第4話

 ホープと別れ、村長の家を訪ねたところ、そこにリコも村長の姿もなく、いたのはヤトだけだった。呼び鈴を鳴らすと、扉を開けて出てきたのがヤトで、ぼくは何よりもまず、しまったなぁ、と思ってしまった。普段からあまり会いたくない相手ではあったけれど、成人の儀を控えたいまの時期は特に顔を合わせたくなかった。ただ、そういう時に限って話す機会というのは自然と生まれてしまう。


「なんだよ、お前が来るところじゃねぇぞ」


 粗野な口調は父親の村長譲りで誰に対してもこんな言葉遣いだったけれど、ぼくを相手にする時だけはそこに小馬鹿にしたような色が混じる。


「悪い。そんなつもりじゃ」


 別にこっちだってお前には会いたくなかった、とヤトに言い返したかったが、彼の見下したような視線を受けると、いつも尻込みしてしまう。


「じゃあ、なんだって言うんだよ。ははぁ、どうせあれだろ、成人の儀に参加させて欲しいって頼みに来たんだろ。昨日の夜もホープが親父に頼んでたけど、突っぱねてたんだぜ。ホープで駄目なもんが、お前で許されるわけがないだろ。成人の儀の夜は、ベッドでひとりで寝てな」


「今日は、リコは」


「無視かよ。いねぇよ、親父と一緒に儀式の準備に行ってる」


 思ったような反応が返ってこなかったことに白けたのか、ヤトはそれだけ言って、家の中に戻ってしまった。


 ヤトが見えなくなって、ぼくはようやく溜め息をつく。まったく、面倒くさい。


 ぼくたち家族はリエン村の人間ではなく、ぼくの出自は隣国にある城下町で、その城も町もひとが住めるような形ではもう残っていない。そこは先の大戦に敗れ、両親はまだ幼かったぼくを抱き、命からがら逃げ延び、この村に住み着くようになったのだ。リエンに落ち着いた理由は、ホープと両親が古い知り合いで、ホープから村長や村の長老連中への口添えがあった、と聞いている。


 リエンの村に限らず、田舎の寒村は大抵、よそ者への当たりが強いものらしい、と以前に、気にするな、という意を含めた口調でホープが言っていたけれど、もちろんそれだけではないことも、この齢になれば自然と分かってくる。敗戦国の逃亡者を匿っている、という意識が村人の中で共有されているのだろう。だから村人の、特に村内で権力を持つ者たちの排他的な感情が強いのだ。


 両親の話を盗み聞きしたところだと、この村はまだ良い方で、場所によってはひどい差別を受けたうえに、私刑にあって撲殺された、という例もあるらしい。両親が仕事の合間に差別撤廃の運動に参加していることは、直接聞いたわけではないが、なんとなく知っていた。


 国が戦争に敗れた時、ぼくはまだ三つで、その時の記憶はほとんどない。ぼくにとっての故郷はこのリエン以外、考えられないし、紛れもなくこの村の人間だ、と思っている。言葉として聞けば、村人の中にある排他的な感情もすこしは理解できるが、だからと言って納得ができるようなものではない。彼らの視線は理不尽だし、とうてい受け入れられるものではなかった。


 この状況を打破するために、待ち望んでいたのが成人の儀だった。


「おっ、ハルト。リコには会えたか?」


 と、そこまで考えたところで、ぼくは背後から声を掛けられた。


 ホープだった。


「会えなかった。成人の儀の準備中だ、って……ヤトが」


「あぁ、ヤトに会ったから、そんなに暗い顔をしていたのか……」


「なんとか成人の儀に参加する方法はないかな」


「……説得はしてるんだがな」


 村長は村の長老たちと同様か、それ以上に尊ばれる役職がこの村にはあり、それは村で一番勇敢な者が務めることになっている。成人の儀ではその役職を引き継ぐ後継者候補を探す一環として、儀式の参加者の勇敢さを見る試練が課せられ、ぼくは立場を変えるきっかけとして強く意識してないつもりではいながらも、その成人の儀をどこかで心待ちにしていたのだ、と思う。だからその土俵にも上がれなかったことへの落胆は思いのほか、強かった。


 リエンの村の背に屹立する山の頂には、〈永遠のともしび〉とともに火の精が住んでいて、その精霊の威光のもとに村で生活する村人たちの中で、もっとも勇敢なものが数日に一度、ご機嫌伺いのために酒などを振る舞いに向かう。なぜ勇敢でなければならないのか、というと、怒りを買えばその瞬間には、その人間は灰と化すからだ。会うだけで一定の勇気が必要とされる相手だった。


 死を恐れるな、という価値観を持ちながらも、結局みな死を恐れているのだ。


 命の危険とつねに隣り合わせだからこそ、その代わりに村での立場は大きく変わってくる。


 いまその役職である〈護り手〉を務めているのが、ホープだった。


 彼も、この村の人間ではなく、リエンに落ち着くまでは各地を放浪する旅人をしていたのだそうだ。


 ホープもぼくの想いに気付いているから、説得を試みてくれているのだ、とは思うけれど、いくら〈護り手〉のホープとは言っても、ぼく自身の出自の問題もあり、やはり簡単にはいかないのだろう。


「何か方法はないのかな……。やっぱり、こんなの……」


 相手がホープじゃなかったら、こんな弱音は聞かせなかっただろう。


「方法か……。なぁ一応の確認なんだが、ハルトは〈護り手〉になりたいから、成人の儀に参加したいんだよな」


「うん……」


「方法がないわけじゃない。これも危険な話ではあるんだけど……」

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