24.しょうがないじゃないの

 週末、よく晴れた休日の朝、顔を洗って髪を整えた。


 前に仕立ててもらったお気に入りの服に着替えて、朝食を食べた。食後に発酵茶はっこうちゃを飲みながら、いつものようにアルフレットと楽しく話をした。


 そして部屋に戻って、子供用の教材を準備していると、扉が軽く叩かれた。


「ランベルス=ラングハイムだ!」


「リ、リーゼです! お師匠さま、おはようございます!」


「ユーちゃん、今日は早起きしてるー。残念ー」


 アルフレットが、三人を連れて来ていた。


 まあね。最悪の場合として、予想できなくはなかったよ。ずいぶん学習したよ、あたし。


「寝顔のほっぺた、いじりたかったのにー。ユーちゃんのいけずー」


「ジゼリエルからもらった木刀を、手の届くところに忍ばせてあるからね。その覚悟で来なさいよ」


 我ながら、どんな乱世らんせの将軍だよ。


「本日は急な来訪らいほう御容赦ごようしゃいただき、ありがとうございます、叔父上! ゆえあって妹達を含め、御友人に紹介状をしたためていただきたく、お願いに上がりました!」


「使いの方から聞いていますよ。もちろん構いませんが……ギルベルタなら、そこまで気をつかわなくても大丈夫ですよ、きっと」


「甘やかさないで、アルフレット。あたしの信用の問題なんだから」


 全員で、あたしの部屋にずかずかと入り込む。アルフレットが指示して、小間使いの人が椅子いす円卓えんたくを運び込む。


 無駄な仕事だよ、もう。みんな座って、運ばれてきた発酵茶はっこうちゃをのんきに飲んだ。


「あ、あの、叔父さま……お久しぶりです。変わらず、その……素敵です」


「ありがとうございます。リーゼロッテも、少し見ない間に、見違えるほど綺麗きれいになりましたよ。ユーディットとは年齢も近いことですし、仲良くしてあげて下さいね」


 返礼へんれいなんだろうけどさ。婚約者としては穏やかじゃないぞ、そういうところ。


「今日は、厨房ちゅうぼうを使わせてもらうお願いもしたんだよー。リーゼちゃんと一緒に、美味おいしいお菓子を作るから、ユーちゃんも期待しててねー」


「可能な限りすみやかに帰れよ。あんたに期待するのはそれだけだよ。あと、絶対に寝台には近寄るなよ」


「素直になれないユーちゃんも、可愛くて好きだよー」


 打たれ強いな。リーゼも、イルマに弟子入りした方が、よっぽど目標に近づくぞ。こんなのが二人になったら悪夢だけど。


 発酵茶はっこうちゃを飲み終わると、アルフレットは書斎に行った。イルマとリーゼも、いそいそと厨房ちゅうぼうに行く。部屋には、ふんぞり返った男子が一人残った。


 おい。


「あんたは、どうするつもりで来たのよ? はっきり言って、この上なく邪魔なんだけど」


「言われてみれば、考えていなかった。まあ、気にするな。適当に出て行く」


 その適当を、今すぐにしろって言ってるんだけど、わからないのか。


 わかるわけないか。男子だもんな。こいつといると、差別主義が伝染でんせんするな。


「おまえには感謝している。少し落ち着いて、話をしたいと思っていた」


「……なによ、気味が悪いわね」


「リーゼは、子供の頃から自己主張が少なくてな。お祖母ばあさまの教育をまともに受け止めて、正直、つぶされるんじゃないかと心配していた。叔父上を特別にしたっていたようだから、つい、余計な気を回してしまったが……あの後、すぐに問いつめられて、初めてしかられたよ」


 へえ。妹のことは案外、ちゃんと見てるんだな。


「それにしても、まさか、こんな方向に開き直るとはな。おまえや、あのイルマもそうだが、女には女なりの強さがあるようだ。お祖母ばあさまだけが、突然変異ではないのだな」


「いや、ばあちゃんは突然変異だと思うけど……でも、そうね。リーゼもけっこう、たくましいわ。女だって強くならなきゃ、この先、やってられないわよ」


「暴力は論外ろんがいだがな。おまえは少しひかえるくらいで、ちょうど良いぞ」


「客観的には同意するわ。アルフレットの前でやりすぎないよう、せいぜい気をつけるわよ」


 顔を見合わせて、苦笑する。こいつも同志か、戦友せんゆうだな。


 成長過程って、こういうものなのね。アルフレットが言っていたこと、素直にわかるよ。


「邪魔をして悪かった。話はそれだけだ、退散する」


「なにか、する当てあるの? 息一つ、物音一つさせないなら、いさせてやっても良いわよ」


「それは難しいな。紹介状と言っても、執事が準備した内容に署名するだけだろう。こんな機会は滅多めったにないことだし、叔父上に剣術の稽古けいこを願い出る」


「男はそういうの好きよね。暴力が見苦しいなんて、どの口が言うのかしら」


「武術は女子供おんなこどもを守る手段だ。男の、当然のたしなみだ」


 こいつの当然はいくつあるんだろう。差別主義も大変だな。


「ちょっとしゃくにさわるけど、いい加減、覚えたわよ、ランベルス。うるさいから、もう名乗らないでね」


 去り際、背中に声をかける。多分、笑ったようだった。



***************



 イルマとリーゼは昼食をはさんで、大きくてふかふかで、乳製脂肪をたっぷり塗った焼き菓子をこしらえた。


 はなやかな女子二人に頼りにされて、料理長もまんざらではなさそうだった。はなやかでなくて悪かったな。に持つぞ。


 みんなで食べた。甘くて、美味おいしかった。


 泊まり込もうとするイルマを断固拒否して、追い出した。夕食、アルフレットと二人になって、やっと気が抜けたよ。


「そのうち慣れるのかも知れないけど、休日までこれだと、ちょっとこたえるわ……今思うと、アルフレットはずいぶん、あたしに気をつかってくれてたのね。ありがとね」


「お年寄りみたいですよ、ユーディット」


 アルフレットが苦笑する。いやもう、ほんと、料理皿に顔を突っ込む勢いで疲れたわ。


「アルフレットは大丈夫だったの? ランベルスが、ずいぶん爽快そうかいな顔してたけど、疲れなかった?」


「とても楽しかったですよ。素直で、飲み込みも早くて、少し本気で指導してあげたくなりましたね」


 あっちもあっちで弟子入りなんてされたら、とんでもないな。


 それなりに印象は変わったけど、アルフレットとの時間に割り込んでくるなら、悪い虫以外の何者でもないぞ。


 ふと、悪戯心いたずらごころが浮かんだ。


「ねえ、アルフレット。ウルリッヒの時とは反応が違うみたいだけど、ランベルスのことは気にならないの?」


「異性の友人も、得難えがたい貴重な存在ですよ。まあ、私の恋敵こいがたきになるには、まだまだ可愛らしいものですね」


「そんな余裕ぶっちゃって。リーゼには言ってたじゃない。年齢が近いってのも、仲良くなる武器の一つだと思うよ?」


「なるほど……言われてみれば確かに、私にはない武器ですね。他でもない、あなたの言うことです。認識を改めましょう」


 アルフレットが、優しく笑ってくれた。


「今となっては、あなたが、ただ幸せになるだけでは駄目です。私自身が幸せにすると、誓ったのですからね」


「またそんなこと、さらっと言うんだから……夕食中だよ。抱きついたり、口づけしたりできないじゃないの」


「済ませてからしましょう。なにも、一日一度と決めることはありませんよ」


 ごめん、あたしが悪かったよ。降参だよ。


 さすが元、女たらし。顔中が赤くなってるの、自分でもわかるよ。


 それからの会話は、全然普通にできなかった。食後の果物を食べる手つきが、いつもより早くなっちゃったの、ばれたかな。


 ばれてるんだろうな。しょうがないじゃないの、もう。

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