19.まっすぐな背中を見せて堂々と

 ばあちゃんは、早朝なのにちゃんと化粧けしょうをして、身なりも整えていた。


 厳しく鋭い金茶色きんちゃいろの目で、じろりとあたしを見る。


「なにをしているのですか? ユーディット」


「わかるでしょ、徹底抗戦てっていこうせんよ。おとなしく追い出される気なんて、ないんだから」


 立ち上がって胸を張りながら、少し違和感を覚える。なんだろう。


 ばあちゃんが嘆息たんそくして、左手に持っていた帽子ぼうしをかぶる。


 そうだ、帽子ぼうしだ。薄紫うすむらさきの服と同じ色の、外出用の帽子ぼうしを持っていて、今、かぶって見せた。


「必要ありません。私が帰ります」


 階段から、使用人の人達が降りて来た。荷物を持っている。廊下ろうかの向こうから、執事さんが慌てて駆け寄った。


 どういうこと?


 呆然とするあたしに、また、じろりと厳しい目が向けられた。


「私はあなたに、婚約を維持いじする意志があるか、とたずねました。アルフレートがあなたを幸せにできているか、どこかに無理を感じていないか……あなた自身は、どう思っているのか。直接の答えではありませんが、女だてらに乱暴な覚悟のほどは、そのさまも含めて、示してもらいました」


 ほうきを抱えたあたし、つぼを持ち上げるイルマ、木刀を構えるジゼリエルを、ばあちゃんが順に見る。


 なげかわしい、と言わんばかりに眉根まゆねを寄せる。


「私には到底、理解できませんが……女性のり方も、幸せの形も、時代と共に変わっていくのかも知れませんね……。これからもアルフレートと二人、不断ふだんの努力と研鑽けんさんで、その乱暴な覚悟を少しはまともな形にして見せなさい。あなたが、あなたなりの幸せを手にすることを、願っていますよ」


「どうして……そんな……?」


「おかしなことを聞きますね。あなたが私の、孫娘まごむすめだからですよ」


 ちっとも優しくない声で言い捨てて、ばあちゃんはもう、あたしを一瞥いちべつもしなかった。


 まっすぐな背中を見せて堂々と、でも靴音は静かに粛々しゅくしゅくと、玄関広間の方に歩き去った。


 あたしは、なにが起きたか信じられない気持ちで、手をすべらせたイルマがつぼを落として割るまで、廊下の先をじっと見つめていた。



***************



 とにかくもう屋敷中、たましいが抜けたようにぐったりして、あたしもイルマも学校どころじゃなかった。


 元気なのは、ギルベルタとジゼリエルくらいだ。


 ギルベルタはなにも言わなかったけれど、料理長の話では、晩餐会ばんさんかいの後も長いこと、ばあちゃんと無言でお酒を飲んでいたそうだ。


 お互い、真逆以上に価値観が違うだろうに、どういうことなんだろう。あたしもいつか、お酒を飲むようになればわかるのかな。


 アルフレットは、その日の昼に帰って来た。


 考えていたよりずっと早い。アルフレットも、なんだか予定が変わったらしいです、とだけ言っていた。


 まさか演習自体が、ばあちゃんの仕掛けだったんじゃないだろうな。ラングハイム公爵家の力を使えば、できないことじゃないからな。


 アルフレットに少し遅れて、ウルリッヒもたずねて来た。


 帰ったら家族が誰もいなかったんだから、無理もない。雰囲気が、しゅんとしていた。やっぱり、わかり易いな。


 遅めの昼食はアルフレットとあたし、イルマ、ウルリッヒ、ギルベルタ、ジゼリエルの、みんなで食べた。


 昨日の名誉挽回めいよばんかいとばかり、朝食も合わせてずいぶん仕込んだ分がまとめて出て来たので、ものすごく豪華だった。


 あたしも、お腹いっぱいに食べた。


 昨日からのことを、たくさん話した。たくさん話して、たくさん笑った。

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