第5話 戦闘モード

 リリは台座から降りる。

 そこに残った3人、ファースト、アルバート、サラが近づいてきて、


「リリ様のことは必ずお守りいたします。どんな敵が来ても仕留めて見せましょう」


ファーストがここにいる3人の総意を言う。アルバートとサラは決意に満ちた表情をして、拳を握りしめている。


 リリはそんな3人の様子をみて、さっきのファーストの言葉はどんな敵が来ても、命に代えてでも、仕留めて見せましょうって言っているようで、不安なんだよなぁと思う。

 私も戦うから大丈夫だとは思うけど、と思い考える。


(そういえば、VRでは戦ってたし、この中で一番能力があることは分かってるけど、実際に体を動かして戦うのは初めてだな。ちょっと、今のうちに試しに動いておいた方がいいよね)


「さんにんとも気合いを入れるのはいいけど、命を第一に考えてね。それから違う世界に来てから戦ったことがないから、ちょっとあの木で、試し切りしようと思うんだけど問題ないかな?」


 ファーストのはい、問題ございません。アルバートのあのお話を聞いて、自身の身を粗末に扱ったりはいたしません。サラの周りの確認はお任せください。

 といった返事を聞いて近くの太さ20mはあろうかという木に近づく。

 リリは腰から、剣を引き抜いた。

 半透明の刀身を持つその剣は、手に持つ所の一番後ろの部分に大きな輪があり、その中に青い球体が浮いている。

 

(この剣って腰につけてる時から思ってたけど、軽いな)


 剣と木を見比べる。


(これで、普通はこんな太さの木なんて切れないだろうけど、今はスキルがあるからね)


 よし、やってみようと剣を構える。そして思いっきり振りかぶって、


「〈範囲〉」


スキルで斬撃の効果範囲を指定してから、斜めに振り下ろした。


 小気味よい音を立てて、木が上下に両断される。周囲に粉塵が舞う。


(うわ、切れちゃったよ……ゲームの中なら違和感ないけど、実際に見るとどうしてこうなるか分からないな)


 ズズッと音を立てて、ゆっくり木がずれていくのが見える。

 倒れたら大変だとリリは木に近寄って剣を持ってない方の手で、木を支えようとした。すると抑えようとした力で、木が持ち上がってしまった。


(え、この木って発泡スチロールで、できてる? それともゲームキャラの筋力が反映されるとこうなるの……? はぁ、ファンタジー生活1日目の初心者には、もう分からないよ)


 うーん、と首をひねりながら悩んでいると、ファーストに声をかけられる。


「さすがですね、リリ様。太刀筋が全く見えませんでした」


 口ではありがとうと返すが、え、見えなかった? 適当に振っただけだよと思う。


(ええ……素早く振りすぎて、摩擦で剣が赤くなるとか、反動で地面がへこむとか、スピード感と力の加減をもっと分かりやすくしてよ)


 どうやら、普通に動いている時と、さっき剣を振った時の感覚は、体感としては全く同じなのにスピードが違うらしい。


 リリは考える。

 日常モードと、戦闘モードのスイッチがあって、それが自動で代わっているのかな。つまり、ゲーム上で手加減がなかったのと同じように、攻撃すると最高威力が勝手に出るようになってる?

 いや、さっきは思いっきり振ったから、ああなっただけで気持ちゆっくり振れば手加減はできるのかな。

 ただその時が、日常モードなのか戦闘モードなのかが分からないから、どんなスピードが出てるのか、自分では分からないということだね。


(うーん、戦えないよりはましだけど使いにくい。とりあえず、木を元に戻そう)


 リリは木をもとの位置に戻して


「〈回復〉」


木がくっつく。


 リリは思う。

 実際に見ると、本当にどうなってるんだという感想しか出ないね。

 というか、もしさっき魔素溜まりで走ってたらスピード感が分からないし、危なかったな。衝撃波は出ないだろうけど、全員が置き去りになって全滅、徒歩でよかった。


(でも、戦闘で自分の力加減が把握できてないと困るだろうし、どうしようかな……。よし、待ってる間暇だし、ファンタジー生活歴の長い3人に聞こう)


 3人に向き直って聞く。


「少し聞きたいんだけど、どうやって自分がどれくらいの速さで動いてるか、みんなは分かるの?」


 ファースト、サラ、アルバートが言う。


「私には速さを計測するユニットが付いているので、分かります」

「私は感覚ですね。自分があまり速く動けなかった時のことを覚えていますので、感覚で分かります」

「私は全力で動くと、動きにくくなり体が重くなったように感じます。そう感じる時、無理やり体を動かすと一番早く動けているように思います。あとはサラと同じく、経験になるかと」

「ありがとう、さんにんとも」


 リリは思う。

 なるほど、遅い方は今後考えるとして、とりあえず一度全力で動いてみようかなと。

 誰もいない方向へ構えるリリ。


 全力で全力でと考えながら、体を動かそうとすると、体が重いことに気が付く。


(これは、今この状態で動けば一番速いはず! よし、無理やり動かすぞ)


 力をこめようとするリリ、すると、足元が沈んだ感覚がする。

 下を見ると地面がへこんでいる。

 地面がへこむ、剣が赤くなる、衝撃波が――


(やめよう、危ない)


 体の重さが軽くなるのを感じつつ、剣を構えるのをやめ、思う。


(ファンタジー物理は、よく分からない。こういうもの、こういうもの、諦めよう)


 アルバートとサラに、速さを変えて素振りしてもらって、スピード感をどうにか感じられないか試しながら待っていると、1つの班から何か見つけたと連絡がある。

 急いで報告のあった班の場所に、向かうことになった。


 全員の探索した範囲が見えるようになった地図をもとに、転移する。

 すると、大きな黒いガラスの塊のようなものが、いくつか落ちているのがみえる。

 その周りにはデモクと、2人の男女の悪魔が一緒にいるようだ。


「デモク、キング、クイーンお手柄だね。それでこれは?」

「ありがとうございます。俺には中身が何かは分かりません。ですが、適正レベル以上の場所に入ってしまったものは、魔素によって、だんだんガラスようになると聞いています。ですから、このあたりの魔素を吸収してガラス化したものだと思われます。持ち帰って復元してみませんか」

「うん、持って帰ろう」


 ガラスの塊はリリが、アイテムボックスに仕舞った。

 リリは楽しそうに言う。


「他の班が時間までに何か見つけるかもしれないから、全員が揃ったあと、うちに帰って復元してみよう」


 デモク、キング、クイーンが楽しそうに頷く。

 そのあとデモク達に、手を振って言う。


「引き続きお願いね。じゃあまた後で」


 3人はお任せくださいと頭を下げる。

 リリ達は、転移ポイントに帰還した。



(ゲームの魔素溜まりの中にあるアイテムって、確かにこんな見た目だったけど、そういう理由だったんだ)


 その後、時間までに何か見つけた班はなかったので、そのまま全員拠点に戻ることになった。

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