20.この形から始まったようなものだ

 みんなが帰った後、倒れるように眠った。


 昨日から一睡いっすいもしていなかったし、疲れたし、気持ちも限界だった。目が覚めたら窓の外が、もう暗くなりかけていた。


 寝台で身体を起こすと、小さな明かりで、アルフレットが本を読んでいるのが見えた。


 とても、懐かしいような光景だった。


 ここに来たばかりの頃は、勉強していたり、すねていたり、緊張で疲れて寝ていたりした時に、決まっていつの間にか、アルフレットがこうしていてくれた。


 あたし達は、この形から始まったようなものだ。


「少しは、楽になりましたか? ずいぶん張りつめていたようで、心配しましたよ」


「ありがとう……大丈夫だよ」


 アルフレットが本を置いて、椅子いすから腰を浮かそうとしたので、あたしが先に寝台を下りた。


 優しい薄暗がりの中を、椅子いすの背もたれの後ろに歩く。


 こんな顔を見られたくないから、背中から抱きついた。銀髪の中にほおをうずめた。


「ありがとう、アルフレット……。アルフレットが、いてくれたから……今まで甘えさせてくれたから、あたし……がんばれたんだよ……」


 こらえていた涙が、あふれ出た。足が震えて、手の力も入らなかった。


 今さらだけど、いっぱい泣いた。


 髪の毛もえりも、濡らしちゃった。ごめんね。


「あたし、大丈夫だから……もう、いっぱい幸せだから。幸せの感じ方、ちゃんとわかったから……大丈夫だよ、アルフレット……」


 少し怖かった。でも、言わなくちゃ。


「アルフレットが教えてくれたから、ずっと幸せでいられる。くしても、また見つけられる……アルフレットは、もう、ばあちゃんに勝ってるよ。わがままを聞いてくれるなら、後は、学校を卒業するまで……ここに、いさせてもらえれば……充分だよ。ありがとう……あり、が……アルフ……」


 なにを言ってるんだろう。


 なにが言いたいんだろう。


 頭から出てくることと、胸からこみ上げてくることが、全然違っていた。身体も、震えながらしがみついて、離れられそうになかった。


 アルフレットが微笑ほほえんで、手をほどいてくれた。


 そのまま、アルフレットの胸の中で抱きしめられた。三回目だ。しっかりと支えてくれて、口づけをした。


「お祖母ばあさまに勝ったのは、あなたです。二人の家を、私とあなたの時間を……私の大切なものを、あなたが守ってくれたんですよ。心から、感謝しています」


「そんな……そんなこと、言わないでよ……あたし……」


「言いますよ。自分で言ったことを忘れるような困った人には、何度だって言います」


「え……?」


「私とあなたのことを、あなた一人で、勝手に決めないで下さい」


 もう一度、口づけをした。


 くちびるで存在を確かめるように、心がけ合うように、離れないように、息が続く限りに長く、求めてくれて、こたえてくれて、触れ合った。


 泣き顔も真正面から、間近まぢかで見られた。


 髪も寝ぐせだらけ、服も着っぱなしのよれよれだ。格好つけるもなにも、あったもんじゃない。


「以前、将来的には本人の意向次第、と言いましたが、撤回てっかいします。あなたがお祖母ばあさまに言った通り、私とあなたに関することは、私の意見も聞いてもらう権利があります。私に言わせれば、あなたにはまだまだ、幸せが足りていません」


「これ以上もらったら……あたし、欲張よくばりになっちゃうよ……。他の女の人の幸せなんて、関係ないもの……アルフレットの、邪魔をしちゃうよ……」


「そんな理屈や、正体のない不安なんて放り捨てなさい。私もそうします。たった一つの大切なこと以外は、全部、後からゆっくりつけ足しましょう」


 銀色の髪、青い目、浅黒い肌の色男、背が高く堂々として、物腰も丁寧ていねい気遣きづかいも教養もあって、望んだものを全部自分で手に入れることができたお金持ちの侯爵さま、変なところで子供みたいで、時々憎たらしくて、口が上手うまくて美人の知り合いがたくさんいて、それでも今はあたしだけのアルフレットでいてくれる、あたしの大切な婚約者、なのかな。


 うん。


 大切だよ。


 それが大切なこと、で良いのかな。良いんだよね。


「小さくて、細くて、聡明そうめいなくせに危なっかしくて、強くていとおしい、私の大切な婚約者……ユーディット。大丈夫です。あなたは私が、必ず幸せにします」


 また、口づけをした。


 胸に抱いてくれたのと同じ、三回目だ。


 あれ? 四回目だったかな?


 まあ、いいや。それは大切なことじゃないよ。これから、何回だってするんだから。


 アルフレットが言ってくれたから、ちゃんと言葉にしてくれたから、もう覚悟は決まったよ。二人一緒に、前に出よう。


 ついでに、他の女の人と比べられても気にしない覚悟も決まっちゃったけど、こっちはもう少し胸にしまっておこう。


 やっぱり、それはそれで、他にもそれなりの心の準備があるからね。うん。


 あんまり長くは、かからないと思うけどね。



〜 第一幕 花も嵐も踏み越えるよ! 完 〜

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