第17話 研究
ウィルは目を覚ました。
知らない天井が、歪んで見える。
何かが流れる音がする。
ここはどこだろうとウィルは思った。
腕を動かしてみる。
腕を動かすだけで、なぜか抵抗がある。
さらにある程度、腕を動かすとそれ以上動かせなくなるのだ。
疑問に思い、ウィルは腕を見てみる。
腕には金属でできていると思われる、筒状の物が付いており、それには頑丈そうな鎖が着いていた。
がばっと、勢いよく起き上がる。
それだけでも、いつも以上に抵抗があった。
起き上がったウィルは、自分がどんな状況にいるのか、深呼吸をしてから慎重に確認した。
丸太でできた壁に、床は木製で知らない模様のついた絨毯が敷いてある。
家具がいくつか置いてあり、ないのは寝具だろう。
寝具の代わりに、水槽が置いてある。
水槽の下では、魔法陣の様なものが光っていた。
ウィルは今、カプセルのような形をした、水槽に入っている。
ウィルの頭側の水槽は天井に突き刺さるように伸び、逆に足側の水槽は床に突き刺さるように伸びている。
水の中で息ができていることに驚きながらも、ここから出る方法について考える。
水槽に、手を伸ばしてみる。
水槽に手が届く前に、手がそれ以上動かなくなってしまった。
それなら足でと足の方を見てみると、脚にも腕と同じようなものが付いている。
こちらの動かせる範囲も、同じのようだ。
ならと、ウィルは手を前に、突き出す。
「貫け、〈
何かが抜けるような感覚とともに、背中が熱くなり、何も起きることはなかった。
背中を確認したいと思い服を見てみると、何かの模様の入ったガウンのようなものに変わっていた。
現状ではできることがないと判断したウィルは、こうなる前の最後の記憶について思い出すことにした。
ウィルの記憶では、仲間たちと森に入ってしばらくすると、勝手に体が動いて、自分は仲間たちを斬り殺そうとした。
だがその瞬間、いきなり現れた金髪の貴族のような男が、ものすごい力でウィルの動きを止めたのだ。
そのあと、急に体が痺れて力が入らなくなって、倒れてそれで……そのあとの記憶がない。
確かあの男は、ピーちゃんと言っていた。
それは確か、そう、数日前にギルドに加入したという、新人の名前だ。
なら、あの男はアルバートという新人の1人なのだろう。
だが、彼らに捕まって、どうしてこのような状況になっているのか。
ギルドの判断ではないだろう。
あの状況を見たのだから、鎖で繋ぐのは暴れないようにするという点ではおかしくない。
でも、こんな水槽に入れるようなことはしないだろう。
それに、常に周りに人がいるようにするはずだ。
Sランクパーティの扱いとしては、望む望まざるに関わらず、それが普通だ。
どこかの犯罪組織に、属している?
それもないだろう。
自分達はそういった組織からは、目の敵にされている。
犯罪組織に捕まっていたなら、扱いはもっと悲惨だ。
鎖ではなく、手に杭でも打ち込まれていてもまるで不思議ではないのだ。
なら一体……。
と考えているところで、ドアの開く音がする。
ウィルの体が驚きで少し揺れた。
ドアからは、3段に分かれた銀色のワゴンが入ってきている。
1段目は銀色のドーム状のものに覆われた何か、2段目は何も書かれていない紙の束、3段目は色々な魔道具が入っている。
それを押しているのは、たぶん男性だろうという見た目の持ち主だった。
背が高く、全身がフード付きの床と同じ模様が入ったローブで隠されており、顔には仮面をつけている。
滑っているかのように移動している。
その人物は水槽の近くまでワゴンを押してくると、ワゴンを一旦置く。
そして3段目から取り出した魔道具を使ったようだ。
水が足元から、抜けていく。
水が抜けると同時に、服や髪も乾いていった。
水が抜けた水槽に、いつのまにか取っ手と切れ目ができている。
フードを被った人物は取っ手を手に持ち、それを引っ張った。
ウィルとその人物との間に何も障害がなくなる。
その人物はワゴンと椅子を話せる距離に近づけて、椅子に座ったところで話し始めた。
「私は、お前の世話役を主人より仰せつかった、スペードというものだ。お前はウィルで間違いはないか?」
ウィルは、一体何をされるのかと恐々とした気持ちだったが、普通に話しかけられて拍子抜けした。
そして、この生きている気配のない存在に名乗るべきか迷った。
だが、町ではよく知られていることだ、この確認に意味はないのだろうと思い頷いた。
スペードは淡々と話す。
「そうか。次にお前たちの現在の
ウィルは、自分達に支配の魔法がかかっているとスペードが知っていることに驚いた。
スペードは聞く。
「それで、研究にお前達が自ら協力をし、完了した暁には、支配から解放することも可能だがどうする?」
と、スペードが言ったその瞬間、ウィルの口は、ウィルの意思とは関係なく、勝手に動きだしていた。
「絶対に治さないで! 治さないでくれるなら研究でもなんでも協力するよ。だから絶対に治さないで!」
見た目も表情も声色も、全力で拒否していることを示している。
それを見てスペードはつづける。
「そうか分かった、なら治さないことにしよう」
ほっと、息をはくウィル。
スペードが聞く。
「それで、何か質問があれば答えるが?」
ウィルは少し考えて、質問をした。
「あなた達はいったい何者で、ここがどこなのかを教えてほしい」
スペードは、返答した。
「我々は、主人の意思によって動く存在だ。もし主人が、自由に動いて欲しいと思うなら、我々は自由に動くだろう。だが、特に動くことに関心がなければ、我々は1歩も動かないだろう」
ウィルは、よく分からないという顔をしている。
それを見て、スペードは言い直す 。
「分かりやすく言えば、我々は主人に忠誠を誓っている」
これはウィルに問題なく、伝わったようだ。
「そしてこの場所だが、ここは我々の主人が我々と共に過ごすために、作ってくださった場所だ。簡単にいうならば、ここは我々の家だ」
ウィルは思う。
なるほど、今の話を信じるなら、自分達は研究対象として彼らの主人に興味を持たれ、連れ去られてしまったのだと。
と同時に、あの町やその周辺に、こんな建物があっただろうかと疑問に思う。
考え込んでいる様子のウィルに、スペードが聞く。
「それで、こちらからも聞きたいのだが。お前達に支配をかけた方法や、支配をかけた者について知っていることを話してくれ」
ウィルは、素早く答えた。
「誰にかけられたのかも、方法も分からない。どうやったのか僕も知りたいんだ」
ウィルの表情は、戸惑いを隠せないと言った様子だ。
スペードは平坦な声色で聞く。
「そうか、ではもう1つ聞きたい。森で仲間達を斬ろうとしていたようだが、あれは自分の意思でやったのか?」
これも、ためらいなく答える。
「僕が自分で決めてやったことだよ。みんなをあそこで殺そうって、僕が決めたんだ」
特に、何も思っていない様子で、当たり前のように答えた。
スペードは頷いた。
「成程、分かった。今回聞きたいのはこれだけだ」
その後、スペードはワゴンの一番上の段のトレーを取り出し、銀色のドーム状の覆いを持ち上げた。
中身は食べ物のようだ。
あたりに、いい匂いが広がる。
ウィルはその匂いを嗅いだ瞬間、自分が空腹だということを思い出した。
スペードは昼食だ、と言ってトレーをウィルの方に動かす。
少しためらいつつも、ウィルはトレーを受け取る。
トレーにはフォークやナイフ、スプーンが形式に則って置いてある。
それを見てウィルは、スペードの方を困った様に見る。
「僕はここでのマナーとかは知らないよ」
スペードは食事方法は、特に指示されていなかったと思い伝える。
「特にマナーやカトラリーの使い方について、我々の方から強制するつもりはない。好きなように食べていい」
ウィルは特に決まりがないのであればと。
何か入っていることに警戒はしたが、自分達を研究対象として扱うという言葉を信じるのであれば、ここで殺すのもおかしい。
それに――、と聖なる木に安全を願って意を決して食べた。
食べた瞬間、毒を警戒していたことを忘れるほどの美味しさに、ウィルは驚愕した。
何故こんな物を、研究対象といっていた自分に出すのかが、よく分からなかった。
しかし、体はまるで操られたかのように、食べ進めている。
半分ほど食べたあたりで聞かれる。
「あと何食必要だ?」
あの町に合わせて量は増やして作ったが、もしかすると足りないだろうという配慮だ。
ウィルは少し考えてから言った。
「あと3食ほど」
スペードには主人の言葉が聞こえた気がした。
肉体労働職であの見た目、育ち盛りってそんなに食べるんだね。驚きだよ。
「分かった」
スペードは言った後、魔道具で館内の調理室に連絡している。
少し経つと、ドアをノックする音が聞こえてきて、味付けや中身が少し違う食事が運ばれてくる。
それらを食べている間に、スペードが研究の一環として、魔道具を使い自分に何かしている様だった。
だが、ウィルは特に気にしなかった。
害意や殺意といった感情を、一切スペードから感じなかったからだ。
ちょっとした仕草や気配から、そういった感情を見分けるのが得意になってしまった。
もしスペードが自分よりも強かったとしても、感情はどうしようもないだろうとウィルは思っている。
ウィルの様子を見ながらスペードは説明する。
「今後、ここでの食事は基本的に3回――」
と言ったところでスペードは思った。
この調子なら、間に何回か軽食を挟むことになるのではと。
最短で彼らの支配を解くことが重要とされる中では、データをとる回数が多いほど効率が上げられるはずだ。
つまり今するべきことは――
スペードはワゴンの3段目から、ベルのようなものを取り出す。
「これを渡しておく。我々は、支配されているお前達を自由に動けるようにするつもりはない。だが、それ以外は特に制限する気もない。何かあればそれを大きく揺らせ、こちらから用件を聞こう。腹が減ったという用事でも構わない」
ウィルはそれを受け取った。
試しに揺らしてみる。
きれいな鐘の音が聞こえるが、それ以外は特に変化はないようだ。
これで本当に伝わるのか、ウィルには分からなかった。
だが、ここでは自分の常識では測れない何かが、存在しているように思える。
ウィルはそれを自分が乗っている台の上に、置いた。
「では、私はこれで戻ることとする。何か聞いておきたいことはあるか?」
ウィルは少し考えて聞く。
「僕はどうして、水槽の中に入れられているのかな?」
スペードは何と言うべきか迷った。
流れる水や解放のポーションなどが混ざった液体に浸けていると言えば、支配が治ることを予想されるため言えないからだ。
なのでぼかすようにして伝えた。
「支配を受けている者の研究をする際には、支配を受けている者をこの水に浸けて行うことで上手くいくと伝わっている。よって、ここで支配の研究を行う際はこの形が基本だ」
ウィルには普通の水と、自分が目覚めた時に浸かっていた水の違いがよく分からなかった。
また水を入れられて自分の身に何かが起きていたとしても、把握することはできないだろうと思う。
だが、今の状態のままここから出て仲間たちに会って殺してしまうよりは、ここで大人しくしていた方がいい。
ウィルはそう決めた。
スペードはウィルを見て、今のところ何も聞きたいことはなさそうだと判断した。
水槽の蓋を閉める。
魔道具を取り出し、使う。
何種類もの液体の混じった水が流れ込んでくる。
水槽が水で満たされたのを確認してスペードは、ワゴンを2台押して部屋を出ていった。
ウィルはスペードが出ていったのを見てから、考える。
スペードには特に自分を害そうという雰囲気はなかった。
何かを隠している可能性はあるが、この様子だと仲間たちにも危害が及んでいるとは思えなかった。
言っていること自体は信じても、問題ないように思う。
次に考えたことは仲間たちも、きっと自分と同じような状態になっているんだろうということだ。
ダグはいろんな経験をしてきてるから、きっと平気だ。
ナリダは負けず嫌いだから、出ようと躍起になってないか心配だけど大丈夫。
グローは自分より、人物や周りの様子の観察が得意だから問題ないだろう。
ルティナはと思い、ウィルは不安そうな表情になる。
ルティナは、こんなことになったのは自分のせいだと思ってないか心配だ。
ウィルは胸に手を当てる。
どうにかしてスペードに研究が終わったら治してほしい、と伝えなければならないとウィルは決意した。
それで直接ルティナに、ルティナのせいじゃないと伝えたい。
ウィルは、スペード達の研究ができるだけ早く終わるように、協力しようと思った。
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