ファンタジー初心者ですが、ゲームの拠点ごと転移していたので、NPC達と一緒に頑張ります。
ゆうり
1章 魔の14日
第1話 目覚め
1人の女性が自分の部屋の扉をあけた。
部屋に入った彼女は、持ってきたお茶を机の上に置く。そのあと、いつも通りVRゲームを遊ぶための、ヘッドセットとコントローラーの用意をした。
そして椅子に座ると、彼女はあくびをする。
すごい眠い、彼女はそう思った。
ベッドで寝た方が良いことは、分かっている。
でも、自分がやっているゲームは1人用のゲームだ。ゲーム内時間はゲームをつけている間しか流れない。
彼女は前回やった時に、時間がかかることをNPCに指示していることを覚えている。だからゲームを起動したら、椅子で寝てしまおうと考えていた。
ゲームをつけっぱなしにしてベッドで寝ると、親に消される可能性があるのだ。
ヘッドセットを被る。そして、コントローラーを握った。
彼女の目には、いくつかのアイコンが見えている。
コントローラーを使って、1つのゲームのアイコンを選ぶ。
〔創造の箱庭〕 それは建築やNPCの創造を売りにした1人用VRRPGである。
創造の箱庭は1人用VRゲームとしては珍しく、大ヒットしたタイトルだ。
このゲームでは、ゲーム内で用意されているものを組み合わせるだけではなく、建物、小物、武器防具、NPCなどを全て自分でデザインすることができる。
この圧倒的な自由度の高さが、プレイヤーの心を鷲掴みにした。
動画サイトやSNSでの作品の投稿は、発売から5年経った今でも、1日何万件もされ続けている。
拠点の大きさや、NPCの人数はヘッドセットの性能次第で、好きなだけ増やすことができた。そのため、動画サイトでは、『NPCで日本の人口を再現してみた』や『拠点で東京を再現してみた』といった動画が、上がっている。
こうした企画ものは、公式サイトから他の人が作った物をダウンロードできる機能を活用して、行っているものが多い。
みんなで作品を共有して、一緒に同じものを作るというのも、このゲームの魅力なのだろう。
そんなゲームを、彼女は発売当日からやっている。
彼女はオープニングを飛ばして、セーブデータを選ぶ。
そしてダウンロード中の表示を見ながら、コントローラーを手放してお茶を飲み始める。
何もしなければ、寝てしまいそうなくらい眠かった。
ダウンロードが終わる。
ヘッドセットから見える光景は、前回自分がセーブをしてやめた場所だ。
彼女はここは敵が出てくるから、眠れないなと思った。
お茶を飲みながら、頭で移動しようと考える。ヘッドセットが彼女の脳波を読み取って、ゲーム内のキャラクターを彼女の思ったように動かした。
安全地帯である自分の拠点に着く。
お茶を飲み終わる。
きっと一眠りしたら、お茶効果で目が覚めるだろうと思いながら、彼女は眠ることにした。
――――――――
彼女は目を覚ます。
「これは、夢?」
見たことのある部屋の中に、見たことのある家具が置いてある。
でも、現実では一度としてここに来たことはなかった。
「ここは、執務室だよね」
近くにある机を触ってみる。少し冷たく、滑らかな触り心地だ。
「あれ、触った感覚がある」
(いったい、どうなってるんだろう。夢で何かに触っても、感覚があることなんてなかった。現実で、VRで遊んでいる私の体は、どこにいったんだろう)
夢なら痛みで目を覚ませるんじゃないかと、強く音をたてて机を叩いてみた。
叩いた感触はあったが、痛みはなかった。まるで、この程度ではダメージにならないとでもいうように。
(目が覚めない。もしかして夢じゃない?)
「リリ様、どうされましたか?」
声をかけられて、振り返る。
そこには、リリが作ったNPC、機甲種のファーストがいた。ファーストはいつも家事使用人のような服を、身につけている。今はメイド服に似た装備を身につけていた。リリがある種の尊敬を持ってその恰好をさせていた。
「なんで」
なんで話せるんだ、とリリは思う。
ファーストが話せるのは初期設定の簡単なあいさつに返事をするくらいで、ファーストから話しかけてくるなんて、できるはずがないのだ。
リリは赤い絨毯の上に、俯いてしゃがみこんだ。
ファーストが動く。リリに合わせて腰をおろし、淡い紫の目で心配そうに見つめている。
「落ち着いてください。また、ご母堂様と喧嘩したのですか? それとも、テストというものの結果が、心配なのですか?」
「え、どうして知って……」
俯いた顔を上げる。目が合う。
「以前、私に話されたではないですか。今日は、どうされたのですか?」
(そういえば、ゲームしながらファーストに話しかけたこともあったっけ。この子はゲームと同じ、ファーストなんだね。少し怖いけど、聞いてみようかな)
「ファーストはさ、ゲームって知ってる?」
「ゲームですか。リリ様がこちらにお越しくださる時に、お使いになる転移装置の一種だと認識しています」
「まあ、うん、そんな感じなんだけど、ゲームを起動しているときは、その、こっちにも意識があるし、ゲームがある場所にも体があるって感じがしてたんだ」
話す声がだんだんと小さくなる。
「今は、そう。ゲームがある場所の体の感覚がなくて、どうなっているのか分からなくて……」
最後は蚊の鳴くような声で、リリは話した。
ファーストはそれを聞き、眉を曇らせる。
「リリ様」
「ごめんね。そんなに悲しそうな顔しないでよ。私は帰り方が分からなくて。不安だったんだ。帰れるかどうか分からなくて、不安なんだ。ファーストと話してて分かったよ、ありがとう」
リリは安心させるように、最後は笑いながら言った。
ファーストは何かを決意したように、真剣な表情でうなずく。
「リリ様、帰り方の捜索については、我々も全力で手伝います。リリ様の幸せが、我々の幸せですから」
そして、ファーストはリリの様子をうかがいながら、聞く。
「それでは、このことを皆に伝えるため、他のエリアの代表の者を数人連れてきます。よろしいですか?」
リリは少しだけ嬉しそうな、声色で話す。
「うん、よろしくね。ありがとう」
いえ、それでは失礼しますと言って、ファーストは扉の方に移動した。
扉を開ける途中で、振り返る。
「お帰りになっても、また会いに来てくれますよね?」
リリは、ゲームをやればまた会えるのだろうと深く考えずに返事をした。
「うん、会いに来るよ。あたりまえだよ」
ファーストは微笑んで、嬉しいですと言って、部屋を出ていった。
1人になって、冷静になると色々なことが気になってくる。
ファーストと話して、ゲーム内でやったことを覚えていることが分かった。レベリングや素材集めでこき使われたと、怒ってる可能性もあるのではないだろうか。
でも、とリリは思う。
(でも、楽しみだな。みんなどんな性格をしてるんだろう)
リリは〔創造の箱庭〕で、ほとんどのNPCに設定として性格を書き込んでいない。
リリがNPC達に設定したのは、そのキャラクターとしての立ち位置――武器屋の店主、騎士団長、食堂の店員など――と、行動ルーチンだ。
大勢のNPCが行動ルーチンに従って、町中や館の中をまるで生きているかのように、動くのを見るのがリリは好きだった。
(とりあえずみんなが来る前に、ゲーム内のスキルが使えるかとアイテムボックスも試してみよう)
今、簡単に試せるスキルは料理系だ、とアイテムボックスから白い陶器に花の柄が入った水差しとティーポット、それからトライブリーの茶葉を取り出す。
まずリリはアイテムボックスが普通に使えることに、安心した。
次にスキルが使えるかを試してみようと考える。
ゲームでは、スキルのキーワードを念じるか、実際に言うことでもスキルは発動した。
すでに水の入っている水差しに向かって、声に出してスキルを使ってみる。
「〈沸騰〉」
キーワードを言った瞬間、何かが出ていくような感覚と同時に、水差しの水が沸き立ち、湯気がでているのが分かる。
「よーし、スキルは使えそうだ。これなら何がきても身の安全くらいは守れそうかな」
ティーポットに茶葉を入れ、お湯を注ぐ。
時間がたったら茶葉を取り出して、今度は頭の中で考えて、ティーポットにスキルを発動させる。
〈保存〉
(あれ、反応がない。なんでだろう。……そういえば無詠唱のスキル、あったような気がする。使ったことないけど。このゲーム雰囲気作り用のスキルが結構あるから、何があったか見直さないとな。とりあえず、もう1回やろう)
〈無詠唱〉〈保存〉
一瞬ティーポットが光り、そのあとすぐに光は消えてしまった。
(できたね、良かった。これで出来立てを皆に配れるね)
ティーポットを前に楽しそうにしていたリリだったが、ふと思いついたようにつぶやく。
「目の前で淹れてないけど、飲んでくれるかな」
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