18.具体的にはどうしよう

 結局、最初にイルマが寝こけたので、三人で寝台を分け合う羽目はめになった。


 前のことが前のことなので、念のためぼろぼろの部屋着を何枚か、イルマの頭の周りにきつめた。ついでに両手もしばってやった。


 寝返りで落ちないように、ジゼリエルは枕元まくらもとで横向きにする。


 あたしは二人にはさまれて、せまいけど、どうせ眠れないんだから気にしない。とにかく考えなくちゃ。


 気持ちと姿勢はともかく、具体的にはどうしよう。


 やっぱり、立てもるのが常道よね。


 水と食べ物、お手洗いまでの通り道は最低限、確保しないと駄目だ。アルフレットがいつ戻るかわからない以上、長期戦に備える必要がある。


 ばあちゃんが案内されるのは三階の、一番上等な客間だろう。


 お手洗いは一階にお客さん用、家の人間用、使用人の人達用の三箇所あるから、家の人間用とその隣の調度品保管部屋ちょうどひんほかんべや廊下ろうかごと占拠せんきょするのが良いな。


 使ってない椅子いすなんかを使えば、とりあえずの壁になる。窓から抜け出せば、厨房ちゅうぼうもすぐだ。


 お菓子なら一度でかなり運び込めるけど、水は重いな。とにかくびんかなにかで、分けて運ぼう。


 もうすぐ明け方、さすがにみんな眠ってるはずだ。


 戦いの基本は先手必勝、事前準備が成否を分ける。あたしだって、それくらいのことは知ってるぞ。


 いつもの、機械油の落ち切らない普段着に着替えて、ちょっと暗くて怖いけど、廊下に出て足音を忍ばせる。


 お菓子の場所はわかってるから、ここから手をつけよう。


 水は、びんが音を立てるし、朝食の準備が始まってから料理人の誰かに頼んだ方が効率が良い。しかし、はたから見たらただの盗み食いだな、これ。


 調度品保管部屋ちょうどひんほかんべやは、鍵はあるけどかかってない。


 大した物はありませんよ、とアルフレットは笑っていたが、なんせお金持ちの感覚だから信用できない。


 不用心は不用心なんだけれど、使用人の人達を相手に日頃から用心しても良い結果を生まない、という考え方はわかるし、こういう状況になってみればありがたかった。


 椅子いすも大きい物は重いけど、この際、それこそ求めている機能だ。寒いくらいの明け方に汗をかきかき、廊下ろうかの両側に引きずる。


 あちこち傷がついたかも知れないけれど、この戦いに生き残れたら、喜んで怒られよう。


 軽い椅子いすは並べたり重ねたりして、お互いをひもでつないで機能をおぎなう。


 隙間すきまの、わざと不安定な所に、銀食器ぎんしょっきをばらばらに置く。不穏な動きに、少しでも早く気がつけばおんだ。


 ちょうど良いほうきがあったので、やりよろしく振り回して、具合ぐあいを確かめる。やれることは全部やるぞ。


 厨房ちゅうぼうの方で、音がし始めた。ずいぶん早い。まあ、朝食こそはしっかり準備してそうと考えれば、当然か。


 窓から出て、勝手口かってぐちに回る。


 気合きあいのみなぎる料理長と鉢合はちあわせて、どう説明しようか慌てて考えたけれど、ほうきをかついだあたしの格好を見て、いろいろ察してくれたようだ。


 そう言えば昨日の夕食、あたしはほとんど食べてなかったし、大声も筒抜つつぬけだったかも知れない。


 水を入れた大きなびんと、果汁飲料の小さなびんを六本ずつ、軽食の包みを三つ、見習いの人に運ばせてくれた。


 これで補給経路と、隠れた協力者も確保できた。上々だ。


 窓の下まで戻ると、寝巻ねまきのイルマとジゼリエルがいた。


「あんた達、どうしたの?」


「ジゼリエルちゃんが、戦略拠点せんりゃくきょてんにするならここだ、ってー」


防御柵ぼうぎょさく上手じょうずにできてたから、外に回って来たの」


 イルマがあくび混じりに、三人分の毛布を窓から放り込む。ジゼリエルはいつもの木刀をたずさえて、鼻息が荒い。


 なによ、もう。泣かせるじゃないの。


 改めて水や軽食の数を見ると、料理長もわかってたのかな。こんな状況だけど、ちょっとじんとする。


 調度品保管部屋ちょうどひんほかんべやに戻って、果汁飲料を三人で飲む。も昇ってきた。


 さあ、戦いだ。


 廊下ろうかに出て、左右に目をくばる。家の中はまだ薄暗いけど、近くの階段までは見通せる。


 さくに近づいてきたら、ほうき隙間すきまから突いてやる。


 いざとなったら調度品の皿だってつぼだって、なんでも投げてやるぞ。イルマは気も早く、立派なつぼを、重たそうに持っていた。


 いや、待って。落として割ったら、無駄に弁償べんしょうする羽目はめになるよ。それは最後の方の手段だよ。


 調度品保管部屋ちょうどひんほかんべやの窓も合わせて三方向を、三人背中合わせで座って、警戒する。時々交代して、注意力が落ちるのを防ごう。


 二人ともありがとう、心強いよ。


 照れくさいけど、お礼を言おうとした時、階段を降りてくる足音がした。


 昨日と同じ薄紫うすむらさきの服を着た、まっすぐな姿勢が見える。ばあちゃんだ。

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