23.少しわかった気がする

 昼休みも、あたしは教室の机から離れない。


 昼前の授業の復習と、後の授業の、予習の復習をする。追求すれば、やることなんて無限にある。だから学問は面白い。


 料理長は気をつかってくれて、包み焼きとか、いつも片手で食べ易い物を用意してくれる。


 最近は隣で、イルマがあれこれと話しかけてきたり、人のおかずを盗み食いしたり、満腹して昼寝したりなんかする。正直、迷惑なんだけどな。


 今日もいつもの通り、あたしの行動は整然としていた。


「ランベルス=ラングハイムだ!」


 うるさい。


 騎士物語じゃあるまいし、なんで名乗るたびに腕組みして、ふんぞり返るんだ。自分のいやみがはね返ってくるのも、因果応報いんがおうほうって言うのかな。


「あ、あの、お師匠さま。お昼、ご一緒させて下さい」


 蜂蜜頭はちみつあたまの兄妹が、まだ人もたくさん残っている教室に闖入ちんにゅうしてきた。


 あんた達、目立つんだよ。迷惑だよ、かなり本気で。


「リーゼちゃんもランラン先輩も、いらっしゃーい。待ってたよー」


 やっぱりおまえの手引きか。


 もう少しで質量を持てるんじゃないか、と思うぐらいの視線でにらむ。あたしは純然たる被害者だ。それなのに、気がつけば、教室中から同じような視線でにらまれていた。


 理不尽だ。


「大丈夫だよー。ランラン先輩、見た目も良くて、けっこう人気者だからー。みんな嫉妬しっとしてるだけだよー」


 その台詞せりふの、どこに大丈夫な要素があるんだよ。


生徒自治委員会せいとじちいいんかいの役員を拝命はいめいしている。周囲にけ込めず、孤立感に苦しむ生徒を救うのも、将来、人の上に立つ身としては当然の責務だ! 気にするな!」


 そんな生徒、ここにはいないぞ。


 どうしてこう、当事者が一言もしゃべらない内に物事が進むんだよ。泣くぞ。


「こ、この焼き菓子は、私ががんばって作りました。お師匠さまも、召し上がって下さい」


「ありがと……。言っておくけど、リーゼの方が年上だからね。必要以上にへりくだるのも、良くないと思うよ」


「は、はい! 殿方は胃袋をつかんで尻にしけ、と、ものの本でも読みました。努力します!」


 どんな本だよ。ほんと、ため息しか出ないよ。


 復習も、予習の復習も、あきらめた。資料をどかして、椅子いすもどっかから持ってきて、四人分の昼食を机に並べる。はなやかだ。


 ああ、もう。わかったよ。美味おいしいよ。


「リーゼちゃん、お菓子作り上手じょうずー。今度教えてよ、一緒に作りましょー」


「は、はい! ええと……」


「イルメラ=イステルシュタイン、イルマで良いよー。ユーちゃんの愛人一号よー」


「違うよ!」


「や、やっぱり……そんな気がしてました!」


「なんでよ! おかしいでしょ、常識的に!」


「ユーちゃん優しいから、数で押せば、なしくずしにできると思うのよー。その時は協力してねー」


「優しくないよ! 犯罪計画は、相手のいないところで話し合えよ! 警戒するぞ!」


「昨日も思ったが、女のくせに口調が激しいな。お祖母ばあさまがなげかれるのも無理はない」


「差別主義者は黙ってろ!」


 言われて黙るくらいなら、差別主義者なんてやってないよな。


 あんじょう、どこ吹く風で、遠巻きに騒ぐ女子達にえらそうな挨拶あいさつを返してる。遠慮しないで、そっちに行けよ。


 イルマとリーゼも、お昼を食べながら、なんだか二人で盛り上がってる。


 あたし、もうらないよな? このまま消えても良いよな?


「それじゃあ、今度の週末なんかどうかなー? ユーちゃんも一緒に遊ぼうよー」


 甘かったか。


「さっきまでの流れで誘われるのも、怖すぎるんだけど……そうじゃなくても、あたしは無理よ。来週から、ジゼリエルの家庭教師を始めるの。手探てさぐりだけど、準備だけは、しっかりしてあげないとね」


「あー、いいなあ。私もジゼリエルちゃんに会いたーい。一緒に行っちゃ駄目ー?」


「駄目に決まってるでしょ。曲がりなりにも雇用契約こようけいやくなんだから。ギルベルタの許可もなしに、勝手なことはできないわ」


 さすがのイルマも、一回会っただけの侯爵夫人に、紹介状もなしに使いは出せないだろう。ここは死守するぞ。


「う、うわさの年下女子と、人妻の方ですよね……! よくできた子にご褒美ほうびとか、二人っきりの教育相談とか……」


「あのね。先に言っておくけど、肉体自慢の殿方とやらがその父親で、旦那で、アルフレットの大事な友達なの。無責任な波風立てたら……ほんと、殺すからね」


 うん。


 すごい低い声が出た。教室中の話し声が途切とぎれたような気もするけれど、知ったことじゃないわ。


 ばあちゃんの気持ちが、少しわかった気がする。こんな連中、うかつに余所様よそさまの前に出せないわ。

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