30.脳内警告音が鳴る

 放っておいたら暗くなるまでやってそうだったので、適当に声をかけて、ジゼリエルとランベルスもお茶に呼んだ。


 いつも夕食を御馳走ごちそうになるわけにはいかないので、あらかじめそう言ったら、段重だんがさねの皿で、本当に山になったお菓子が出てきた。


 この家の料理長は、腕も良いけど、とにかく量を出すのが好きみたいだ。農村のうそんのおばちゃんみたいだな。


 食べるけど。美味おいしい。


「そう言えば、そろそろ舞踏会ぶとうかいの時期だよね。あれ、まだやってるの?」


 ギルベルタが、なんだか不穏ふおんな単語を口にした。


 脳内警告音のうないけいこくおんる。なにそれ。聞いてないけど、聞かない方が良い気もする。


「今年ももよおしますよ。生徒自治委員会せいとじちいいんかい有志ゆうしが、実行委員を集めています」


 訳知わけしがおのランベルスを、思わず凝視ぎょうしする。


「ええと……学校の公式行事ではありませんが、中央講堂を一晩貸し切りにして行われる、生徒自主企画のもよおものです。お兄さまが、昨年も実行委員をつとめていましたので、少し知っています」


 隣で、リーゼが解説してくれた。ありがとう。脳内警告音が大きくなったよ。


「ユーちゃん、友達いないから、聞いてなかったんだねー。みんなでお洒落しゃれして、踊ったり遊んだりするんだってー」


「大きなお世話だよ。そんな金持ちの道楽騒どうらくさわぎ、あたしに関係な……」


「全員参加っすよ。家族の葬式以外そうしきいがいは認めないって、鉄のおきてがあります」


 さっきの仕返しか、カミルが満面の笑みだ。腹立つな。


 まあ、仕方がない。お父さんに一晩、死んでもらおう。


「ちなみに招待状は、実行委員が家に持参して確認するんで、うそは通じないっすよ」


「ユーちゃんやみんなと、学校で夜更よふかしするの、すごい楽しみー!」


楽団がくだん飲食物いんしょくぶつも、実行委員のどなたかが家の伝手つてで、本格的なものを手配するんですよ。一番の盛り上げどころでは、照明も暗くなって、あ、愛の告白大会になるとか……」


 のんきなイルマとリーゼの言いように、ランベルスが渋面じゅうめんになる。


「一部に、そういう現象が見られたというだけだ。閉会後は実行委員が責任を持って全員を確認、むかえの者に申し送りをする。安心しろ」


 途中で逃げられもしないのか。変な汗が出てきたよ。


 他の場所は閉まってるだろうし、講堂で一人、教本と筆記帳ひっきちょうをおっぴろげていたら、さすがにいたたまれない。イルマもリーゼも、個別の交友関係くらいあるだろう。


 いかん。死ねる。


「楽しそうで良いねえ。私も一度は、参加してみたかったよ」


「ギ、ギルベルタは逃げ……参加したことないの? どうして?」


 さすが、頼りになるぞ。


「私とアルフレートは女子を集めすぎるってんで、出入り禁止だったのよ。実行委員に、頼むから来ないでくれって、土下座されてさ。仕方がないからアルフレートを遊びに誘ったんだけど、生意気に先約があるって言うのよ。無理矢理ついて行ったら、そこでウルリッヒに出会ってさ。あの時はまさか、旦那になるなんてねえ」


 駄目だ、自慢とのろけだ。なんの参考にもなりゃしない。


 どうしよう。そんなもよおし、やりたい奴だけでやればいいじゃないかよ。ふってわいた災難だよ。


「……実行委員は、当日も運営の事務作業に追われる役回りで、候補者が少ない。手伝うか?」


「やるっ!」


 ランベルス、おまえ良いところあるな! 口が裂けても言わないけど!


 よっぽどの顔をしていたんだろう。ランベルスの目が、可哀想ななにかを見る目だった。


「ユーディットさま、実行委員の方は当日、軍服に似た凛々りりしい盛装せいそうをされるんですよ。きっとお似合いです! 非日常性は正義の力、と、ものの本にも書いてありました!」


「えー、素敵ー! ユーちゃん、その格好で私と踊ってよー。約束ねー」


 リーゼとイルマが、好き勝手に平和なことを言う。こっちは死地から生還したばかりだよ。すぐには、言葉を返す余裕もないわ。


「いいんすか? せっかく、婚約者さんの目が届かないところで、羽目はめを外せる機会……」


 ほとんど同時の、多分、靴先くつさきの打撃音が三つ、たくの下から聞こえた。イルマもリーゼもランベルスも、すずしい顔だ。連携れんけいの精度が上がってるな。


「お母さま、私も行きたい。楽しそう」


 あたし達が学校の話をしている間、おとなしくお菓子を食べていたジゼリエルが、ちょっと恥ずかしそうに主張する。


 すっかり、あたし達の一員のつもりだな。可愛いな。


「お。良いこと言ったね、ジゼリエル! 十年越しのお礼参りに、アルフレートにも声かけて、のり込むか!」


「ちょ、ちょっと、ギルベルタ?」


「大丈夫、アルフレートのつきいってことで、少し早くむかえに行くだけよ。夜間潜入訓練やかんせんにゅうくんれんはみっちりやってたし、民間施設みんかんしせつなんてちょろいもんだって」


 いや、別に、実行可能かどうかを言ってるわけじゃなくて。


 まあ、いいか。卒業生だし、見つかっても教授陣に知り合いくらい、いるだろう。


 なんだか大きな話になってきたけど、こうなったら開き直って、立派な仕事をこなしてやる。来年も再来年も実行委員だ。逃げ切るぞ。


 浮かれている連中を尻目に、あたしは全力で後ろ向きの決意を固めていた。



**************



 それからも盛り上がって、帰り際は、もう暗くなっていた。


 あたし、イルマ、ランベルスとリーゼは、むかえの車を待たせている。


「大した手間ではない。ついでに送っていく」


「いやいや、公爵家の車なんて、堅苦しくって乗れやしないよ。それじゃねえさん、イルマちゃんにリーゼちゃん、また明日っす!」


 カミルだけは、なんでもない顔で、一人で歩いて帰った。


 あたしだってノンナートンの家にいた時は、もっと遅くまで出歩いていたし、男子が気にする時間でもないだろう。


 そう普通に思っていたから、ギルベルタが小声であたしだけに話しかけてきた時、正直、戸惑とまどった。


「ねえ。あのカミルって子、少し変だった?」


「そりゃ、変な奴だけど……いつもと違って、てこと? あたし達が知り合ったのは昨日の今日だし、ランベルスじゃないとわからないよ。でも、ずっとあんな感じだよ?」


「そっか。なんか、変な距離あるな、って思ってさ……禿げじじいのこと、しざまに言いすぎたかしら。気にしてるようだったら、ちゃんとあやまるから、教えてね」


「んー、わかった。得意じゃないけど、注意して見てみるわ」


 他の人が言ったなら、心配性だな、と笑っていた。


 でも、万事ざっくりしているギルベルタがわざわざ言うなんて、少なくともギルベルタにしてみたら、それほどのことなんだ。


 あたしだって、最初はアルフレットのことを邪険じゃけんにしていたけど、他人から悪く言われたら穏やかじゃなかったよな、きっと。


 カミルもヤンセン博士と、いろいろあるんだろうな。


 アルフレットにも話しておこう。ついでに、ギルベルタがわるだくみに誘うつもりでいることも。


 きっと二つ返事でのるんだろうな。子供っぽいからな、そういうところ。

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