第9話 もう一度だけ

あれからひと月が経った。 


私は蓮くんの家に行くことを決意した。

関係を続けるためじゃない。

もう一度だけ会って自分の本当の気持ちを伝えよう。

そして、それで終わりにしよう。

そう思っていた。


翌週の日曜日、私は以前もらった住所を頼りに蓮くんの家の前まで来ていた。

胸の鼓動が激しく高鳴る。


「どうしよう。やっぱり帰ろうかな。これってもしかしてストーカーかな?」

目の前で急に怖気づいた。

インターホンに伸ばした指ボタンの前で止まる。


やっぱりダメだ。

その時、背後から女の子の声がした。


「あの、何か御用ですか?」

心臓が止まりそうになりながら振り返る。


すると、私と同じか少し年上の感じの女の子が不思議そうな顔をして立っていた。

蓮くんの家族の人かな? どうしよう?


「すいません。家を間違えたみたいです」

私はそう言ってその場を去ろうとした。


「ちょっと待って。あなた、もしかして優菜ちゃん?」

「え?」

「綾瀬…綾瀬優菜ちゃんでしょ?」

なぜ私を知ってるのか、思わず固まった。


「はい、そうですけど、どうして私を?」

「うわあ、やっぱりそうだ。私、蓮の姉でゆいっていいます」

「蓮くんのお姉さん???」


「もしかして蓮に会いに来てくれたの?」

「いえ、そんな会いにだなんて…」


どんな顔をすればいいのか分からず困惑しながら俯いた。

私はそのまま家の中に招き入れられた。


「優菜ちゃん、紅茶でいいかな?」

「はい、何でも、水でも、お湯でも…」

「お客さんに水やお湯はないでしょ。ラーメン屋じゃあるまいし」


お姉さんはそう言いながらクスッと笑った。

無茶苦茶恥ずかしかった。


「優菜ちゃんは石高なんだって?」

「はい」

どうしてそんなこと知ってるの?


「私も石高だったんだよ。二年の途中でここに来たから転校になっちゃったけど」

「そうだったんですか」

「テニス部だったんだよ」

「え? あ、あの、私もテニス部です!」

思わず感激して持っていた紅茶を溢しそうになる。


「知ってるよ」

お姉さんは当然のような顔をしてニコリと笑った。

「え?」

どうしてそれも知ってるの?

「顧問のメデカ、元気してる?」

「はい、メデカ…、日高先生はいつも元気です。私は怒られてばっかですけど」


メデカとはテニス部の顧問の先生のことだ。

目が少女漫画のように大きく、日高という名前なのだがメデカと呼ばれていた。


「あの顧問、可愛い顔してるけど性格キツいんだよね」

私たちは顔を見合わせながら笑った。


「あの、どうして私のこと…」

「優菜ちゃんのことは蓮から嫌と言うほど聞いてるからね」

「柊木くんから?」


「あ、そうだ、ごめんね。蓮は今日、出掛けてていないんだ」

「いいえ、いいんです。勝手に来ただけですから。最後に一度だけ会いたいと思って」

「最後って…どういう意味?」

「私、実はもう柊木くんにはフラれてるんです。でも、もう一度だけどうしても会いたくて…。すいません」


「フラれた? 蓮が優菜ちゃんをフッたの?」

「はっきり言われたわけじゃないですけど、分かります。会いたいって言っても、一度も会ってくれないし、でも柊木くんにはいっぱい元気づけてもらったから、最後に会ってお礼だけ言いたくて、でも迷惑かなとか思っちゃって、どうしようかなって」


気がつくと目に涙が溢れていた。

馬鹿だ私、何泣いてるんだろう。言ってることが支離滅裂だし。

猛烈に恥ずかしくなり、居たたまれなくなった。


「すいません。私、帰ります」

そう言って私が立ち上がった時、

「待って!」

「はい?」

「優菜ちゃん。これから少し時間あるかな?」


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