35.世話の焼ける奴

 こっそりと横目で見ると、最上級生達が、時間を気にし始めていた。


「おい、そろそろ行こうぜ。決定的瞬間を見逃しちまうぞ」


「そうだな。おい、カミル」


「はいはい、先輩! 今行くっす!」


「なに言ってんだ。おまえはここに残るんだよ」


「へ?」


 間の抜けた声を出すカミルを、最上級生達があざ笑った。


「おまえ、自分が信用されてるとでも思ったのか?」


「直前で裏切られたら、つまらねえからな。俺達は慎重しんちょうなんだよ」


「俺達がおまえの分まで笑ってやるから、それで満足しとけって」


 ランベルスのおまけとばかりに、まずカミルを、全員で笑いものにする。こんなことのなにが楽しいのか。いい加減、辟易へきえきする。


「まあ、裏切り者の扱いなんて、こんなもんよね」


「仕方ないっす。これぐらいのばちが当たるのは、当然っすよ」


 カミルがまた、肩をすくめた。その足元に、最上級生の一人が、大きな布袋を投げ落とした。


「服を脱いで、全部その中に入れろ。ぱだかになるんだ。早くしろ」


「え……?」


「騒いで人を呼んだり、逃げ出したりできねえようにするんだよ。ちゃんと後で返してやるから、安心しろ。そっちの女もだ」


「な……っ?」


 あたしとカミルが、二人そろって絶句ぜっくした。


 一瞬、頭の中がまっ白になったぞ。なんてこと言い出すんだ、こいつ。


 まずい。


 確かに、こいつら全員が口裏くちうらを合わせれば、後になんの証拠も残らない。身動き取れないどころか、服を返してもらうまでは言いなりだ。


 身の危険、とは考えたが、ここまで具体的に突きつけられると、思考が追いつかない。


 どうする?


 落ち着け。どうすれば……。


「は、はいっ! 脱ぎますっ! ぱだかでもなんでも、喜んでなりますよ、俺はっ!」


 カミルが、頓狂とんきょうな声を上げて、上着を脱ぎ捨てた。靴も脱いで、腰の革帯かわたいを外しかける。


 そこで、手が止まった。


「でも……女の子は、まずいっす。それ、冗談にならないですよ……」


「ああ? おまえな、俺達だってそんな貧相ひんそうな女、楽しくてくわけじゃねえって」


「仕方ねえな! ほら、向こう見ててやるから、終わったらどこにでも隠れろよ」


「脱いだもんだけは、きっちり確認させてもらうけどな!」


 カミルの情けない抵抗に、かさにかかって、連中が大笑いする。


 まあね。


 そりゃ、笑うだろうよ。今さらだ。


 あたしはようやく、頭の中を整えた。ゆっくりと深呼吸する。


 止まらない大笑いの中、カミルが、奇妙にゆがんだ顔であたしを見る。


 世話の焼ける奴。でも、その今さらが、助けになったよ。


 あたしは片方のくつを脱いで、思いっ切り、カミルの顔にぶち当てた。


怖気おじけづくのが遅いんだよ、この根性なしっ! あたしのことは考えられるのに、どうして他ののことは、考えてあげられなかったんだっ!」


 カミルがひっくり返って、最上級生達も、どいつもこいつも笑った口のまま唖然あぜんとした。


 どれでもいい、一人の鼻っぱしらに向けて、指を突きつける。


「あんた達の言う通りだよ! こんなもよおし、金持ちの道楽だよ! 服の一着や二着でうるさく言わないだろうし、自分以外の誰かを笑いものにすれば、ちょっと変わった楽しい思い出にもなるだろうさ! でもなっ!」


 モニカさんの顔が、頭に浮かぶ。


 あの時、彼、と言っていた。


 人称代名詞は、直近に元の固有名詞がなければ、文脈が成立しない。モニカさんが名前を呼んだ相手は、たった一人だ。


 実行委員のみんなも、着飾って講堂に集まった男子も女子も、知っている顔も知らない顔も、とにかくたくさん、笑っていた。


「ほんの少しでも、今日を真剣に考えているがいたら……誰かのために、一所懸命になっている子達がいたら! 悪戯いたずらなんかじゃない! おまえ達のやろうとしていることは、取り返しのつかない犯罪だっ!」


 もう片方のくつを脱いで、鼻っぱしらに投げつける。


 決闘の申し込みに投げるのは、本当は手袋だけど、こいつらにはこれで充分だ。さすがにけたっぽいが、構わず、背中を向けて逃げる。


 逃げ足には自信があるぞ。窓側に積まれた、机と椅子いすの山に、我ながら驚く速さでよじ登った。


 てっぺんから、椅子いすの一つをぶん投げる。連中が慌ててける真ん中の、ゆかに激突して、ものすごい音がした。


「こ、こいつ、なにしやがるっ! ふざけやがって……っ!」


「うるさいっ! 子供相手に大人おとなげないと思っていたけど、もう知るかっ! おまえら全員、警察に突き出して、親の顔に一生もんの泥塗どろぬってやるから覚悟しろっ!」


 一人一人、きっちり全員の目を、順ににらむ。


 カミルを抜かして、十四人だ。覚えたぞ。


 こちとら、武門ぶもん嫁入よめいりをこころざしている身だ。戦い方ってやつを、教えてやるぞ。

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