28.あたしもそう思う

 制服に銀の縁取ふちどりが入っている。ランベルスの同級だ。


 目も、手足も、なんだかあちこちが細長い印象の男子だな。


「こんにちは! 初めまして! 俺も御一緒して良いかな? いやあ、可愛いばっかりでうらやましいよ、ランベルス!」


 駄目だ、他をあたれ。その一言をこっちが出す前に、軽い口の軽い舌が、さらに回転数を上げた。


「リーゼロッテちゃんにイルメラちゃん、それに、あ、ユーディットちゃんだよね? よろしくね。こいつ今まで、本格的にいた話はなかったのにさ。急に下級生の教室で女の子に囲まれて毎日昼食だなんて、こりゃもうお邪魔するっきゃないって、なあ!」


「誰に同意を求めている? なにも、特別な集会ではない。自由に加われば良いだろう」


「いや、それ、あんたが決めないでよ! はっきり言って迷惑……」


「ありがとな! ユーディットちゃん、うわさは聞いてるよ。一度会ってみたいって思ってたんだ。三人と同時に婚約したって本当? やっぱり、一人ずつ日程を決めて通わせてるの?」


「おいこらっ! どこの誰だか知らないけど、けんかなら買ってやるわよっ!」


「あれ? ごめん、やっぱり変だよね? 俺もおかしいと思ってたんだよ! 少し考えたらわかるよね。ほんと、ごめん。無責任なうわさ広げてる奴には、俺が、がつんと言っておいてあげるからさ!」


「そう……なら、良いわ」


 一応言ってから、へらへら笑っている横っつらを、全力でぶん殴った。


 ひっくり返った赤毛野郎も、ランベルスも、教室中も目を丸くしていた。


「それでも、一度口からいたつばは、飲み込めないわ。次からは、く前に飲み込むことね」


 こちとら、あんまり育ちは良くないぞ。軽々しく、間接的にアルフレットまで侮辱ぶじょくしたんだから、そのむくいは受けさせてやる。


「これも暴力かしら?」


 おまえが原因だぞ。こんなの連れて来やがって。


 ランベルスが、さすがに、ばつの悪い顔をした。


「いや……おまえが正しい。確かに、言葉も暴力になり得るな。認識を改めよう」


 生徒自治委員会役員さまの認定をもらって、へたり込んでいる赤毛野郎をにらみ直す。


 三人って言ってたな。あと二回、口を開くごとに殴ってやる。非力なせっぽちなんだから、むしろ寛大かんだい処置しょちだぞ。


 そう思っていた顔の横を、ものすごい勢いでなにかが飛んで、赤毛野郎の顔面にぶち当たった。


「ユ、ユーディットさまを侮辱ぶじょくする人は、わ、私が許しませんっ!」


 リーゼ? 今のまさか、保温水筒ほおんすいとう


 中身、まだ全然、減らしてないよね。何人分のお茶を作る気でいたのか、ゆかに落ちた時、けっこう重そうな音がしたぞ。


 唖然あぜんとするあたしとランベルスを横目に、今度はイルマが、のんきな顔で保温水筒を拾い上げる。


「私も愛人一号ってことで、右に同じねー」


 イルマはやわらかい笑顔のまま、転がってのびている赤毛野郎の顔に、改めて保温水筒を落とした。


 うん。


 やっぱり、相当、重い音がした。困ったぞ。生きてるかな。



**************



 そもそも、うわさの発端ほったんはイルマで、公衆の面前めんぜんで広めてくれたのはリーゼだよな。


 相手が男子の時だけ本気で怒るのも、差別主義と言われたら返す言葉がないな。


 ちょっとだけ反省したけど、顔のれがひどいことになりながら、それでも昼食のに入ってくる赤毛野郎の図々しさに、すぐにどうでも良くなった。


「いやあ、お見それしました! ほんと、申し訳ない! おびに、ねえさんって呼ばせて下さいよ!」


「嫌だよっ! これ以上、うわさの元を増やさないでよ! 金輪際こんりんざいつきまとうなよ!」


 ランベルスは渋面じゅうめん、リーゼはものすごい敵意で、調子良く敬語になった赤毛野郎をにらんでる。イルマはお茶とお菓子で、いつもの感じに戻っていた。


 赤毛野郎は、上背うわぜいなら多分、ランベルスより高い。多分としか言えないのは、背中も手足も軽く曲げて、姿勢が悪いからだ。


 えらそうに胸を張って、それなりにきたえた厚みのあるランベルスと違い、どこを見ても細く、薄い。座った姿など、脚をたたんだ蜘蛛くものようだ。


「遅くなっちゃいましたけど、自己紹介させて下さい! 俺、カミル=ヤンセンです。ランベルスとは、机を並べて学び合う仲って言うか、切磋琢磨せっさたくま? する関係とか、そんな感じです!」


「どこの教室だって机は並んでるわよ! 一切合切いっさいがっさい、聞いてないわ! さっさと食べ終わって、二度と……ん? ヤンセン?」


 珍しいせいだ。ちょっと記憶に引っかかる。


「もしかして、ヤンセン博士の親戚かなにか?」


「げっ……親父のこと、知ってるんですか」


 赤毛野郎、カミルの軽薄な顔が強張こわばった。


 ヘルマン=ヤンセン博士は機械工学の権威で、現在はフェルネラント帝国中央大学院で教鞭きょうべんを取るかたわら、帝国陸軍に研究室も構えている。


 代表的な論文も、学術書で読んだ。いつか学費が許せば、教えを受けたいと思っている人の一人だ。


 軍の関係者だから、最近はあんまり、名前が表に出てこない。アルフレットも話題にしないくらいだから、機密に関わっているんだろう。


 まあ、高等学校生くらいなら、知らない方が普通だ。


 見るからに不肖ふしょうの息子は、さっきまでとは明らかに違う、嫌気けんきと警戒の表情を浮かべていた。


「なによ。別に会わせろとか、比べてあんたをどうこう言ったりしないわよ。あんたはあんたで、ただの腹立たしい上級生でしかないわ」


 あたしもお父さんが学者で、勉強好きはありがたいことに遺伝したけど、そうじゃない事例だってある。


 人間、ままならないことは多い。本人がどうねようと勝手だし、他人がどうこう口出しする筋合いもない。


「余計なことを言ったわね。忘れてやるから、話を戻すわよ。さっさと食べ終わって、二度と……」


ねえさん、嬉しいです!」


 カミルが頓狂とんきょうな声を上げて、ランベルスが自分のひたいに手を当てた。


「ランベルスも以前、親父は関係ないって言ってくれました! そういう風に言ってくれた人は、俺、一生の友達にするって決めてるんです! ねえさん、一生ついて行きますよ!」


「じょ、じょじょ、冗談じゃないわよっ!」


 今度は、あたしの方が頓狂とんきょうな声を上げる羽目はめになった。


 人生、これほど本気の拒絶きょぜつ滅多めったにない。


 イルマに寝台を汚された時や、ばあちゃんに押し掛けられた時、ランベルスにからまれた時や、リーゼにあることないことぶちまけられた時、あれ? 最近多いな。


「どんだけやすい一生なのよっ? か、関係ある! 父親に似ない駄目息子! 博士の面汚つらよごし! 出来の悪い親不孝者っ!」


「切り替え早いですね! そういうところ、尊敬します! けっこう好みです!」


 瞬間、二杯の茶器ちゃきが飛んで、カミルの顔面で砕け散った。


「駄目ー。ユーちゃんは侯爵さまと、私とリーゼちゃんのものなのー」


「そ、そうですっ! 叔父さまとイルマさまと、私のものですっ! 男子なんて、お呼びじゃありません!」


所有格しょゆうかくが増えてるよっ? もの呼ばわりって、女子的にありなの? 普通なの?」


 いや、助けてもらって言うのもなんだけど、さっきから、ちょっと手加減なさすぎない?


 そりゃ陶製とうせい茶器ちゃきゆかに落とせば割れるけど、ゆかは固いからであって、顔面で砕け散るってすごい初速しょそくと運動量だぞ。


 あんじょう、カミルはひたいほおに血をにじませて、本格的に痙攣けいれんしていた。思わず、ランベルスと顔を見合わせる。


「一応……友達、なんだよね?」


「すまなかった。俺自身は、大して気にしていなかったのだが……ここまで人間としての相性が悪いとは」


 ランベルスがカミルの脇の下に肩を入れて、かつぎ立たせる。やっぱり、足首あたりを雑巾ぞうきんのように引きずった。


「医務室に運んでおく。授業が終わったら、まあ、上手うまく逃げてくれ」


「あたしをうらむとか、仕返しとかなら、まだ良いんだけど……」


 ランベルスは答えなかった。


 うん。


 あたしもそう思う。イルマとリーゼも、なんか相談を始めている。


 見渡せば、この暴行事件の一部始終を、教室中のけっこうな人数が注目していた。どう見えているかなんて、考える気力も残っていなかった。

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