27.子供っぽくて意地っぱり

 夕食の時、アルフレットはいろいろな話をしてくれる。


 中には国内の政治や、諸外国との国際問題の話もある。でも、どれもすごくわかり易くて、おもしろい。


 複雑な問題も、掘り下げていけば最後に残るのは、思惑おもわくのぶつかり合いと、現実のすり合わせだ。


 最初に全体像と、思惑おもわくの構造を整理してくれるので、あとは知的活動の軌跡きせきを、無理なく追っていける。


 そして文句と非難を、まったく混じえない。


 問題そのものは絶対悪ぜったいあくではなく、正確な知識と思考にもとづけば、改善行動の対象だ。


 改善行動をともなわない文句と非難は、知識と思考の欠如けつじょであって、知的活動ではない。アルフレットの話は、知的活動だからおもしろいのだ。


 うん。


 そんなことは目下もっか、重要じゃないんだ。


 この間、リーゼが変なことを言うもんだから、どうしても気になっちゃうんだよ。


 あたしは料理長得意の、かたまり肉の煮込み料理を食べながら、上座かみざのアルフレットを横目で見た。


「あのさ……ギルベルタと友達になった時って、どんな感じだったの?」


「なるほど。さっきから気にしていたのは、それですか」


 ばれてるよ。二人きりなんだもの、そりゃばれるわな。


「ごめんね。なんだか、詮索せんさくするみたいで」


「構いませんよ。私のことをあれこれ気にして下さるのは、きずなが深まった感じがして、嬉しいですね」


 またそんな、上手うまいことをさらっと言う。


 ほんと、あたしなんて、てのひらをころころ転がる小動物だよ。時々、みついてやるからな。もう。


 一人でほおを赤くするあたしを尻目に、涼しい顔で、アルフレットが笑った。


「私もギルベルタも、陸軍士官大学に進む前は、あなたと同じフェルネラント帝国高等学校の生徒だったのですよ。ギルベルタが一つ上級です」


「あれ……? ギルベルタって、今いくつなの?」


「31歳です。年齢では私の3歳上ですが、高等学校の入学直後に休学して、二年ほど海外を遊び歩いていたそうですよ」


「うわ、それ……普通なら戻るのきついよ。その頃から、ざっくりしていたんだね」


 復学時に18歳、最上級生とおなどしの初級生か。まあ、平気な顔で、堂々としていたんだろうな。


「御想像の通りですよ。私が入学した時には、学業成績もさることながら、とても女性にもてることで有名人になっていました」


「んん? 男子に、じゃないの?」


「あの容姿ですからね。それに、頭が良くて見識けんしきも広く、性格も腕っぷしも男勝おとこまさりな女性と良い関係をたもてるほど、その年頃の男性は成熟していません」


 子供っぽくて意地っぱり、か。アルフレットだって、今だにそういうところあるんだし、無理ないか。


「それじゃあ、アルフレットはどうして仲良くなれたの?」


「私も入学以来、同級、上級を問わず、大変女性にもてました。示し合わせたわけではありませんが、ちょくちょく相手がかぶったりしている内に、第三者経由だいさんしゃけいゆの姉弟のような関係に……」


「ああ、うん。ごめん。もういいや」


 当時の教授陣は、頭を抱えっぱなしになったことだろう。他の男子だって、天災規模の巻き込まれ被害者だ。


 あたしは、かたまり肉の残りを口に放り込みながら、顔も名前も知らない人達に同情した。



***************



 とにかく授業の間は、静かに集中していられる。


 自然科学と数学が、特に良い。アルフレットが話してくれるおかげで、最近は社会学と人文化学も、俄然がぜん、おもしろくなってきた。


 同じように、あたしもジゼリエルに話してあげることを想定すると、なるほど、周辺情報は横に置いて、まずは全体像を把握はあくすることが重要になる。


 細かい部分は理解力に応じて、後からつけ足していけば良い。


 イルマは相変わらず隣で、べたべたくっついてくるが、自分で言ったように筆記帳ひっきちょうには、それなりに真面目まじめに書き込んでいる。


 イルマはあたしより、基本構造を的確に把握はあくする能力があるようだ。


 授業で少し釈然しゃくぜんとしないことが、イルマの筆記帳ひっきちょうを見せてもらうと、すんなり理解できたりする。


 その能力を最大限に使って、できた時間で、あたしにくっついてくるのか。間違えてるぞ、使い方。


「ユーちゃんが、がんばってる私を、見直してくれてるー。最近、視線に愛を感じるよー」


「感覚神経の誤動作だよ」


 調子に乗らせてなるものか。授業が終わって、昼休みになると、リーゼが昼食の包みを持って現れた。また、大量に持ってきたな。


「ユーディットさま、私、いろいろ挑戦しているんです。召し上がって下さい!」


「それは、ありがたいんだけど……じゃあ、これ、ほとんどお菓子なの?」


茶器ちゃきも、お湯も保温水筒ほおんすいとうで用意してあります! 胃袋をつかむには手段を選ぶな、結果が全てを正当化する、と、ものの本にも書いてありました」


 その本、少し考えものだぞ。


「すごーい! 教室でお茶会だー。明日から私も、いろいろ持ってくるねー」


 言うだけ無駄だろうけど、いつか教授に見つかって、怒られるのが目に見えてるよ。あたしも一緒くたに。災難だよ、まったく。


「まあ、いいわ。ところで、今日はランベルスがいないのね。ようやくきてくれたのかしら、助かるわ」


「そんなことはないぞ。生徒自治委員会役員の、当然の責務と言ったはずだ」


「……いたんなら、早く言いなさいよ。安心して損したわ」


 教室の入り口から、いつものえらそうな態度で、ランベルスが入ってきた。


 その後ろに、誰だろう、少し長めの赤毛を遊ばせた、なんだか軽薄けいはくそうな笑顔の男子がくっついていた。

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