34.どうしたものか

 自分のうかつさはもちろんだけど、それ以上に、事態の仕様もなさに、あたしは頭を抱えた。


「くす玉に、染料せんりょうが仕掛けてあるんです。割れたら、ばしゃーって飛び散って、ランベルスまっくろで、悪戯大成功いたずらだいせいこう! みたいな感じっす」


 子供か。


 うん、子供だな。それも、くそがつく、がきだ。


「……そんなことして、他の人の服にまで飛び散ったら、悪戯いたずらじゃ済まされないわよ?」


 最上級生、と言うのも情けない限りだが、とにかく連中が笑った。


「なに言ってんだ! こんなもよおし自体、金持ちの道楽だぜ。服の一着や二着で、大騒ぎする奴なんていねえよ!」


「毎年、お上品でおもしろくもねえからな。一味違った出し物で、盛り上げてやろうってんだ。むしろ、感謝されるかも知れねえぞ?」


「あの生意気に威張いばりくさった顔が、どんなあかぱじかいて引っ込むか見ものだぜ!」


「今年はあちこち、開けっぱなしの、置きっぱなしだったからな。おまえらが間抜けなおかげで、仕込みも簡単だったぜ? ありがとな!」


 なんだよ、あたしの不始末でもあるのか。


 ああ、もう。世の中、ほんと一筋縄じゃいかないな。嘆息たんそくして、せいぜいカミルを、にらんで見せる。


「聞いてどうなるもんでもないけど、あんたは、なんでそっち側にいるのよ。一生の友達なんじゃなかったの?」


「もちろん、友達だからっすよ。って言うか、友達でいたいからっす」


 カミルが、肩をすくめた。


「ギルベルタねえさんも言ってましたけど、親父って頭が古臭ふるくさいんですよ。やれ男は泣くな、逃げるな、言い訳するな。どんな時にも自分に厳しく、やるべきことを黙ってやれ。いやもう、子供の頃から説教され続けて、散々っす。ほら、俺、そういうがらじゃないっしょ?」


「まあ、そうね」


 悪いけど、他に言いようがないぞ。


「今時、そんな奴いないだろって思ってたんですけど……ランベルス、そんな感じじゃないっすか。ばっちり理想なんですよね。親父にしても、俺にしても。だから、一度くらい見下みくだして笑ってやらないと、とても友達だなんて思っていられないんすよ」


見下みくだして笑ったら、向こうから縁切えんきりされるわよ、普通」


「それは、なにしてたって一緒っすよ」


 カミルが笑った。そうは見えなかったけど、多分、笑ったんだと思う。


「学校を出たら、あいつはすぐにえらくなって、俺は変わらずこんなままで、会うことも話すこともなくなります。だから、せめて俺からは、ずっと友達だって思っていたいんすよ……安い酒場で酔っ払って、会ったばかりの奴に、ラングハイム公爵さまは俺の友達だって、くだ巻いてやりたいんです。それだけっすよ」


 わかる、とは言えない。


 でも、全部はわからなくても、少しだけなら、わかるような気がする。


 劣等感れっとうかん嫉妬しっとは、あたしにだって覚えがある。あたしにはアルフレットがいてくれたから、くしゃくしゃにもつれた糸も、今はほどけてやわらかい。


 あの時、みんな同じ時間を経験している、とアルフレットは言っていた。


 誰とも触れ合えず、一人きりでみじめな自分と向き合い続けるのは、つらいだろう。


 運良く一抜いちぬけしただけのあたしに、カミルの気持ちを、わからない、下らないと切り捨てる資格はない。


 それにしてもヤンセン博士、人間的にも父親的にも、かなり駄目な人なんだな。ちょっと評価が変わったぞ。


 あたしの個人的な感慨かんがいはともかくとして、さて、どうしたものか。


 このまま、あたしの姿が見当たらなければ、ランベルス達も異常には気がつくだろう。


 だが、とりあえず舞踏会は開幕させて、改めて状況を確認しようと考えるはずだ。その場合、くす玉はランベルスの上で割れて、連中の思うつぼになる。


 なんとかしようにも、相手は3歳から4歳も年上の男子が、十人以上だ。


 本館側、手前側の扉は施錠せじょうされている。内側から開けられるとしても、その前に居座いすわっている連中と取っ組み合って、どうにかできるわけがない。


 奥側の扉は、開け方がわからないのだから、あたしがこの部屋を出られる可能性はない。それどころか、下手へた刺激しげきして調子に乗られたら、身の危険だってある。


 難しいな。

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