してるんだろう。ごめん。


 あたしとアルフレット、ランベルスとリーゼ、ギルベルタとジゼリエルが、順に馬車に乗り込んだ。


 ウルリッヒはもう入らないから、カミルの隣で、御者台ぎょしゃだいだ。二人だけなのにぎゅうぎゅうだ。


「カミル、雪道だ。気をつけろ」


「まかせとけって!」


 ランベルスの短い忠告に、カミルが威勢良く応じる。馬車が静かに、そして見事に加速しながら走り出した。


 慶事けいじなだけに、御者台ぎょしゃだいの横には大きなフェルネラント帝国旗がかかげられ、馬車の中も宝石まみれの盾やら剣やら、豪勢に飾られていた。


 剣の一本を、ランベルスが手に取った。小さな短剣を、あたしとリーゼにも渡す。


柄頭つかがしら家紋かもんがある。港湾施設こうわんしせつに入ったら、係員に見せろ。伯爵達がいるのは、恐らく貴賓室きひんしつだ」


「刃物なんて持って入ったら、逆に怒られないかしら?」


 あたしの懸念けねんに、ランベルスが肩をすくめた。


をつぶした飾り物だ。今となっては、本物を用意しておけば良かったと後悔している」


「え?」


「会場から、私達の動きを見ていたようですね。なかなか手が早い」


 後ろの小窓をのぞいていたアルフレットの声に、なにかが、破裂したみたいな音が重なった。


「こんな状態と距離で撃つなんて、素人丸出しろうとまるだしだけどね」


 ギルベルタが鼻で笑う。


 撃つ、って、まさか鉄砲?


 アルフレットの横から小窓をのぞくと、雪の降りしきる街路のだいぶ後方、二台の自動車がこっちを追ってきていた。


 後部座席の扉が閉まっていない。あたし達も偉そうに言えないけど、何人つめ込んでんだ?


 でも確かに、はみ出た人の腕が、まだ煙の出ている鉄砲を振り回してる。


「ど、どうしよう? 追いつかれる、よね?」


 自動車は無理に速度を上げて、ふらふらとすべって、見ていて危なっかしいが、さすがに速い。港まで逃げるのは無理だ。


 慌てるあたしとは全然違って、ギルベルタが前の小窓を開けて、ウルリッヒのお尻を剣のさやで突っついた。


「カミル、次の曲がり角で速度を落として。アルフレートはどうする?」


「私とウルリッヒでお釣りが出ます。ギルベルタは残って下さい」


「ア、アルフレット?」


「大丈夫ですよ。ギルベルタが言った通り、銃の使い方も知らない素人しろうとです。車のゆれ方から見て、一台に十人程度、中で大騒ぎしているようですから、まともな訓練を受けた人間もいませんね」


 今さらだけど、どんな目と耳と、頭をしてるんだろう。


 あたしの顔を見て、アルフレットが笑う。


「信頼して下さい。あなたを悲しませるような判断は、絶対にしませんよ」


「わかった……お願いね!」


「曲がるっす!」


 カミルの声と、馬車の曲がりざまの制動に合わせて、アルフレットとウルリッヒが飛び降りた。


 二人とも曲がり角の内側、街灯がいとうに身を寄せて、一呼吸待つ。車体を大きくかたむかせて、乗っている人も降り落としそうになりながら、前の一台が角を曲がって現れた。


 瞬間、ウルリッヒが、ものすごい勢いで自動車に体当たりした。


 角を曲がったそのままに、自動車がもんどりうって横倒しになる。


 人間って、そんなことができるの? あ、いや、人間じゃないのか。怪獣か。


 ウルリッヒが立ち上がるのと、後に続いたもう一台が現れるのが、同時だった。前の車の惨状さんじょうに仰天したのか、すごい速度でおかしな動きをして、曲がり角の外側の街灯がいとうに正面から激突した。


 放り出されるようにこぼれた連中を、間髪入れず走り寄ったアルフレットが、流れるように殴り倒し、蹴り倒し、ひねり倒す。


 ウルリッヒは、と見てみれば、横倒しになっていた一台目を、中の人間ごともう一回、二回と、ひっくり返したり戻したりしていた。


「まあ、あんなもんかしらね。カミル、全速力の三歩手前。もう一回くらいなんかあるから、そのつもりでね」


「りょ、了解っす!」


 こともなげなギルベルタに、状況に一番ついて行けてないリーゼが、目をぐるぐるさせた。


「な、なんで、そういうことまでわかるんですか……?」


「目的地がわかってるなら、待ち伏せが最適」


 ジゼリエルが、ちょっと得意そうに胸をそらす。


「よくできたね、ジゼリエル。わざわざ人数を分散させて、後ろから追いかける意味なんてないからね。さっきの連中は、多分、上の指示を守らなかったのよ」


 ギルベルタが娘の頭をなでる。さすが英才教育、行き届いてるな。


 港まで、そう遠くない。


 雪のおかげで、道を出歩く影も、ほとんどない。この速度なら、もうすぐだ。


「見えたっす! っと、うわったった……っ!」


 馬車が、大きくゆれた。


 港湾施設につながる道の、横合いから、たるが何個も転がり出ていた。ギルベルタが教えてくれていたおかげで、なんとか手前で停車する。


 たるを追いかけるように、脇道からがらの悪そうな男達が出てきて、馬車を囲んだ。


 十四、五人くらいいる。小刀だの金槌かなづちだの、いろいろ持っていた。一人、少しだけ身なりの良い男が、薄笑いで近づいてくる。


「あいにく、ここは通行止めなんだ。おとなしく出てくれば……」


 言葉の途中で、ギルベルタが横の小窓越しに、いきなり短銃たんじゅうをぶっ放した。


 ものすごい音で、小窓の硝子がらすが吹っ飛んで、しゃべっていた男が肩から盛大に血しぶき上げて転がった。


 唖然あぜんとする間もなく、扉をり開けて、ギルベルタが飛び降りる。雪を踏んだ瞬間には、もう剣を抜いていた。


 白く、薄暗い視界の中で、剣がほのかな照り返しにひらめいた。


 三人が雪を赤くして、動かなくなった。


 まっ黒い軍服姿のすらりとしたあしが、最初にしゃべっていた男の痙攣けいれんする頭を、ついでとばかりに踏んのぼる。


「教わらなかったの? 交渉は、死体とするものよ」


 怖いよ、ギルベルタ!


 容赦ようしゃなさ過ぎだよ!


「モニカ、援護を頼む! ジゼリエルは、二人を連れて行け!」


 返事も聞かず、ランベルスがギルベルタに続いて飛び降りる。すぐさま、手近な男の首筋に剣を叩き込んだ。


 をつぶしてあるって言っても、鉄のかたまりだよね?


 そんなに思いっきり叩き込んじゃって、大丈夫なの? 相手、やっぱり、ぴくりとも動かなくなったし。


「わかったわ」


「承知」


 むしろ、おかしなくらいのんびり聞こえる返事で、モニカさんも飛び降りる。


 心得こころえたもので、御者台ぎょしゃだいのカミルが、フェルネラント帝国旗を外して旗差はたさ竿ざおをモニカさんに放り渡す。


 軽快な風切り音を上げて、モニカさんが何人か、男達をまとめてはたき倒す。


 ジゼリエルも、いつの間にか雪の上を影のように走って、すれ違いざまのひざに木刀をお見舞みまいする。もう、ばたばたと男達が倒れていった。


 おかしいな。


 なに、この戦闘集団?


 あたしって、もしかして女首領っぽい?

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