第2話 魔素溜まり

 リリが椅子に座って部屋を眺めていると、部屋にファーストが戻ってくる。後に続くのは2人だ。

 1人は小宇宙エリアの代表、種族は深淵しんえんよりの覗くもの、名前はプニプニ。

 そしてもう1人はハロウィンエリアの代表、種族は夢の住人、名前はぼーんだ。


「あれ、ファーストふたりだけなんだね」

「はい、まだリリ様には不安なお気持ちもあるでしょうし、一番付き合いの長い2人だけ連れてきました」

「ははは、気を使わせて悪いね」


 リリはプニプニとぼーんの方を見る。


「ふたりとも、わざわざ来てくれてありがとう」


 プニプニは、夜空のような丸い体を転がして、リリに近づく。


「いえいえ、とんでもございません。リリ様のお役に立つことが我々の使命ですからな」


 ぼーんも、白い体でそのあとを歩いて続く。


「そうですぞ、リリ様の火急かきゅうの要件にお役に立てねば、我々の面目躍如めんぼくやくじょもございません。どうかお気になされずに」


 リリは3人を見て笑う。


「ありがとう、ファースト、プニプニ、ぼーん。さんにんの八面六臂はちめんろっぴの大活躍を期待してるよ」


 3人がリリに感謝を伝える。


「それではリリ様、私ファーストがリリ様に代わり進行を務めてもよろしいですか?」

「うん、お願いするよ。でもその前にお茶を淹れたんだ。よかったら飲みながら話そう」


 リリが白いティーカップを、4つ取り出す。

 ファーストが慌てて言う。


「リリ様、私が注がせていただきます」

「いいの、いいの、私がやりたいんだからやらせてね。ああ、椅子も必要だ。ちょっと待ってね」


 リリが取り出した椅子を、ファーストが並べる。


「ありがとう、ファースト。はい、さんにんともトライブリーのお茶だから、ファーストもぼーんも飲めるよ」


 3人の前にトライブリー茶の入った、ティーカップが並ぶ。

 ファースト、ぼーん、プニプニが感謝を伝える。


「リリ様、我々のことを考えてくださり、ありがとうございます。ありがたく頂戴いたします」

拙者せっしゃにも飲めるものを淹れてくださるとは、リリ様には感謝のしようもございませんな」

「おお、リリ様の淹れてくださったトライブリー、また飲める日がくるとは、飛び跳ねたい気分ですな」


 プニプニが軽く跳ぶ。


「ふふ、飛び跳ねてもいいけど物にぶつからないように注意してね。さあ、お茶をどうぞ」


 3人はティーカップを見て、困ったように笑っている。


「どうしたの? 飲んでいいんだよ」


 3人は顔を見合わせ、代表してプニプニが言う。


「いえ、リリ様より先に、我々が手を付けるわけにはまいりません」

「ああ、ごめんね。実は私、猫舌で、少し冷ましてから飲むんだ。だから皆には先に飲んでほしいな。それで、感想を聞かせてくれたら嬉しい」


 リリ様にそこまで言われては飲まないわけには、参りませんねとぼーんが言う。

 ではお先に失礼してと、ファーストは銀の手で、プニプニは触手で、ぼーんは光を反射する白い手でティーカップを掴む。

 ファーストは口から、プニプニは体の中にカップごと沈め、ぼーんは頭装備の上部を開いて飲んだ。

 ファーストは美味しいですね。

 プニプニはまことに美味ですな。

 ぼーんは飲めて喜ばしいといった感想を言い。

 それにリリがありがとうと言った。

 しばらくして、話し合いが始まる。


「では、今回の議題はリリ様の帰還方法の捜索についてです。ご意見のある方は自由に発言してください」


 ファーストの進行を受けて、プニプニが話し出す。


「では1つ、異世界に渡る方法について、外に商売に出ている者たちを通じて、国主に情報を集めさせてはどうでしょう。彼らも我々に借りがありますし、断るものもいないでしょう。断るようであれば、脅してしまえば良いでしょうな」


 ファーストは確かにそれが一番早そうですねと言い。

 ぼーんはまあ、妥当ですぞと言う。


 脅すのはどうなんだろうと思いつつも、帰れるなら一番だしなぁと思うリリ。


「外の国か、じゃあ、マップ見ながらどこから聞くか考えよう」 


 いつも通り頭で考えてメニューを開く。半透明のウィンドウが目の前に現れる。

 リリは思った。いつも通り、メニューが出てきたけど、そういえばメニューが使えるのかは確認してなかったなと。

 マップを開く。


 そこには初期化された、マップが表示された。


「え」


 固まるリリ。


 不思議そうにリリを見る3人


 どうされましたかと聞かれ、リリは、はっと我に返る。


 これを見てと、ウィンドウを3人に見えるようにする。


 困惑した表情を、浮かべる一同。


「外の様子を、確認した方がよさそうですね」

「そうですな、拙者がいって参りましょうか?」


 ファーストとボーンが言っているのを聞いてリリは、顎に手を当てて考える。


「いや、トレニアとデモクに頼もう。いきなり人里に出たら、困るからね」



 リリの拠点はかまくらに、煙突がついたような形をしている。

 入り口から2つの影が、ゆっくりと出てくる。


 2つの影のうち大きい方が、丸い魔道具を取り出して話し出す。


「リリ様、こちらの様子は見えてますか」

『見えてるよ、デモク。辺り一面真っ黒だね』

「はい、いままでと真逆の光景なので、違和感がすごいありますね」


 デモクは手に持った魔道具を、辺りがよく見えるように動かした。

 すると


「リリ様ー!! すごいですよ。辺り一面魔素溜まそだまり。こんなの、前いたところでも見たことないですよ!」


小さい影の方が魔道具の前に、飛び出してきた。


「おい、トレニア。いきなり目の前にでるな、リリ様が驚くだろうが。それと、今周りの光景を見て頂いてるんだから、邪魔するんじゃない」

「えー、いいじゃない。2人とも外に出ても何ともないって、分かってもらった方がきっと安心だよー」


 ため息をつき、肩を落とすデモク。一方、トレニアは、笑いながら手を振っている。


「リリ様、トレニアの言った通り俺達は無事です。それから、うちの敷地内には魔素溜まりも入ってきてないようですね。障壁で覆われてるからかもしれませんが」

『うんうん、ふたりとも無事でよかったよ。ふたりは100レベル超えてるから、飛んでれば大丈夫だと思う。でも、直接地面の黒いのに触ったらダメだよ』

「はい」「はーい」


 ゲームでは魔素溜まりに触れると、特殊な種族を除いて全てのキャラのHPがものすごい勢いで減っていくのだ。だから、デモクとトレニアの返事を聞いて、リリは安心した。

 ちなみに100レベル未満のキャラクターは直接触れなくても、魔素溜まりの上に入った時点で同じ現象が起きる。


 そのあと一応確認してみますねと言って、デモクが障壁の外に手を出してみる。

 デモクの手から何かが焼けているような音と、ともに白いオーラのようなものが現れ、ダメージにはならないが、チリチリとした感覚がある。手を開いたり閉じたりと動かしてみるが、特に違和感はないようだ。

 納得したようでデモクは、手を引いた。


「今までの魔素溜まりと比べて、特に違いは感じられませんでしたね。直接触れなければ、俺達は問題なさそうです」

『それは良かった。2人が外に出られないと我々も、お役に立てないからね』

「ゲッ」「あー、プニプニだ」


 とっさにデモクは、魔道具をトレニアに渡す。受け取ったトレニアは魔道具を、自分の顔に向ける。


「ねえ、プニプニ。周りには何にもいないみたいだから、これから飛んで拠点の外に出ようと思ってるんだけど、上から撮ってもそっちで見えるかな」

『大丈夫だよ、トレニア。リリ様も見えなかったらその時考えようって、仰っておられるからね。気をつけるんだよ』

「はーい、じゃあ行ってきまーす」


 トレニアはデモクの袖を引っ張る。はいはいと返すデモク。

 トレニアは半透明な4枚の羽を、デモクはコウモリのような2枚の羽を広げ、飛び立った。



 どんどん空へ飛んでいく。


 見える色が変わった。


 色がほとんど、緑になったところで、2人は辺りを見渡した。


「リリ様ー! 見えてますかー」


 トレニアは手に持った魔道具を、周りがよく見えるように動かした。


『見えてるよ、トレニア。辺り一面緑だね』

「はい、でも辺り一面緑は前いたところでも見たことありますから、珍しくないですね」

『辺り一面真っ黒よりは、だいぶ良かったと思うよ』


 真っ黒だったら、なにも生きてないだろうし、皆も外に出れないから大変だっただろうなとリリは思う。

 トレニアは、はっとした様子の後、デモクの周りを飛び回った。


「ああ! 本当ですね! 全部真っ黒だったら、リリ様しか生きていけないですね」

「その場合、リリ様の同族の方だけが住んでるかもしれないですね」

『それは考えたくないね。そういえばふたりとも体調は平気? そのくらいの高さになると、魔素溜まりの影響が減ってたりするのかな?』


 トレニアとデモクが、お互いの体を見てみる。全身から白いオーラが、立ち昇っているようにみえる。


 デモクがアイテムボックスから、1枚の紙を取り出す。

 手を離すと、紙は一気に黒く固まり、跡形もなく砕け散った。


「変わりないみたいですね。体調は2人とも問題ありません」

『デモク報告ありがとう。ふたりに影響がなくって良かったよ。でも、もう完全に魔境だね。トレニアには何が見えてる?』


 トレニアは少しでも遠くを見ようと、周りをじっと見つめた。


「えーと、ですね。森の向こう側に少しだけ山が見えます。あとスキルで周囲を探っていますが、あたしのスキル範囲内には、魔物や動物は何もいません」

『ありがとう、トレニア。周りに何もないってことが知れてよかったよ。デモクは何が見える?』


「トレニアに見えないものが俺に見えるとは思いません。ですが、もし、リリ様と同族の方でなかったとしても、魔素溜まりに住処すみかがあるようなやつがいたら、トレニアにも見えないんじゃないですかね」


『なるほど、ありがとう、デモク。じゃあふたりとも、戻っておいで』

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