31.実行委員のお仕事は

 実際問題として、あたしは変なうわさのえない、生意気な嫌われ者だ。それくらいの自覚はある。


「作業班はあらかた決まっている。どこかに編入しよう」


「やめてよ。適当に雑用を探して、おとなしくしてるわ」


 ランベルスの厚意こういというか、無神経をやんわりばして、舞踏会実行委員ぶとうかいじっこういいんの作業場となっている、生徒自治委員会せいとじちいいんかいの会議室を見渡した。


 長机ながづくえの上や、あちこちのゆかで、大勢の生徒が雑談を交わしながら、飾り物や立て看板を製作していた。


 貴族さまや金持ちぞろいで、一切合切いっさいがっさい外注がいちゅうしても良いだろうに、もよおしを楽しもうという姿勢が微笑ほほえましい。


 うん。


 我ながら、れたお年寄りのような上から目線だ。


 あたしはなんの贅沢ぜいたくも言わないよ。当日、巡回だかなんだかの名目めいもくで忙しければ、それで万々歳ばんばんざいだよ。


 実行委員のお仕事は、事前準備と、当日の運営の諸々もろもろだ。


 料理や演奏えんそうをお願いする委託先いたくさきの選定と交渉、リーゼが言っていた実行委員の当日の盛装せいそうなんかも、毎年、服飾店に意匠いしょうから新しく発注して完全支給だった。


 お金は卒業生や、在校生の貴族家から、充分な寄付きふを集めている。


 それはそれとして、臨時照明に使う大小色とりどりの硝子灯がらすとう、飾り物や立て看板なんかを作る資材、招待状や時間割じかんわりなどの配布物は、とにかく全部、一から準備する必要があった。


「去年の資料とか、使い回しできる物とか、ないの?」


「終了後、記念として、すべて希望者に譲渡じょうとしている。なにも残らん」


 ランベルスが心底、不思議なものを見る目をした。貧乏人の発想で悪かったな、こんにゃろう。


「事務作業の記録なら、資料保管室にある。かぎを貸そう」


「それは、まあ、後で良いわ」


 改めて見て、実行委員は、初級生から最上級生まで、男女混合でごちゃごちゃしていた。級友や、課外活動での知り合い同士、固まっているようだ。


 あたしの知り合いはランベルスしかいないけど、つきまとうわけにはいかない。


 去年も実行委員をやっていたらしいが、なるほど、イルマも言っていた通り、周囲に自然と人が集まり、たよられている。


 目立つからな。


 それに、まあ、いい加減わかっている。ランベルスがえらそうに見えるのは、他人を見下しているとか、家柄を鼻にかけているとかじゃない。


 男子たるものかくあるべし、と、自分に課すものが大きいからだ。他人には害がない。イルマの正反対なんだな。


 最上級生の男子もいるが、全体の主導的しゅどうてきな立場は、やっぱりランベルスだ。人の動きを見ていればわかる。


 あたしは他の生徒の邪魔をしないように、極力、目にもつかないように、道具を整理したり片づけたり、掃除をしたりした。


 こういうこと、自分でしている奴が少ないんだろう。貧乏貴族の生活は、普通の人と変わらない。気にし始めると、あちこちに仕事があった。


 いいぞ。このまま、夜の小人か妖精のようになってやる。


「ユーディット! こっちを手伝え!」


 ランベルスが、会議室中に響く大声を張り上げた。なにしてくれてんだよ。全員、あたしを見てるじゃないの。


 どうせ伝わらないだろうが、かなり本気のうらみを視線に込めながら、呼ばれた方に行く。


 ランベルスの隣に、背の高い、申し訳ないけどきつい感じの美人が立っていた。


 アルフレットより少し暗い、黒銀色こくぎんしょくの髪を背中に流している。制服の縁取ふちどりは落ち着いた金色で、最上級生だ。


「ランベルス君。私がやる、と言ったのよ」


「単純に数をこなすような仕事は、下級生にあずけて下さい。背負い込みすぎです」


「私のことを言えた貴方あなたかしら?」


「お互い、認識を改めましょう」


 ランベルスが、あたしを手招てまねきする。


 おまえな。もうちょっと、ましな雰囲気で呼べよ。


「招待状を書く仕事だ。去年の作例が、資料保管室にある。一緒に行って、ついでに事務作業の記録も持ち出すといい」


「わかったけど……ええと……」


「モニカ=ヒューゲルデンよ」


 なんだかランベルスをにらむように見て、さっさと会議室を出て行ってしまう。慌てて追いかけた。


 小走りになるあたしを引き連れて、堂々と歩く姿が、少しばあちゃんに似てる。


 うん。この人も、困った人なんだな。


 ばあちゃんに似てて、穏当おんとうなわけがない。みんな、そそくさと道を開けるんだから、もう間違いないな。


「あの……ヒュー、ゲルデン、さん……っ」


「モニカで結構よ。おどおどされるのは、嫌いなの」


 だったら、そんなにつんけんしなければ良いのに。歩くのも早いよ。


「モ、モニカさん……資料保管室って……」


別館べっかんよ。時間を無駄にしたくないから、待たないわ」


 くじけないぞ。


 最近、少しは運動もしている。資料保管室に着いた時、なんとか座り込まないで済む程度には、体力がった。


 すごいぞ、あたし。


「向こうの扉は、壊れていて開かないわ。資料を戻す時、忘れないことね」


 呼吸が荒くて、声も出ない。返事の代わりに、親指を立てて見せた。おどおどするなって言ったのは、そっちだからな。


 本館から来ると手前側の、扉の鍵を開け、中に入る。資料保管とは名ばかりの、まるで物置部屋ものおきべやだった。


 別館三階のはしっこで、出入りする人もいないのだろう。


 窓側には天井近くまで古い机や椅子いすが積み上げられて、薄暗い。もう一つの扉の近く、奥側の壁は、それこそ天井までの巨大な本棚ほんだなが、分厚ぶあつい学術書でぎっしりまっている。


 廊下側の壁に並んだ、こっちは常識的な大きさの本棚ほんだなに、雑多ざったな資料がまとめられていた。


「事務作業の記録なんて、どうするのかしら?」


 そう言いながら、モニカさんが一冊の帳面ちょうめんを取ってくれた。開くと、招待状の作例もはさまっている。


 すごい丁寧ていねいな文字で、しっかりした文章が書いてあった。これを生徒全員分、作るのか。


「私が去年、書いた物よ。他の仕事も多くて、満足な出来できではなかったけれど、せめて水準を落とさないようにお願いするわ」


 ぴしゃりと言って、用は済んだとばかりに、モニカさんがすぐ部屋を出る。もたもたしていたら、閉じ込められそうだ。


 あたしは一言も返せないまま、虫のような格好で部屋を転がり出た。


 なんだか昔の、しんどい記憶がよみがえる。勘弁かんべんしてよ。ほんと、若いばあちゃんだよ。


 会議室に戻ってからは、正直、時間の感覚があまりなかった。


 招待状は、作例を真似するだけで一苦労だった。名簿から宛名あてなを書く作業は、とにかく後回しだ。ひたすら、考えないで書いた。


 気がつくと外も暗くなっていて、会議室に残っているのは、あたしとランベルス、モニカさんの三人だけだった。


 ランベルスもモニカさんも、他の人の仕事の確認と、でき上がった飾り物の手直しみたいなことをやっている。大変そうだ。


 少しして、ランベルスが背中を伸ばした。


「そろそろ終わりにしましょう。今年もまた、持ち帰りを考える必要がありそうですね」


「仕方がないわ。他人に無理な期待ばかりも、していられないもの」


「なに? 持ち帰りって」


「去年は準備が間に合わなかった。最後の十日ほどは、俺と彼女がお互い、屋敷で夜通し作業したんだ。今年はおまえも巻き込むから、そのつもりでいろ」


 そりゃあ、向こうは年上のお嬢さんで、こっちは親戚の小娘だけどさ。


 こんなにきっちり態度を変えるって、どうなんだ? あたしにも丁寧ていねいに接したって、ばちは当たらないぞ。


 口をとがらせるあたしを、モニカさんが、あきれたようににらんだ。


「無理な期待はしないと言ったわ。それでは、また明日。ごきげんよう」


 立ち去る背中もびしっとしていて、威圧感いあつかんがすごい。思わず、見えなくなってからため息をついた。


「モニカさんって、きつい人だね」


「彼女はとても努力家で、優秀だ。その分、他人に要求する水準も高くてな。去年は騒動がえなかった」


「わかる気がするわ。ばあちゃんにそっくりよね」


「そんなことはない。隠れて涙しているところを、何度か見た。他の女と変わらん、男が守るべき存在だ」


 出たな、差別主義者め。あんまり腹も立たなくなってきてるんだから、あたしも感化されたもんだ。


 考えてみたら、舞踏会だって男女を際立きわだたせるもよおしだよな。それでみんな楽しそうなんだから、世の中、結構いい加減なもんだ。


 なんにせよ、あたしには直接、関係ないことだ。後はひたすら招待状を書いて、当日、一人ぼっちに理由をもらえれば良い。それだけだよ。

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