22.幸せなんだろうな
一日の授業が終わって、
「ランベルス=ラングハイムだ!」
ああ、そうか。
言われた通り、また名乗ったのか。えらそうな割に、
「ランラン先輩、しつこーい」
「ランベルス=ラングハイムだっ!」
「ちょっと、もう、うるさいなあ。なんなのよ? 言い足りないことがあったなら、手短かに……」
「
んん?
腕組みして、足を肩幅に踏みしめて、ふんぞり返って
「俺の
「ええと……そう。わかり合えて良かったわ。それじゃ……」
「だから、正しく出る幕の人間を連れてきた! 話を聞いてもらおう!」
会話になってるのか、これ。
明らかに面倒くさい展開に、頭を抱えそうになっていると、門柱の陰から、おどおどした様子の女子が現れた。
あたしは飛び級で入学してるから、同級でも二つ年上のはずだけど、胸の前で手を握り、ずいぶん
「リ……リーゼロッテ=ラングハイム、です。お兄さまが失礼をして、も、申し訳ありません」
アルフレットなら親戚つき合いもそつがないだろうし、可愛い
貴族の血縁関係は複雑だから、どっかで
子供の頃から胸に秘めていた、とかなら、ぽっと出のあたしに持って行かれて、納得できない気持ちはわかる。
「あー……初めまして、よね。一応、
ばあちゃんはアルフレットの婚約相手に、この
まあ、そうか。この
直系の孫にも
リーゼロッテはあたしをにらみながら、一所懸命に言葉を探している。
なにを言われたって、あたしが
ちゃんと聞いて、はっきり言い返すしかないけれど、気が重いなあ。
視線を泳がせると、ちゃっかり少し離れて、イルマがあからさまにおもしろがっていた。
他にも大勢の生徒が、下校の足を止めて、
「あの、私……お、
「まあね、あたしも驚いてるよ。人生、こんなこともあるんだね」
「それで、ユーディットさまのこと、うかがって……こんなこと、いきなり失礼だって、わかってるんですけど……」
「うん。そこのお
「あの……っ!」
リーゼロッテが、胸の前で両手を握りしめた。
ふるえてる。勇気か、覚悟か。ふりしぼったものにだけは、敬意を払うよ。
「私を……
んん?
なんだか、
「ユーディットさま、すごいです……っ! こんなに小っちゃくて、あんまり美人でも、おっぱい大きいわけでもないのに、あの叔父さまを
「ちょっと待てぇっ! ひどいこと言っただろ、今っ!」
「うわさも聞いてますっ!
「イルマぁっ!」
「
「眠かったんだよっ! お昼を一緒に食べただけだろっ! いかがわしい言い方すんなっ!」
「叔父さまとも
「済ませてないよっ! 大声でなに言わせるのよっ! 少しはおかしいと思いなさいよっ!」
「いいぞリーゼ、引っ込み
「まだあるのかよっ! あんた、保護者じゃなくても、この場は
「私、ユーディットさまみたいになりたいんですっ! しっかりと婚約者を確保しながら、殿方とも婦女子とも
「とんでもない言いがかりだよっ!」
そこから先は、あんまりよく覚えていない。とにかく暴れた。
女が暴力を振るって、なにが悪い。この世には、
***************
夕食の席でぐったりして、口数も少なかったあたしを心配したのだろう。アルフレットが部屋に、早めの夜食を持ってきてくれた。
小麦粉を卵でといた薄焼きに、
「本家のお二人も、元気な様子で安心しました。仲良くなれそうで、良かったですね」
小さな
銀色の髪と青い目、浅黒い肌、背が高く物腰も
「
「お
「目ざす方向性は、不健全も極まってるけどね」
ようやく、冗談を言う余裕が出てきた。
弟子だの師匠だのは置いといて、まあ、ばあちゃんと戦う同志ってことにしておいてやるか。
アルフレットが
言いたいことはわかってるぞ。あたしだって、この家に放り込まれた頃は、ずいぶん反抗心をこじらせていた。
今は、物事をいろいろな方向から見て、受け止め方を調整できるようになった気がする。
じゃなきゃ、ばあちゃんのことや、あんな騒々しい兄妹のことなんか、考えるだけで嫌な気分になっていたはずだ。
あたしも笑って、それからは今日教わった勉強や、なんとなく気がついた教授の
調子に乗って夜更かししてもまずいから、いつも、お開きの時間は決めていた。今日は早く来てくれた分、いっぱい話せて嬉しかった。
「それでは、お休みなさい。あまり
「ありがと。もう一区切り復習したら寝るわ」
部屋を出る時、アルフレットが少しかがんでくれて、口づけをした。こんなこと、イルマなんかには、絶対知られるわけにいかないな。
扉の向こうで遠ざかる気配を、
痛い。どうなってんのよ、もう。女の身体がやわらかいなんて、誰の思い込みよ。
引きつりそうになりながら、あちこちを曲げて、伸ばす。最近始めた日課だ。
なんか失敗した時の逃げ足だけは自信があるけど、まともな運動はからっきしなんだよ。
柔軟性も
リーゼとの怒鳴り合いを思い出して、へこむ。あんな情けないこと言いたくなかったよ。
でも、ほら、せっかく盛り上がった時に、あんまり大騒ぎしたら申し訳ないじゃない。
アルフレット、身体大きいし。あたし、
うわさみたいな
苦笑して勉強に戻る。とりあえず目の前のことを、しっかりやろう。
明日は、どんな顔でおはようを言おうかな。どんな顔で返事してくれるかな。そんなことも楽しみに思えるんだから、幸せなんだろうな、うん。
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