7.ちょっとだけ違う気もするけれど

 よく晴れた休日の朝、食事の席で、アルフレットが嬉しそうに言った。


「ユーディット、今日は街に買い物に行きましょう。車を用意させますので、身支度みじたくだけしておいて下さいね」


「え……嫌だよ」


 すごい顔になっていたんだと思う。アルフレットが笑いをこらえていた。


「あんたと並んで歩きたくないよ。さらし者になるじゃないの、あたし」


 人の幸不幸こうふこうをおもちゃにする性格は、外見には出ない。


 場に合わせた上品な服を着て、優雅に微笑んでいれば、この色男が女の目を引かないわけがない。


 その目はそのまま、隣のせっぽちを不審そうに見て、いろいろな感情を乗せてくる。


 あのな。小娘にだってわかるんだぞ、そういうの。


 この屋敷にいるだけで、かしましい訪問客に見つかることも少なくないのに、自分からえさになりに行くなんて御免ごめんだよ。


「先日の一件で、配慮はいりょの不足を痛感しました。あなたの服は、やはり、あなたの好みに合わせて用意しなければ。一方的な善意の押しつけでは意味がありません」


「あんた今、自分を全否定したよ」


「正確な採寸さいすんも必要です」


「無視か。採寸さいすんなんて、それこそらないよ。出来合できあいに身体の方を合わせるのが普通だし、衣裳部屋に高価そうな服もいっぱいあるし。あの時、用意してもらっただけで充分だよ」


「考えてみれば、二人で外出するのは初めてですね。楽しみです」


 うん。聞いてないな。聞いてても、聞く気がないな。


 これこそ、まさに一方的な善意の押しつけじゃないか。嬉しくないし。


 ちょっとだけ違う気もするけれど、いや、嬉しくないよ、多分。


 ため息が出た。こういう時は、着飾きかざるもんなのかな。悩むな。



***************



 衣裳部屋にられている中で、とにかく一番おとなしい服にした。


 淡い空色の無地で、ふくらんだそで膝上丈ひざうえたけすそに、ひだを寄せた装飾布そうしょくぬのがついている。


 たけが短いから夜会用やかいようとかじゃない、はず。


 こういう服は形や生地で、着る状況に暗黙あんもくの基準があるから、うかつに着られないんだよな。


 アルフレットも注意してこなかったから、まあ大丈夫だろう。


「可愛らしいですよ。自分が用意した服を着てもらえるのは、やっぱり嬉しいですね」


「だ、だから、もう充分だって言ったじゃない」


 顔が熱い。陽射ひざしが強いのかな。帽子ぼうしも持ってくれば良かったかな。


 車を用意させる、と言っていたから運転手つきのかしこまった物かと思ったが、驚いたことにアルフレット本人が運転席に座った。


 しかもほろたたんだ二人乗り、車高も低く、車体の鮮やかな赤が目にまぶしい。


 さらし者って騒ぎじゃないぞ、これ。


 執事さんが座席の扉を開けてくれて、暖かい笑顔を向けてくる。今さら、逃げようがなかった。


 ああ、もう。どうにでもなれ。


 アルフレットが、手慣れた感じで車を走らせる。馬車より、少し速いくらいだ。怖がらないように、加減してくれてるんだろう。


 アルフレットは薄灰色の上下で、黒い縁取ふちどりのえりが、ほどよく締まって見える。青い目が時々こっちを向いて、慌てさせられる。


 だって、反対側を見てると、すれ違う人の物珍ものめずらしそうな顔ばっかりなんだよ。仕方ないじゃない。


 速度と振動に慣れてくると、今度はもう、好奇心が抑えられなくなった。


 車の基本的な構造は本で読んで知っていたが、操作系統をこんな間近まぢかで、しかも実稼動じつかどうさせているところを見られるなんて、初めてだ。


 あちこちながめては、アルフレットがなにかする度に、質問ばかりした。


 アルフレットも、一つ一つ丁寧ていねいに答えてくれた。またそれが、わかり易かった。


 気がついたら、もう街だった。


 服飾店の前に車を停めて、二人で同時に降りる。アルフレットが、少し驚いた顔をした。


「扉の開け閉め、もう覚えたのですか?」


「執事さんがやっているのを見たから。手順をさかのぼれば、仕組みもわかるよ」


「感心しました。学業も優秀ですが、とても聡明そうめいですね」


「甘やかすと調子に乗るぞ」


 服飾店の中は、きれいな生地や見本の服が、たくさん飾られていた。


 採寸さいすんの数字に軽くへこんだりもしたが、やっぱり華やかな服が並んでいるのを見ると、気分がはずむ。


 姿見すがたみのある奥の部屋で、いろいろ試着するのも楽しかった。


 ちょっと悪いかな、と思ったけど、気に入った物を合わせて三着、買ってもらった。


 上下が分かれた形で、色合いや意匠いしょうはおかしくない程度にそろえてある。組み合わせれば、九種類に使い回せるはずだ。


「そんな気のつかい方をしなくても良いのですよ?」


「金持ち以外は、こういうことも楽しみにしてるのよ。ありがと、届くのが待ち遠しいわ」


 仕立て終わるのは、次の休日だ。


 着て見せたら、また喜んでくれるんだろうな。それであたしも嬉しくなるんだから、単純なもんだ。

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