12.おおむね楽しいな

 昼食を待つあいだと、急ごしらえとは思えない立派な昼食を食べるあいだは、大人の話を聞いているのも楽しかった。


 ウルリッヒは単に無口で、ほとんど話してなかったけど、アルフレットがくだけた調子でいろいろ話しかけて、ギルベルタがたまに混ぜっ返したりしていた。


 ジゼリエルも年齢にしては至極しごくおとなしいと言うか、むしろ可笑おかしいくらいしっかりしていて、ウルリッヒの隣に座っていると同じ顔の大小が並んで、申し訳ないけどおもしろかった。


 昼食が済むと、ギルベルタが気を使って、あたし達を庭に連れ出してくれた。


 それは良いんだけど、ギルベルタったら、昼食から果実酒をけっこう飲んでいたせいか、そのままの当たる安楽椅子あんらくいすでいびきをかき始めた。


 イルマも豪快に寝ていたけど、別に、訪問先で昼寝するのが貴族の普通ってわけじゃないよな。


 あたしの知り合いが、普通じゃないのばっかりってことか。


 仕方がないので、部屋から本を持って来た。歴史の教読本きょうどくほんだ。


 子供用の本なんて持ってない。歴史は大体、戦争の繰り返しだけど、数学や科学の学術書よりはましだろう。


 小さい頃の記憶を最大限に呼び覚まして、おだやかに脚色きゃくしょくしつつ、読み聞かせる。


 騎士道精神の華やかな昔、お隣のオルレア大陸から主観的悪者王国しゅかんてきわるものおうこくが攻めてきて、長い戦争になったことがある。


 その時、大勢の大人の騎士と一緒にフェルネラントを守ったと言われている、女の子達のお話が好きだった。


 童話では不思議な術を使う魔女になっていたけれど、ジゼリエルがまた、当然のように木刀を抱えていたから、主人公を凛々りりしい女剣士に差し替えた。


 魔法で動く大きな甲冑かっちゅうと、生意気な灰色の猫をお供にして、名前もジゼリエルにする。


 ついでに、相棒の色っぽい魔女に、あたしの名前をあてた。悪者わるものの親玉は、もちろんアルフレットだ。


 ジゼリエルも表情は表情なりに、目をきらきらさせて聞いてくれた。


 盛り上げどころになると、ほっぺたを赤くさせて、木刀を構えた。さすがによたよたと頼りないところが、微笑ほほえましかった。


 いつの間にか、ギルベルタまで良い顔で聞いていた。めでたしめでたし、まで辿たどり着くと、二人そろって拍手してくれた。


「すごいすごい! おもしろかった! 今度は、私とウルリッヒにも出番ちょうだいよ」


「私、がんばって修行する」


「いや、その……恥ずかしいな」


 くるまぎれにしては、上手うまくやれたっぽい。照れくさいけど、嬉しいな。


「アルフレートも言ってたけど、本当に頭が良いんだね。ジゼリエルがこんなになついてるのも珍しいよ」


「そ、それほどでもないよ。ジゼリエルだって、普通におとなしくしてくれてるし」


「いやあ、いつもだったら、そろそろ木刀振り回して追いかけてるね」


 そんな危険人物だったのか。じゃあ寝るなよ。放置するなよ。


「この前、家に誘っておいて、逆に来るのが先になっちゃったけど、これからも行ったり来たりで仲良くしてよ。片手間でいいから、ジゼリエルにいろいろ教えてあげて。ちゃんとお礼もするからさ」


「先生」


「な、なによ、もう。先生だなんて」


 うん。推定3歳のおだてに乗せられるなんて、ちょろいな、あたし。


 女性が学問で身を立てる、となったら当然、貴族相手の家庭教師が花形だ。


 あんまり若いと勤務先で下世話げせわな騒動に巻き込まれたりもするから、まずは街の私塾しじゅくなんかが定番だけど、収入面では苦しいのよね。


 これは願ってもない展開だ。アルフレットとの将来がどうであれ、手に職をつけて自立した女性というのは、理想と自尊心の問題だ。


 まあ、まだまだ遊び相手の範疇はんちゅうだろうけれど、経験は積んでおくに越したことはない。


「そろそろ部屋に戻らないと、身体が冷えますよ。湯浴ゆあみの準備をさせますから、夕食の前に順に済ませて下さいね」


 アルフレットとウルリッヒの男性陣が、なるほど、気心きごころの知れた感じに連れ立って現れた。


 こっちはこっちで、女性陣の同盟関係を目線で確認し合う。いいな、こういうの。


 立ち上がって伸びをする。アルフレットのそばに行こうとしたら、ジゼリエルに、ためらいがちにすそを引っぱられた。


「ん? どうしたの?」


「お礼」


「お礼?」


「お話のお礼に、お父さまから聞いたこと、先生にも教えてあげる」


 可愛いことを言うな。なにかな。


 腰をかがめると、胸に木刀を突きつけられた。


「正面から胸を刺す時は、肋骨が邪魔だから、を横に寝かさないと駄目」


「え……?」


「お腹を刺す時は、けっこう内臓が逃げるから、刺したまま半回転くらいねじると、ちゃんと致命傷になる」


「……」


自決じけつする時は、首の横にをあてて、後ろから前にすべらせるとらく、みたい」


「それは、つまり……あなたを殺してあたしも死ぬ、みたいな?」


「おじさま、もてるから」


 英才教育が行き届いてるな。さすが武門ぶもんの娘。


 ギルベルタが、目だけが笑ってない笑顔をウルリッヒに向ける。ウルリッヒが表情を変えないまま、心のあせを流した。うん、わかり易い。


 アルフレットがウルリッヒをひじ小突こづいて、大笑いした。いや、その立場で笑えるなら、知っていたけど大したもんだよ。


 本気で心配はしていないのか、そうなったら自分の器量不足をなげくだけなのか。


 多分、後者だな。ありがたく選択肢に入れておこう。


 いろいろと、考えることが増えてきちゃったな。ままならないことも多いけど、世の中とか人生とか、おおむね楽しいな。


 これからもがんばるよ。がんばりたいから、がんばるよ。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る