13.いつもより早く目が覚める

 お客さんがまっている日は、なんか特別な感じがして、いつもより早く目が覚める。


 ノンナートンの家でも、それなりの親戚つき合いはあったから、従妹いとこたちと団子のように、もみくちゃになって寝たりもした。


 こんなに大きい屋敷だけど、そういう、わくわくする雰囲気はやっぱりあった。


 窓から中庭を見ると、朝もやの中に、アルフレットとウルリッヒがいた。


 昨日はけっこう遅くまで、二人してお酒を飲んでいたはずなのに、元気なもんだ。


 夜食の時間、いつものように、アルフレットは一人であたしの部屋に来てくれた。


 ウルリッヒを放っておいていいのか、と、口では聞いたけれど、やっぱり嬉しかった。


 つい、甘えたくなって、ひざにのった。首筋の匂いをかぐと、普段とは違ってお酒の匂いがした。


 こればっかりは、本当の大人にならないと、つき合えないからなあ。


 厨房ちゅうぼうの横にお酒のびんが並んだ部屋もあるけど、夕食でも夜でも、飲んでいるのは見たことがなかった。


 お客さんとか、誰かと一緒に飲む用なのかな。でも、昨日の昼食も、アルフレットは飲んでいなかったような気がする。


 アルフレットなりの基準があるんだろうけど、そうなると、なんかウルリッヒがうらやましいな。


 あれ?


 軽く嫉妬してる。今からこんなんじゃ、広い心どころじゃないぞ。困ったな。


 寝巻ねまきに上着をひっかけて、こっそり追いかけて中庭に出ていくと、二人とも藍色あいいろ稽古着けいこぎの上半身をはだけて木刀を構えたところだった。


「危ないですから、少し離れていて下さいね」


 ちらりとも見ずに言う。動物か。わざわざ注意されなくても、肉体派同士のぶっそうな遊びになんて、入り込めないよ。


 背が高くて堂々としてる、とは思っていたけれど、アルフレットの身体つきはそんな印象以上に立派なものだった。


 きゅっと締まった感じの筋肉がきれいで、ちょっと照れる。


 ウルリッヒはと言うと、もう、あたしと同じ生物種せいぶつしゅとは信じられないくらいだ。骨の数とか、形とかから違うんじゃないか。筋肉も岩みたいだ。


 二人の動きは静かで、いつ始まったのかわからなかった。


 あたしは武術の知識なんて、欠片かけらも持ってない。


 ただ、すごいなって思いながら見ていた。速くて、流れるようで、木刀のぶつかり合う音が意外なほど高く響いていた。


 手足の動きはほとんど見えなくて、仕方がないから、二人の顔だけを交互に見た。笑ってるわけじゃないけど、楽しそうだった。


「やってる、やってる。まあ、いい大人がむきになっちゃって、可愛かわいいもんよね」


「おはよう、ギルベルタ。ジゼリエルも」


「……ん」


 おそろいの淡い黄色の寝巻ねまきで、ギルベルタがジゼリエルを抱いていた。

 ジゼリエルはまだ半分と少しくらい寝ていた。


怪我けがとか大丈夫なのかな、あれ」


「そんな下手へたはしないよ。ああ見えて、帝国陸軍でも指折りだからね」


「今時の軍隊は、戦車とか鉄砲ばっかりかと思ってた」


「なんでもやるよ。まあ、あの二人に言わせりゃ、趣味みたいなもんだろうけど」


 ギルベルタの口ぶりに、もしかして、と思ったところで、ちょうど二人が動きを止めた。


 肌に、うっすらと汗を浮かべている。いつの間にか朝もやも晴れて、が昇りかけていた。


「申し訳ありません。起こしてしまいましたか」


「そう思うんなら、つき合いなよ。次、私ね」


 ギルベルタが寝巻ねまきのまま、ウルリッヒの木刀を取り上げる。


 替わりにジゼリエルが、落ちたら死ぬんじゃないかと心配になる高さで、ウルリッヒに抱きかかえられた。


「ちょ、ちょっと、ギルベルタ……」


「お母さまも結婚する前、軍にいたって言ってた」


 ジゼリエルが目をこすりながら、ふん、と鼻息を出す。やっぱりそうか。娘にとっては自慢なんだな、きっと。


 とは言っても、さすがにアルフレットが、あきれた顔をする。


「もう引退された身でしょう。無理はしないで下さいよ」


「その上から目線、誘ってるよね」


 ギルベルタが、ほとんど一足飛いっそくとびに踏み込んだ。


 ギルベルタもすごかった。


 いや、あたしにはすごいとしか言えないけど、ウルリッヒの時とは少し違って、二人とも動きそのものは小さく、きざむように目まぐるしかった。


 木刀がぶつかることもほとんどなしに、本当にぎりぎりで避け合う。人間って、こんなに速く動けるんだな。


「技術だったら負けないのに、女は結局、最後は筋力の差で打ち負けるって、お母さま、くやしそうに言ってた」


「それは仕方ないよ……あんまり見比べたことないけど、男の中でもアルフレットなら、かなり特別でしょ」


「ううん、お父さまに。おじさまだったら、真剣の殺し合いならやりようがあるって」


「負けず嫌いにもほどがあるよ」


 思わず横を見上げる。こんな怪獣との筋力の差を、女は結局、で片づけられたら、たいていの男だって迷惑だろう。


 ジゼリエルがまた、自慢そうに鼻息を吹いて、ウルリッヒの胸板をぺたぺたと叩く。


 あ、ちょっとわかる。これほどの代物しろものだと、もう別の物質として、純粋に触ってみたくなるよ。


「大丈夫。お父さま、怒らないから」


 推定3歳にも見透みすかされた。あたしも他人ひとのことは言えないのか。わかり易いのか。


 まあ、お言葉に甘えて、腹筋のあたりをちょいちょいと触らせてもらう。


 おお、やっぱり固い。なんだこれ、どういう生き物なんだ。調子にのっていると、一際大きく木刀が打ち合う音に、からん、とかわいた音が続いた。


 アルフレットが、木刀を落としていた。


 アルフレットも、打ち込んだギルベルタ本人も、驚いた顔をしていた。あたしもジゼリエルも、ウルリッヒまで、ちょっと驚いた顔をした。


「おおっ? なに、すごいじゃない、私! アルフレートにまともに勝っちゃったよ!」


「……ギルベルタ、もう一本お願いします」


「嫌だよ! もう引退した身だからねー! このまま勝ち逃げよ、やったー! ジゼリエル、どうだ、お母さま強いぞ!」


 喜色満面きしょくまんめんのギルベルタに、ジゼリエルの鼻息もすごいことになっていた。アルフレットも、まあ、苦笑するしかないようだった。

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