32.そんなにおかしくないはずよ

 週明け初日の昼休み、あたし、イルマ、ランベルス、リーゼ、ついでにカミルで、いつものように食後の発酵茶はっこうちゃとお菓子をいただいた。


 イルマとリーゼが用意してくれる茶器一式ちゃきいっしきもお菓子も、どんどん本格的になっていくな。教授に見つかって怒られるのも、時間の問題だ。美味おいしいけど。


 あたしは寝不足の目をこすりながら、ランベルスに、勉強用とは別の筆記帳ひっきちょうを差し出した。


班割はんわりと仕事の分担ぶんたん、工程ごとの進行表よ。アルフレットにも相談したから、そんなにおかしくないはずよ」


 ランベルスが驚いた顔で、筆記帳ひっきちょうに目を走らせる。


「やることは三つよ。まず、作業班を男女別で今より少人数の、できれば同級で分けて。あたしは知らない人ばっかりだから、細かい調整はお願いね」


 即席の学生集団に、高い職人意識しょくにんいしきは要求できない。思考、傾向の似通にかよった小班しょうはんの方が、意思決定も行動も早いはずだ。


「それから、会議室の余計な机を共用廊下に並べて、できた物も途中の物も、ついでに資材も全部、その時の作業に使う分以外はそっちに置いて。作業場を班ごとに区分して、道具の共用もできるだけけて。作業に集中してもらうのよ」


 絵具えぐ裁縫道具さいほうどうぐなどは、買い足す必要があるかも知れないが、まあ、大した出費にはならないだろう。


「最後は二番目に付随ふずいするけど、人と物の動きが多くなるから、会議室の扉は全開で固定して。帰る時も、いちいち施錠せじょうする必要はないわ」


 持ち出し、運び込みの手間が増える分、少しでも円滑えんかつに行動できるよう環境を整える。学校内だし、盗難や悪戯いたずらなど、気にしすぎても仕方がない。


 一通り確認して、ランベルスが顔を上げた。


見事みごとだ。全面的に協力しよう。皆に説明してくれ」


「駄目よ。あんたが、あんたの計画として説明するの。あたしの名前は、絶対に出さないで」


 人を動かすのは、人だ。理屈でも正論でもない。


 人を主導するには、ふさわしい顔と実績というものがある。


「進行表を見ればわかる通り、だいぶ遅れているわ。でも、挽回ばんかいは可能よ」


「わかった。期待にこたえよう」


 ランベルスは短く言うと、さっそく席を立って、教室に戻って行った。


 頭に叩き込んで、今日の作業に間に合わせるつもりだろう。決断と即実行も、多分、男の当然の責務なんだろうな。


 あたしは女だから、もう少し発酵茶はっこうちゃとお菓子をいただくわ。差別主義、万歳。



**************



 ランベルスが進行表を説明した直後は、仕方がないけれど、質問と文句の嵐だった。


 現状からすれば、かなり無理な計画に見える。それでも、続けて対策案を提示したことで、なんとか議論に持ち込めた。


 代案なんて、すぐに出せるはずもないのだから、こうなればこっちのもんだ。不承不承ふしょうぶしょう、とにかくやってみよう、ということになった。


 あたしは、まあ、それどころじゃなかった。


 招待状書きが終わらないんだよ。書いても書いても、減った気がしない。泣きそう。


 毎日ひたすら、机にしがみついて書き続けるあたしを尻目に、効果は意外なほど早く現れた。


 班を少人数に分けたことで、飾り物であれ立て看板であれ、一人一人が自分の作品と認識するようになった。


 同時に、進行表に細かく計画されたことで、作品を仕上げる責任を他人任せにすることがなくなった。


 そしてそれらを共用廊下に展示することで、作品を客観的に観る機会が生まれた。


 他の生徒達も、舞踏会に向けて気分が高揚こうようし、あれが良いだのこっちが好みだの、話題にした。


 当然、製作者の耳にも入り、出来栄できばえを意識するようになった。気がついたことがあれば自主的に手直しして、作品の質は目に見えて向上した。


 これら一連の作業、人の動きが、会議室を開放したことで明確な光景になった。


 声をかけ合い、いそがしく往来する実行委員の姿に、手伝いを申し出る生徒達が現れた。


 中には、軽食の差し入れや、自作の飾り物を提供してくれる生徒もいた。有形無形ゆうけいむけいの応援が、実行委員達の活力になった。


 上手うまくいくかわからなかったけれど、期待にまさる相乗効果そうじょうこうか発揮はっきされた。計画、実行、評価、改善の循環じゅんかんが太く安定し、集団が組織として機能した。


 アルフレットは、なにをしても他人より抜群にできる。


 だからこそ、個人の限界をよく知っていた。集団が組織として十全じゅうぜんに機能する時、個人の限界を簡単に超越ちょうえつすることを知っていた。


 個々の能力の優劣ゆうれつは、大きな問題にならない。


 優秀な個人に依存いぞんするのではなく、誰が欠けてもおぎない合える、機能を続ける組織に育てることが、集団のちょうの本当の仕事だ。


 アルフレットが教えてくれたことを、ランベルスは体感した。いつか本当に人の上に立った時、きっと役立ててくれるだろう。


 気がつけば進行表に追いついて、ランベルスもモニカさんも、他人の手直しに追われることがなくなった。


 もう大丈夫。遅れているのは、あたしの招待状書きくらいのものだ。


 相変わらず、一人無言で作業するあたしの横に、モニカさんが机を持ってきた。


「手伝うわ」


「あ、ありがとうございます……っ! 正直、もう駄目かと……」


「あなたは、すごいのね」


 泣き言への返事としては奇妙なことを、モニカさんが言った。


「あなたは、人の動きを良く見ていた。ランベルス君が進行表を説明した時も、あなただけは、質問も文句も言わなかった。去年の記録からは、作業の全体像を把握はあくしたのね。こんなやり方を、実行して見せるなんて……脱帽だつぼうしたわ」


「いや、その……ええと……」


 あたしとは比べものにならない早さと正確さで、招待状の文面を書きながら、モニカさんが微笑ほほえんだ。


「私の家は裕福ゆうふくではなかったから、初級生の時の舞踏会に、とても感動したの。私は今年が最後だから、なんとか去年よりも、納得のいく形で成功させたかった……あなたは、その願いをかなえてくれたわ。ありがとう。お礼を言うのは、私の方よ」


 まいったな。


 若いばあちゃん、なんて思っていただけに、こんなにまっすぐ感謝されると照れくさくて仕方なかった。


 あわあわと返答にきゅうしていると、モニカさんが、また微笑ほほえんだ。


可愛かわいいのね、あなた。うわさでは確か、婚約者のかたがいらっしゃるとか……」


 またうわさか。どんな内容が耳に入っているのやら、せっかく仲良くなれそうなのに、こうなったら逐一訂正してやるぞ。


「あの、ひれは全部、とっぱらっちゃって下さいよ? ちょっと年齢の離れた大人のかたですけれど、ちゃんと一人の男性と、将来を見据みすえたおつき合いをしています」


「そう……それなら、彼とは……」


「え?」


 なんだか、急にはっきりしなくなった物言いに、思わず顔を見た。モニカさんのほおが、ちょっとだけ赤くなっていた。


「お疲れさまー。がんばってるユーちゃんに、お菓子をたくさん持ってきてあげたよー」


「ユーディットさま、すぐにお茶をお入れします。お兄さまも、他の皆さまも、一息お入れになって下さいね」


「手伝いにきたっすよ、ねえさん!」


 騒々しい声が割って入って、イルマ、リーゼ、カミルが、他にも何人か連れて現れた。


 今や、はっきりとランベルスを中心に、人が能動的のうどうてきに集まり、動いていた。


 反面、最上級生の男子など見ない顔も多くなったが、こればっかりは感情の問題で仕方なかった。


 むしろ、余計な邪魔をせずにいなくなってくれただけ、ありがたかった。


「モニカさんも一緒にどうですか? リーゼのお茶とお菓子、美味おいしいですよ」


 今、なにか言いかけていたみたいだけど、なんだろう。休憩しながら、いろいろお話できると嬉しいんだけどな。


「そうね。いただくわ」


 返事をしたモニカさんは、すごく優しい笑顔だった。美人はいいな。うらやましいな。


 あたしはのんきなことを考えながら、仕事に目処めどがついた開放感で、遠くにいたランベルスにも声をかけた。


 モニカさんの顔が、また元のようにきりっとしたのが、横目で見えた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る