25.どいつもこいつも

 フリード侯爵家のお屋敷は、街からも、アルフレットの屋敷からも、だいぶ離れた郊外こうがいっていた。


 広い庭が、すぐ横の森とほとんどつながっていて、小さな川まで流れてる。


 それでも木々が鬱蒼うっそうと重なり合ってはいないので、自然な感じで手入れされているんだろう。


 なるほど。これなら、あの怪獣が剣を振り回しても、近所迷惑にならなさそうだ。


 玄関扉の前で、年配ねんぱいの執事さんが待っていてくれた。全員まとめて、こっちもずいぶん広い応接間に通してもらうと、すぐに二人が現れた。


「いやあ、やっと約束通り、うちに呼べて良かったよ! あと少し遅かったら、またこっちから遊びに行ってたね!」


「先生、いらっしゃい」


 ギルベルタは男物の薄灰色うすはいいろの上下で、長い黒髪を背中で適当にまとめている。化粧けしょうもしていない、装飾品の一つも着けていない、相変わらず残念な美人っぷりだ。


 ジゼリエルは、少し背が伸びた。推定3歳、そろそろ4歳かな。


 長い黒髪はギルベルタゆずりだけど、やっぱりまゆもまぶたも横一本線で、口の両端りょうはしが力強く下がっている。


 上品な赤い一つなぎでお辞儀じぎして、すぐに元気に飛びついてくるのは可愛いんだけど、絶対に手放さない木刀が背中にごりごり当たるんだよな。


 いたたた。


「ジ、ジゼリエルちゃん……! 私にも、私にも抱っこー! おいでおいでー」


「近寄るな、不審者ふしんしゃ! まず、そのよだれをふけ!」


「ランベルス=ラングハイムです! 本日は不躾ぶしつけな訪問を御許可いただき、誠にありがとうございます!」


「うるさいよ! なんであんたは、そう、いちいち大声はり上げるの!」


「リーゼロッテ=ラングハイムです。そ、その、肝心かんじんな時はお邪魔しませんので、ご、ごゆっくり……」


「あんたもあんたで、なに言ってんのっ? ばすわよ!」


 ああ、もう。どいつもこいつも、第一声からこの騒ぎかよ。


「あはは、にぎやかで良いね。夕飯ぐらい、食べていけるだろ? そのうちウルリッヒも帰ってくるからさ。なんだか、アルフレートだけものにしたみたいで、悪いけど」


「ごめんね、ほんと……こんな、おもしろ半分のおまけが、たくさんひっついて来ちゃって。次からは、ちゃんと一人でやるから」


「細かいこと言いっこなしよ。自分で頼んでおいてなんだけど、まだまだ勉強なんて年齢としじゃないんだから。かしこまらないで相手してやってよ」


 ざっくり受け入れてくれるのはありがたいんだけど、異論はある。


 人間、生まれた瞬間から勉強だ。


 効率的で集中的な授業という形態に順応するには、それなりの成熟が必要だけど、能力と適性に合わせた指導であれば、まなびに早すぎるなんてことはない。


 ちょっとした理想に燃えるあたしを尻目に、他の五人は早速、運ばれてきた発酵茶はっこうちゃと山盛りのお菓子をぱくついていた。


 いじけるぞ。


 仕方がないので、ギルベルタ、イルマと並んだ長椅子ながいすの、はしっこに座る。イルマはジゼリエルをひざに抱えて、それこそくずれそうな顔をしていた。


 ジゼリエルの方は、気にした風でもない無表情だ。まあ、いざとなったら、イルマをぶん殴って助け出そう。


 向かい側に座っているランベルスとリーゼは、意外と如才じょさいなく、ギルベルタと談笑していた。


「そっか。二人とも、今までユーディットと面識なかったんだ。まあ、ラングハイムの家は大きいからね。本家筋ほんけすじなら本家筋ほんけすじで大変なこともあるでしょうけど、あんまり考えすぎないでがんばりな」


「お気遣きづかい、恐縮きょうしゅくです。将来は立派に家門かもんを背負っていけるよう、精進致しょうじんいたします!」


「あんたはいろいろ、頑丈がんじょうそうだね。リーゼロッテも、まあ、ユーディットよりはゾフィーの気に入りそうな感じだし、大丈夫かしらね」


「は、はい……ありがとうございます」


 悪かったわね。その通りだけど。


「ゾフィーは元気にしてるの? この間は、いろいろ立て込んでたからさ。今度ゆっくり遊びに来てって、伝えておいてよ」


うけたまわりました! お祖母ばあさまにそんなことを言ってくれる御友人は一人もいないので、喜ぶかどうかの前に、きっと面食めんくらうことでしょう!」


 うん。そうだろうけど、そこは定型文で返せよ。正直なら良いってもんじゃないぞ。


「ギルベルタさま、気さくで、お優しい方ですね……素敵です」


 リーゼがこっそり、発酵茶はっこうちゃ湯気越ゆげごしに、吐息といきをもらす。


「叔父さまのお友達なら……やっぱり、その……そういう御関係でも、おありかも知れませんけれど……」


「だいぶ失礼なこと言ってるよ。両方に」


 あたしにこぼす神経も、どうかしてるぞ。悪気わるぎはないんだろうけど、どうしてそう、妄想が駄々だだもれるかな。


「あたしが見る限り、そんな感じじゃないよ。男友達に近いって言うか……ああ見えて強いのよ。アルフレットに、剣で勝ったこともあるんだから」


「叔父さまにですか? すごい……!」


「こーらこら。本人の前で、こそこそうわさしない。はっきり言って自慢なんだから、むしろ聞いてよ! なんなら家庭教師のお礼に、ジゼリエルと一緒にきたえてあげるわよ?」


「い、いえ、私はとても……!」


「あ、あたしも無理! すぐに死ねる自信あるわ。そういうのは、ほら、出番よ、ランベルス!」


見損みそこなうな。女に向ける剣は、持ち合わせていない」


 あ。


 言っちゃった。


 ギルベルタが、にやりと悪い顔になった。ついでにジゼリエルも、目が光ってる。


「それは聞き捨てならないわね……アルフレートの紹介状にも、良い筋だって書いてあったし。いっちょ、お手合わせ願いましょうか」


「は? いや、それは……」


「勝負」


 ジゼリエルがイルマの膝から降りるなり、木刀を大上段に構える。おお、ちょっと前より、さまになってるよ。


 ギルベルタも調度品の隙間すきまから、当たり前のような顔で、木刀を二本ひっぱり出す。


 ここ、応接間だよね? 寝台に忍ばせてるあたしが言うのもなんだけど、武門ぶもん家柄いえがらじゃ、普通のことなのかな。


 放り投げられた一本の木刀を受け取って、ランベルスが、ばあちゃんより先に面食めんくらう羽目はめになっていた。


「いえ、あの、侯爵夫人? 重ねて言いますが、自分は……」


「問答無用ぉー!」


「無用」


 さすが母娘おやこ、息が合ってるな。

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