第9話 宿屋

 宿に向かう途中、気になったのでアルバートに聞いてみた。


「ねえ、アルバート。ピーちゃんに丁寧に話しかけるなら、他の人にも丁寧にした方がピーちゃんに丁寧に話しかけても、違和感は減るんじゃないかな」


 過激派認定されるとさらに目立つ、という気持ちをオブラートに包んで聞いてみた。

 アルバートとサラが答える。


「ピー様がそうおっしゃるなら、丁寧な対応を心がけます。ですが目立つのは、多少は仕方がない事かと思います」

「そうですね、お兄様の言う通り、少し目立ってしまうのは、どうしようもない事です。申し訳ありません」


 過激派認定されたいということだね、分かったよ。


「ほどほどにね」

「ありがとうございます」「頑張りますね」


 サラは頑張っちゃうんだねとピーちゃんは思った。


 宿屋、幻獣の止まり木に着く。

 鳥が木の棒にのっている看板が目印の、木製の大きな宿屋だ。

 幻獣の止まり木の中は、テーブルや壁に止まり木となる木の棒がついていたり、爪とぎ用の丸太が置いてあったりした。

 その奥のカウンターでは、豪快そうな見た目の店主が座って帳簿をつけていた。3人が入ってきたのに気がつくと、見た目通りの声で話しかけてきた。


「よう、お2人さん。あんたらが噂の新人冒険者か?」

「すみませんが、3人と言ってください」


 アルバートは素早く言い返した。


「いや、すまなかった。ここはあんたらみたいのが多いから、そういうやつしか泊められないんだ。試すようなまねをして、申し訳ない」


 深々と頭を下げる店主。

 アルバートはいえ、きちんとした宿でよかったです、頭を上げてくださいと言い、サラは、ここなら、安心して泊まれそうですねと微笑んでいる。

 ピーちゃんはすでに過激派認定されていたかぁ、と納得した。


 顔を上げた店主が、ピーちゃんの方を見て聞いてくる。


「それで、俺の名前はグラッド。3人の名前はなんていうんだ」

「ピーちゃんだよ。ピーちゃんって呼んでね。2人はアルバートとサラ、よろしくね」

「おお、よろしくなピーちゃん」


 ピーちゃんは厳つい見た目から、ピーちゃんという単語が出てくることが少し面白いなと思ったので、そのまま呼んでほしいという意味を込めてわざと大げさに喜んでみる。


「わーい、ピーちゃんって呼んでくれてありがとう」


 カウンターに飛び移る、ピーちゃん。見ていてとても嬉しそうだ、ということが伝わってくる。

 動揺するアルバートとサラ。流れ弾が当たってしまったようだ。


「「……ピー様?」」

「何?」


 ピーちゃんは2人の方を振り返って聞くが、アルバートとサラは何を言ったらいいか分からないようだ。

 2人がピー様と呼んでいるのを聞いて、店主が口をはさむ。


「なんで、ピーちゃんて呼んでやらないんだ?」


 それは……と目を泳がせている。


「呼んでほしいって言ってるんだから、これからはピーちゃんって呼んでやったらどうだ?」


 2人は、完全に固まってしまった。


(これは呼んで欲しいって前に言った、って言ったらとどめになるな、やめよう)


「グラッドさん、呼び方は部屋に行ってから2人と話し合います。ピーちゃんが一緒に入れて、今空いてる一番安い2人部屋をとりあえず、7泊でお願いします」


「おお、ピーちゃんはしっかりしてるな、部屋だけなら金貨2枚、朝と夕方の食事付きなら金貨2枚と銀貨16枚だ」

「食事つきの方でお願いします」


 アルバートを、羽でつついて再起動させる。

 話は聞こえていたらしいアルバートは、袋から金貨2枚と銀貨16枚を取り出す。この硬貨は、グルークの手荷物にあったものだ。

 店主は数を数えてから、部屋の鍵を取り出しピーちゃん達を見る。


「確かに、3人の部屋は2階の一番奥だな。食事はピーちゃんはどうするんだ?」

「2人にもらいます」

「分かった。朝は鐘が1回の時からやってる、夕食は鐘が7回の時からだ」

「分かりました」


 ピーちゃんは、サラもつついて再起動させてから、


「ほら行くよ、ふたりとも! 考えるのは部屋についてから!」


と言って鍵を受け取り、部屋に向かった。



 部屋は、狭いとは感じないくらいの大きさの2人部屋でベッドが2つ、ベッドの間に木製の宝箱型収納が1つ、机が1つあった。


 悲しきゲーマーのさがか、ピーちゃんは宝箱を見つけた時点でそこに飛んでいかざるをえなかった。

 宝箱の上に乗って入り口の方を見る。

 入り口から入ってきたアルバートとサラは、少しふらついているようにも見える。


 サラが声をかけてくる。


「ピーちゃん様、これからどうなされますか」


(ついにバグってしまった。えーと、ふたりは芸術の国在住だから……)


 とりあえず、ベッドに座ろうかふたりともと言って2人を座らせた。


「いい、ふたりともこれは即興劇だと思って、登場人物は新人冒険者、アルバートとサラとピーちゃん。ふたりは兄妹で、ピーちゃんも入れて家族みたいに仲がいい。そして2人と1羽には誰にも言えない秘密があって、バレずに冒険者をやっていけるのかって設定だよ」


 これでどうだろう、いけそうかな? と言ってピーちゃんがアルバートとサラの様子を見る。

 2人は少し考えて、ピーちゃんの方を見る。


「「分かりました。ピーちゃん……様」」


 頭痛が痛いといった気持になりながら、ピーちゃんは頑張った。


「分かった、ピーちゃん様の様を心の中で言おう。こっちも様を言ってるんだと思っておくから」


 それを聞いたアルバートとサラは顔を見合わせてから言った。


「ピーちゃん 、やってみます」「やってみますね、ピーちゃん 」

「うん、なんか様がちゃんとついてる気がするよ、これでいこう」


 うんうん、とうなずくピーちゃん。


「ピーちゃん 、これからどうなされますか?」


 そうアルバートが言うと。

 ちょうどその時、鐘が6回鳴る。


「夕ご飯まで時間があんまりないようだから、ここの寝心地と安全性を上げよう。2人は観葉植物と小さい機械だったら、どっちがいい?」


 2人は機械の方が隠せて良いとのことだったので、拠点から小さな機甲種たちを〈範囲〉〈転移〉で床に送り込んだ。

 4足歩行の機甲種たちはベッドの下に潜り込んだ。

 ベッドは拠点に一度に〈転移〉で持ち込んで、バックアップが寸法を測り、見た目そっくり、寝心地抜群のものを夕食後にすり替える予定だ。



 そして、ピーちゃんが内心ものすごく楽しみにしていた、夕食の時間だ。


 「〈火よ通れ〉」


 店主グラッドが、手に生肉や野菜の載った鉄板を持ちながら言ったその瞬間、生肉はステーキに変わっていた。

 熱いから鉄板に触らないようにな、と注意しながら子供の前に置いたようだ。

 グラッドは3人が来たことに気づき、好きなところに座ってくれと言う。


(町の中でも普通にスキルは使われてるんだね)


 先ほどの光景を見て、ピーちゃんは意外に思った。

 そして端の目立たない席に座るとグラッドが、夕食を持ってきてくれる。

 その量を音で表すなら、ドン! ガン! がふさわしいだろう。


 でかいステーキ ドン! 大量のスープ ガン!


(大きい、多い、ご飯もパンもない、こういう感じかー)


 ピーちゃんがおそるおそる2人に聞く。


「アルバート、サラ結構な量だけどいけそう?」

「特に問題はないですよ」「これぐらいでしたら食べられますね」


 見た目と食べる量って違うもんね、とピーちゃんは悟った。

 2人がいただきますと言って、品よく食べ始める。

 ピーちゃんが聞く。


「どんな感じ?」


 アルバートとサラは口の中のものを、飲みこんでから答えた。


「懐かしい味です。シンプルですが、しっかり味がついてますよ」

「見た目はステーキですけれど、味はジャイアントボアに似ていますね」

「サラ、ジャイアントボアってなんだっけ」

「ピーちゃん がよく巨大猪っておっしゃられていたものですよ」

「なるほど、イノシシ」


 順調に食べ進める2人を見てるだけでお腹いっぱいだな、という気持ちで見ながら、ピーちゃんは思う。

 2人がよく使ってる食堂は、長い横文字料理が多いからなー、大盛りとかシンプルなやつとか追加しとこうかな。


「アルバート、サラ、2人のいる食堂に大盛りとかシンプルなやつとか追加しようと思ってるんだけど、どう思う?」


 アルバートとサラは考えて言う。


「とても嬉しいです」「シンプルより大盛りの方が嬉しいです」

「じゃあ大盛りを追加だね」


 アルバートとサラが嬉しそうに頷いた。

 そして、ピーちゃんがまじまじと料理を見る。


(ちゃんと味がついてるって言ってたけど、この上に載ってる赤くて細かい葉っぱが味を決めてるのかな。それとも何かほかにも使ってるのか、要調査だね)


 その後、ピーちゃんは2人に1口ずつ貰って、これがイノシシと思うと同時に、ピーちゃんでも味が分かることに感動した。

 そして、巨大な猫のようなもの、狼のようなもの、ウロコのはえたものなどを踏まないように気をつけながら部屋に戻った。

 

 部屋に戻り、ベッドを取り替えて、ピーちゃんが言う。


「新人研修が終わらないと、いつまでも自由行動できなさそうだから、明日からは不自然にならない程度に、どれだけ研修を短縮できるかっていう方向で動いていこう。よろしくね、アルバート、サラ」

「はい、全力で取り組ませていただきます」「はい、全力でやらさせていただきます」


 次にピーちゃんがデザートとお茶を、机に〈転移〉させてから聞く。


「今日のピーちゃんは営業終了しようと思うんだけど、何かある? 明日はお昼に軽くつまめるものを、用意しようかと思ってるけど」


 2人はデザートとお茶の感謝を伝え、今は特に何か必要なものも伝えることもないということを丁寧に言った。

 最後に、魔道具を2人の手元に〈転移〉させてピーちゃんは伝えた。

 

「じゃあ、ふたりが寝てる間もバックアップの人に、ピーちゃんから見た光景を見れるようにしておくね。何かあったら、手元のそれで連絡をとってね。ああ、もちろん、ピーちゃんをあまり意識しなくなるだけだから、何回か呼んでくれればいつでも話せるよ」


 じゃあ、おやすみ2人とも、とピーちゃんは言って、それに2人が明日もよろしくお願いします、おやすみなさいと答えた。

 そこで、リリはピーちゃんから見える光景を意識するのをやめた。



 リリは思った。

 寝ても寝なくてもいい体って便利だな、昼間はあっちでピーちゃん、夜はこっちで内政ができる。


(とはいえ、そんなにこっちでやることもないんだけどね。とりあえずファーストに今日何かあったか聞いて、明日はちょっとだけ手伝ってもらいたいことを伝えないとね)


 リリは拠点で待機中のバックアップメンバーに、しばらくよろしくねと声をかけた。

 そして、ファーストがいる場所に向かおうとしたところで、ファーストがやってくる。

 

「ファースト、ちょうどいいところに。今、大丈夫?」

「はい、今ちょうど私もリリ様を探していたところです」


 ファーストはそう答えて、リリとファーストは近くにあった今は誰も使っていない部屋に入った。

 仮眠もできるように作られた部屋で、近くにあった適当な椅子に座る2人。


 今日も何かあったかなと、リリはワクワクした気持ちで、ファーストに話しかける。


「ファースト、あとで私の方であったこと話すから、先にファーストに今日あったこと聞いてもいい?」

「はい、お伝えさせていただきます」


 ファーストは、森の調査について順調に進んでいること、人員の配置についても今のところ問題は起きていないことを話した。

 あと1点、これは拠点内でのことなのですがと続けた。


「外で販売するアイテムの生産を行っていた者たちに頼んでいた、全ての素材の在庫の確認が終わったそうです。リリ様が把握されている量と、変わりなかったようですよ」

「あの量を、もう、え、早いね」

「はい、皆さん気合いを入れてやっていました。あとで、お褒めの言葉をいただけると、皆喜ぶと思います」


 ファーストはそれからと言って、紙の束を取り出した。


「こちらが、カーヘルよりリリ様に渡してほしいと頼まれました、素材の一覧になります。今、拠点内で手に入れることができない素材の一覧と、それによって作られるアイテムの一覧になっているとのことです」

「おっとそれは便利だね。あとでお礼に行かないと」


 と言いながらリリは軽く読んでいる。

 スライムコア、デメシード、ドラゴンの心臓、鋼の鼓動、ルーメデーアの宝玉、――


「やっぱり、魔物の素材が多いね。外にいないようだったら、節約しないと」


 リリは、一覧のアイテムが代用品と置き換えられそうか、考えている。

 回復アイテムはスキルで代用できるとして、あとは他の消耗品――

 そして、考えがまとまったのか、ファーストの方をみて、不思議そうな顔をする。


「どうしたの、ファースト何かあった?」 

「いえ、その、非常に申し上げにくいのですが、今回の素材の確認が終わったのは、今日の午前中のことになります。その後、初めて彼らは仕事がないことに気がつき、呆然としておりました。なので、できれば彼らに、何か仕事を割り振っていただけると幸いです」


 リリは驚いた様子だ。


(仕事がなくて呆然とする、なんてことがあるんだね。これがワーカーホリックか。でも確かに、外に売れないから作る必要がない。生産系だから探索できない。で、やることがないのは退屈だよね。これから、必要になりそうで、長い時間がかかって、あと娯楽も作りたいよね)


「よし、ファースト。教えてくれてありがとう。今から彼らにゴーレムバトル研究所の設立と、レア装備品評会の開催を告知にいくよ」


 リリはそういって立ち上がると、暇を持て余している彼らのもとへ向かって行った。

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