第19話 考え方

 扉をノックする音がして、ウィルは驚いた。

 先ほど、スペードが夜食を持ってきてくれたのだ。

 もう今日はスペードも来ないだろうと、寝るまでの間何をしようか考えていたところだった。

 扉が開いて、2人の人物が入ってきた。


 ウィルは思った。

 2人は子供とその子供に仕える使用人、なのではないかと。

 子供の方は銀色の髪で、肩から被るマントのようなものを着ている。

 もう1人は黒髪で黒を基調とした服に、白いフリルがついているように見える。

 2人が近づいてくる。

 表情がはっきりと分かる距離まで近づいて、2人が何か言ったようだ。

 その瞬間、ウィルには何かにつながったような感覚があった。

 子供の方が話しかけてくる。


「はじめまして、私はリリっていいます。あそこにいるのはファースト、よろしくね」


 ウィルは声が頭の中に響いているように感じて、これはグルークとその仲間が最期の冒険で会話した方法と同じものなのではないか、と思った。

 ウィルはリリの方を見てうなずいた。

 リリは続けて聞いた。


「それで、あなたのことはなんて呼べばいい?」


 ウィルは同じものであれば伝わるはずだと、とりあえず話してみることにした。


「僕のことはウィルって呼んでくれればいいよ」

「分かった、ウィルさんでいい?」

「さんづけはあんまりされたことがないから、そのままウィルでいいよ」

「じゃあ、ウィルって呼ばせてもらうね。今日、ウィルに会いに来たのは、外のことを教えてもらいたかったからなんだけどいいかな」


 リリは色々聞きたいことがあるので、協力してくれたらいいと思って続けて言う。


「もちろん、お礼にウィル達が外に帰るときに何か装備とかアイテムとか渡すよ。それか、今何かやりたいことがあるなら出来る範囲でどうにかするよ」


 ウィルは、ここの主人が自分たちを外に返す気があることに驚いた。


「あなた達は僕達を外に返すつもりがあるの?」


 リリは不思議そうに言う。


「よっぽどのことがなければ帰れるよ」

「よっぽどのことって?」

「ここの皆をわざと傷つけるようなことをしなければ、帰れるよ」


 ウィルは、首を横に振った。


「そんなことはしないよ」

「なら、帰れるね」


 リリは首を縦に振っている。


「それで、何か希望はあるかな?」


 ウィルは考えて言った。


「研究が終わったら、僕の仲間達に会わせてほしい。皆と話がしたいんだ」

「話すくらいなら会うのは無理でも、今できるね」


 ウィルは、え、という表情をして固まっている。


 リリは空中から銀色の魔道具を取り出すと、ウィルの入っている水槽の上部に取り付けた。

 そしてファーストに全員の水槽にこれ付けにいこう、と言って動こうとする。

 するとファーストが私が全てやってまいりますと、リリの手から魔道具をかすめ取った。

 ファーストはそのまましずしずと2本の長い髪を揺らして、部屋を出ていく。


 リリはファーストの、手際の良さにびっくりしている。

 ウィルはファーストの動きが、見えなかったことに驚いている。

 顔を見合わせて2人して驚いていたので、つい笑ってしまった。


 リリがファーストが戻って来るまでどうしようか、と考えているところにウィルが話しかける。


「ねぇ、こんなことをして君は叱られたりしないの? それにどうして、外のことが知りたいなんて思ったのかな?」


 リリは少し困った。

 正直に今ここで、自分がここのトップだと言っても信じてもらうのは難しそうな気がする。

 それに異世界からやってきたんですという話をするのも、自分達を守るという意味ではあまりよくないだろう。

 ならと思い、リリは答えた。


「スペードの言っていたように、ウィル達にここから出てもらって自由にしてもらうってことはできないよ。でも、それ以外は特に何にも決まってないから大丈夫」


 それから、外について知りたいのはと言って続ける。


「外ってどんな所なのか純粋に興味があるからだよ。ここの皆も外には出てるけど、常識が違えば、見え方も変わってくると思うんだよね」


 ウィルは、リリが特に処罰されることがないことに安心した。

 そして、外について知りたい理由に納得した。

 それからもう1つ、スペードを呼び捨てにしていることも気になる。

 自分のような立場の者に敬称をつけようとする彼女が、どうしてスペードにさんをつけて呼ばないのか。

 リリのこの場所での立場がどのあたりになるのかが、気になった。


 ウィルがリリに外について教えることを約束してから、リリがウィルに水に味はあるのと聞いて特に味はないねといった雑談をしていると、ファーストが戻ってくる。


「リリ様、全ての部屋に同じようにつけてまいりました」

「ありがとう、ファースト」


 リリがまた違う魔道具を取り出すと、それをいじっている。

 リリの前に半透明のウィンドウが現れる。

 そして、ウィンドウを何回か押すと、ウィルとその仲間たちの目の前に、リリの前に現れたのと同じウィンドウが現れた。

 ウィンドウには、空を走る光のメンバーとリリが映っている。

 リリ以外の全員が急に目の前に出てきたウィンドウに、驚いているようだ。

 リリはウィンドウに向かって声をかける。


「初めまして、空を走る光の皆さん。聞こえてますかー、聞こえてたら何か言ってね。私の名前はリリです。よろしくね」


 全員ウィンドウから声が聞こえたようだ。


 おい、これどうなってんだ! 何よ、これ! といった声、ウィンドウに手を伸ばしている様子などが見える。

 ウィルは同じ部屋にいる、リリの方を見ている。

 リリはこれで話せるねと思いながら、水槽に向けて手を振っている。


「ウィル、これに向かって話せばみんなと話せるよ。やってみて」


 ウィルはウィンドウをみて、話し始める。


「皆、元気そうでよかった。森で皆を斬りそうになった時はもうダメかと思ったけど、皆無事でよかったよ」


 そう言ってから、ルティナの映っている画面を見て話しだす。


「ルティナ、君にちゃんと言っておきたかったんだ。僕が今こうなってるのは、君のせいじゃないよ。あの時、ああなったのは絶対に僕達のせいなんかじゃない。それにもし僕達のせいだったとしても、僕のせいだよ」


 ルティナは、今にも泣きだしそうな顔をしている。

 ウィルの仲間たち全員が、ウィルを心配そうに見ている。


 リリとファーストは今の話を聞いて、おかしな所があることに気がついた。

 ファーストがウィンドウから見えるように、リリの横に立つ。


「ねえ、ウィル。ちょっと聞いてもいい?」


 ウィルと仲間たちが、リリの方に注目する。


「スペードがあなたに、仲間のことを斬ろうとしてたのは自分の意思かって聞いたでしょ。その時は自分の意思だって言ってたけど今の言い方だとまるで、誰かの意思で、やらされてたみたいだよ」



 リリの言葉を聞いて空を走る光のメンバー全員が、ウィルが誰かに支配されているように話せたことに驚いている。

 リリは彼らの支配の強制度はそこまで下がってないこと、と今の様子を合わせて考える。


「もしかして、支配ってかけた人の思い通りに動かすわけじゃなくて、かけられた人がどう思うかで効果が変わってくるんじゃない?」


 リリは水槽の中のウィルを見る。

 ウィルとリリの目が合った。

 リリはそのまま話し出す。


「ねえ、ウィル。私たちはあなた達が支配でなんて命令されてるか、誰にも言わないように命令されてると思ってる。でも今の様子を見てるとたぶんなんて言葉で命令されたか直接言わなければ、自由に話せるんじゃないかな」

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