第3話 行進

「リリ様ー! 戻りましたー」「ただいま戻りました」


 執務室に入ってくるトレニア、デモク。執務室は少しだけ甘い匂いがした。


「2人ともお疲れ様。無事で何よりだよ」


 リリは目線を下にさげて、少しばつが悪そうにしている。


「2人には戻ってきて、そうそうで悪いんだけど、また外に出ることになるよ」


 トレニアはまたお役に立てるんだ、やったーと言ってリリに近づいていく。

 デモクは、楽しそうに笑いながら、次は何をするんですかと聞いている。

 

 リリは2人に目線を戻す。


「今から旗を作ってこないといけないから、詳しくはファーストに聞いてほしいんだけど、1時間後一緒に外に探索に行こうね」


 それじゃあまたねと言い残し、リリは部屋を出ていった。

 リリが出ていった扉の先から、足音が遠ざかっていく。

 完全に聞こえなくなってから、それでは2人に説明しますねとファーストが言うと。


「ファーストさんちょっと待ってください。どうしても言いたいことがあります」


 どうぞというように、ファーストは黙った。

 デモクはプニプニとぼーんの方に向き直る。

 そして勢いよく言い放った。


「おいクソじじいども、なーにお前らだけでリリ様のお淹れになられたお茶飲んでるんだよ!」

「そーだそーだ、あたし達も呼べー」


 飛んでデモクの隣から、声をかけるトレニア。


「ふはははは、羨ましいのならそうとはっきり言ったらいいのではないかな?」


 ピョンピョン飛び跳ねるプニプニ。


「うっわ、跳ねんな! あんたが跳ねても何とも思わないのはリリ様くらいだよ!!」

「リリ様に怖がられないなら、何も問題ないじゃないか、どこがいけないんだね?」


 軽く横に傾くプニプニ。


「しかりしかり、羨ましいなら羨ましいと言ってしかるべきではないかね?」


 ぼーんは首をかしげている。


「このタイミングで入ってくんな!」


 勢いよくぼーんを指さすデモク。


「しかーり、しかーり」


「ファーストさんはのらないでください」


「なぜです? リリ様ならよくのったファーストと、褒めてくださいますよ」


 ファーストはとても不思議そうだ。


「いや、リリ様ならそういうかもしれませんが、俺達には無理です」


「ちょっとー、俺たちってあたしも入ってる?」


 デモクを突っつくトレニア


「はー、分かった分かった俺な俺、俺だけだな」


「そうだよー、リリ様ならてーぺーおー? を考えてれば何したって怒ったりしないよー」


「時と場合な、気をつけろよ」


「さて、彼で遊ぶのはこれくらいにして」


 おい、とデモクがプニプニに声をあげるが、すでに声がやぶれかぶれだ。

 とりあえず、1時間後の予定をお伝えしますね、とファーストが言う。


 我々を含めてすべてのエリアから3人ずつを集め、合計27人で魔素溜まりの外の森を探索します。我々以外は全員100レベルの者を、集める予定です。

 このうち私と、私のエリアの者とでリリ様を護衛することになりました。なので、実際に森の中を探索するのは24人になります。ですが、8組に分かれて探索するので問題ないと思います。

 今回、リリ様は間違えて魔素溜まりに転移してしまうことがないよう、転移ポイントの設置。それから、魔素溜まりを安全に渡れるようにするために来ていただけるそうす。

 そして――




 


 今回選ばれたメンバーが、かまくらの外に続々と現れる。

 彼らはプニプニやデモクから、いつでも飛べるようにと伝えられた。各々が飛べるようにスキルや魔道具を使っている。

 そのあと、少し離れたところにいるリリが何をしているのだろうというように、覗いていた。


 リリは障壁の手前でかがんで、外を見まわしていた。


(こんな、一面真っ黒なんて見たことないから、異世界にいるのを実感するな)


 ファーストがリリに背を向けて、26人の所属エリアと名前を確認している。


(実際に魔素溜まりを体験するのは初めてだし、毎回見てて思うのけど、あの見た目は焼けてるよね。本当に、手を出して大丈夫なんだろうか)


 ファーストが振り返り、リリに近づいてきている。

 ゲーム内のスキルやアイテムボックスが使えることを思い出し、ゲーム内の設定はちゃんと生きているとリリは信じて思う。


(よーし、覚悟を決めるよ。今の私の種族は人じゃない。今は万物の王であり、万物の根源であるアピデヘタエプ。ゲームで、最強のボーナス種族。魔素溜まりに触っても大丈夫だし、魔素溜まりで戦うのが一番強い、拠点内最強のキャラだよ)


 覚悟を決め、指1本だけ障壁の外に出してみる。

 すると


(あ、ぽかぽかしてる。しかも、焼けてないな)


 

チリチリした感覚もなく、白いオーラも発生していない。

 リリは思い切って、出した指でそのまま地面の黒い砂を触ってみる。


(これは、冬場の湯たんぽの温かさ。さすがにみんなの前だからやらないけど、誰もいなかったらここで寝っ転がりたい。いや、待って、あんなに数揃えてここに来るのは、最初で最後のチャンスかもしれない、今が一番安全……)


「リリ様」

「わっ!」


 驚き倒れそうになった体を、両手で支えてしまった。

 上半身だけが障壁の外に出ている。

 リリにはまわりの黒い砂が、輝いているように見える。不思議なことに温かさは感じなかった。両手で触っている地面も、ただの土の感触がする。

 ただ――

 

(なんかすごいやる気が出てきた。この状態で、何にも知らないで、空に何かいると思ったら、つい撃ち落としそうな気がする。きっとここにアピデヘタエプはいないんじゃないかな)


 安堵の表情を浮かべる。アピデヘタエプがいないことが分かったので。

 ファーストはリリを慌てて引っ張り上げてから言う。


「リリ様、驚かせてしまい申し訳ございません」

「気にしないで、ファースト。えっと、全員揃ったのかな」

「はい、27名揃いました。全員準備は済んでおります」

「分かった、少し待ってね」


 リリがまず1人で魔素溜まりを少しだけ進む。

 

(ここで種族スキル発動だね。キーワードは確か)


「〈魔素干渉〉」


 黒い砂が水のように動き始める。

 リリの周りにあった土が潮が引くようになくなっていき、普通の地面が現れた。

 27人が余裕をもって歩ける広さだ。


「これで飛んでて落ちても大丈夫だね。それじゃあ出発!」


 拠点の紋章の入った風でなびく旗印を取り出して、手に持ちながらリリは歩き出した。

 皆の者リリ様に続けー! という声が聞こえる。

 リリを先頭に短くも、触れれば砕け散る黒い世界へと行進が始まった。 


(すごいな、みんな、歩いて付いてくるんだ)


 リリはたまに後ろを振り返る。

 スキルを感覚で使っているため、ギリギリの広さになっていることがあるからだ。


(どうして誰も何にも言わないんだろう?)


 今回選ばれたメンバーは、多種多様な種族がそろっている。

 木そのものが動いているようなものもいれば、南瓜を頭に被った幽霊に、うねうねした触手を持ったもの、1つ目の巨人、七色に光る粘液や、五色絢爛の色を持った鳥、青い髪を持った女性、8つの頭を持った蛇、白い羽をもった女戦士、鼻の長い人、金髪の兄妹などだ。

 全員が辺りを、鋭く警戒している。


(それに、やっぱりゲームと同じように、ここには何にもいないね。〈完全索敵〉にも反応がないし。ゲームだったら、魔素溜まりを抜けた先には強い敵とか、貴重なアイテムとかがあったけど、さすがに現実にはないだろうしなぁ)


 地面を踏みしめる音以外、何も聞こえない世界を進んでいく。

 しばらくすると、遠目から見ても分かるほどに太く背の高い木が、立ち並んでいる場所が見えてきた。


(よかった。無事に到着できそうだね)


 魔素溜まりのふちに到着したリリは、黒い世界から茶色の世界へ1歩を踏み出し、踏み出した足をすぐに黒い世界に戻した。


「みんな、ちょっと先に行って森の前で待っててくれる?」


 はい、と返事をして全員が、リリの両脇を通り過ぎていく。

 リリは全員が森にたどり着いたのを確認して、2歩前に進む。

 後ろを振り返る。

 見えたのは、全てが黒に覆われた世界だった。


(やっぱり元に戻るんだね。危なかった)

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