14.もうちょっとゆっくりしたら

 その後も、朝食をはさんでみんなで騒いで、フリード侯爵一家は昼前に帰って行った。


 執事さんと料理長がぐったりしていたのには悪いけど、すごく楽しかった。今度はアルフレットと二人で、こっちから遊びに行けると良いな。


 力尽ちからつきた感じの昼食をありがたくいただいて、なんとなくまた、中庭に出る。


 ちょっとの間だったけど、お客さんが帰った後っていうのは、楽しければ楽しかった分だけ物悲ものがなしい。


 これも見透みすかされているんだろうな、アルフレットがついて来てくれた。


今朝けさは、恥ずかしいところを見せてしまいましたね」


「ギルベルタが喜んでたんだから、おしってことにしておきなよ」


 木洩こもの下に、並んで座る。


 二人っきりは二人っきりで良いな、うん。切り替えも簡単だな、あたし。


「でも、もう一本って言った時は、けっこう本気でくやしがってたでしょ。変なところで子供みたいなんだから」


 ちょっと意地悪いじわるに笑って見せると、アルフレットが咳払せきばらいをして、あたしのほっぺたを軽くつまんだ。


いひゃい」


「誰のせいだと思ってるんですか、まったく。婚約者が他の男の身体を親しげに触っていたら、すきくらいできますよ」


 あれ?


 冗談めかしているけど、なんかおかしいな。


 いつもの余裕しゃくしゃくなアルフレットからすれば、ほんのちょっとでも、妙にこだわっている感じがする。


 そりゃ、あたし側から嫉妬しっとする材料はいくらでもあるけど、いわく容姿ようしと才能に恵まれて、努力がみのらないことがなくて、望んだものを全部自分で手に入れることができた金持ちの侯爵さまが、こだわるような理由ってなんだろう。


 もてあそばれて少し熱くなったほっぺたをさすりながら、アルフレットの顔をじっと見た。


 あ。わかっちゃった。


 ウルリッヒの方が強いんだ。直接あたしじゃなくって、相手がウルリッヒだから、無視できなかったんだ。


 吹き出すのをこらえるのが、大変だった。


 だって、こんなになんでも持っていて、色男いろおとこで圧倒的にもてるだろうに、けんかになったら向こうが強いってだけで、気にしないでいられないんだ。


 対抗意識と言うか、意地いじと言うか、わんぱく少年か。ギルベルタの台詞せりふじゃないけど、可愛いなあ、もう!


「あなたには、かないませんね」


 にやにやが止まらないんだから、そりゃ伝わるわな。アルフレットが肩をすくめて、芝生しばふに、仰向あおむけに寝転んだ。


 逃がしてやらないぞ。


 追いかけて、さっきのお返しに、ほっぺた同士をぶつけるように抱きついた。


 アルフレットと一緒にいると、なんだかあたし、どんどん小動物みたいになっていくな。今なんて、尻尾しっぽがあったら、すごい勢いで振ってるよ。


「ねえ、アルフレット。どうして普段は、お酒を飲まないの? 一人で飲んでも楽しくないから?」


「それもありますが……まあ、心身をりっするのが武門ぶもんのたしなみですからね。気をゆるめすぎるのもどうかと、思っているだけですよ」


「ウルリッヒと一緒の時は良いの?」


「彼とは長いつき合いですから。今さら、格好をつけるような間柄あいだがらでもありません」


「じゃあ、あたしの前では、まだ格好つけてるんだ」


「もちろんです。最大限に格好をつけて、良いところを見せようとがんばっていますよ」


「どれだけ一緒にいたら、ウルリッヒみたいになれるかな」


 アルフレットが答えにつまる。あたしだって、言われっぱなしじゃないんだからね。


「大人になったら、あたしとも飲んでよ。格好つけてないアルフレットも見てみたい。良いでしょ?」


「あなたには……かないませんね」


 今度こそ観念したように、アルフレットが微笑ほほえんだ。


 そうそう、素直が一番だよ。今日はきっと、女に負けるめぐり合わせなんだよ。


 ほおほおをすり寄せる。くちびるくちびるも触れ合った。


 問題ないよね、婚約者なんだし。


 問題があるとすれば、昨日も今日も勉強してないってことか。


 仕方がない。もうちょっとゆっくりしたら、ちゃんとやろう。


 もうちょっとだけだから。うん、もうちょっとだけだよ。

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