2.勉強がしたいだけなのに

 なんだよ、もう。言わせるのか。


「美人のお客さんが来てるじゃない。二人で出かけて、ご飯食べてお酒飲んで、夜はどっかに泊まるなり、部屋に連れ込むなりしなよ。あたしが知る限り、あんた、そういうの全然ないじゃない」


 あの美人の態度を見れば、あたしが来る前は、それなり以上にはなやかだったことは間違いない。


 武門の人間だから修行は得意なのだろうが、これはさすがに無意味だ。


「浮気とかなんだとか、生意気に騒いだりしないよ。今までと毛色の違うせっぽちを味見したいなら、それこそ御自由にどうぞ。あたしみたいな子供なんて、どうせ、ばあちゃんやあんた達大人の、おもちゃなんだからさ」


 下着姿のまま、向かいの椅子いすにあぐらをかく。構うもんか。


 アルフレットが学術書を置いて、まっすぐに見つめてきた。あたしも見つめ返す。


 正しい発音はアルフレートだけど、あたしはアルフレットと呼んでいた。


 ちゃんと呼ぶのが気恥きはずかしかったからだ。やっぱり、意識してないわけじゃないんだな。


 見つめられて、自分のことが少しわかる。


 くやしいな。こんな子供じゃなかったら、もっと堂々と向き合えるのかな。


「ユーディット……あなたがそこまで言うのであれば、私も、真剣に答えなければいけませんね。いい機会です。私の気持ちを知っておいて下さい」


「う……うん。いや、ええと……はい……」


「あなたがさっしている通り、私は大変女性にもてます。見た目も頭も良くて、お金持ちなので、これはまあ当然ですね」


「……いや、性格はおかしいよ?」


「なので、それはもうたくさんの女性と、時には同時並行的に、器用に愛し合いました。さすがにたまりかねたのでしょう。とうとうお祖母ばあさまに呼び出されて、しかられてしまいました」


「ざまあ見ろ」


「お祖母ばあさまはおっしゃいました。多くの女性を不幸にする男より、たった一人の女性を幸せにする男の方が、くらべものにならない価値がある。もちろん、多くの女性を等しく幸せにできれば、それが最上級ではあるけれど、と」


「ばあちゃんも大概たいがいだな」


「調子に乗るほど自信があるのなら、まず一人の女性を幸せにしてごらんなさい、と、お祖母ばあさまは私に課題を出されました。ちょうど一族のはしっこに、器量も性格も良くない頭でっかちの、幸せに縁遠い小娘がいる……」


「ひどいこと言う」


「私はその課題を受けて立ちました。あなたが幸せを実感し、それを持続する状態を確立できれば、私の勝ちです。あなたにわざわざ言われるまでもありません。私は私の好き勝手で、今まさに、すべての行動に心をついやしているのです。楽しくて仕方がありません」


「ちょっと……! 人の幸不幸こうふこうを、博打ばくちみたいにしないでよ!」


 なんだこれ。おもちゃとは思っていたけど、これはさすがにひどすぎないか。


「もちろん、あなたの幸せを、結婚だけに限定したりもしません。夢であれこころざしであれ、道を外れさえしなければ、私が全力で支援します。安心して、幸せの形を追求して下さい」


「他人にそこまで言われて安心してたら、命がいくつあっても足りないよ! そんなの、あんたになんの得があるのさ?」


「自己実現です」


「その年齢としでこだわるの遅いよっ?」


「人生には、いつでも新鮮な挑戦があるものです。先ほどのあなたの言葉を返しますが、私のことなど気にする必要はありませんよ」


「気にするよ! もっとわかりやすい好き勝手してよ! 結婚に限定しないなら、女遊びだってし放題でしょ! むしろやってよ!」


「多感な成長時期に、身近な人間が同時並行的な異性関係を持つことは、女性の幸せにはつながらないと考えています」


「同時並行は相手の幸せにだってつながってないよ! 知っててやってたんなら性質たちが悪いよ!」


「おっしゃる通りです。反省も込めて、あなたを幸せにした後は、次の段階で最上級を目ざします。たとえ結婚した後でも、多分、私はもてますよ」


「今それ言うっ?」


 なんなんだこれ。あたしにどうしろってこと、これ。


 手を握られた。けっこう固い。ごつい。


 普段から、剣だの銃だの振り回しているんだろうし、そりゃそうか。こういうところは、少し印象と違うんだな。


 いや、なに考えてるんだ、あたしは。


「大丈夫です。あなたは私が、必ず幸せにします」


 わけがわからない。顔が近い。近いって。


 せっかく洗ったのに、また汗が吹き出てきた。


 そう言えば下着のままだった。寒くないけど。暑くて目が回るくらいだけど。


 なんだよ、もう。どうせ、おもちゃだよ。


 あたしはただ、勉強がしたいだけなのに。世の中、ほんと、ままならないよ。

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