第5話 そして再会へ(前編)

 水の都アクトゥール。

 その青い水面と、その上にかけられた白い街道は、シーズの記憶にある景色のままだった。

 その白い道にローブ姿の――シーズがいた。


「アクトゥールに来るのも久しぶりですな。水の流れる音は、昔と変らない」


(空も、水も、変らない。変わったのは――)


 そこで、シーズはやめる。それをいくら考えても仕方のない話だ。


「うーん……どこへ落としたかしら。急いでいるのに」


 側にいた老婆から、そんな声が聞こえてきた。よろよろとしながら何かを探している。

 シーズがそれに気づき、周囲を見回すと――あった。


「ご婦人、もしや捜し物はこれですかな?」


 シーズが拾い上げ、老婆へと手渡す。

 手のひらに収まるほどの、小さな本だ。長い間読んでいるのか、表紙やページが黄ばみ年季が入っている。


「あ、あぁ……それです、その本。ありがとうございます」


 老婆が、ゆっくりと頭を下げる。

 あまり腰が良くないのか、ふらふらとしていた。


「いえいえ、当然のことの事ですとも。どこかへ、向かわれるのでしょう? 足元には十分と注意なされるよう」


「えぇ、ありがとうございます。自分の本を忘れてしまうなんて。私も、歳を取ったわ……」


 そういって、老婆が去っていく。

 後ろ姿を見送っている中で、なにか思い出しそうになった。しかし、結局何も出てこない。


(……アルドさん以外で、まともに話したのは久しぶりかもしれない。アルドさんには、感謝しなくては)


 踵を返し、シーズもまた去ろうとして。


「これじゃ、ユリシーズに笑われてしまうわね」


 さり際に放たれた老婆の言葉。


(ユリシーズ……!?)


 シーズが、はっとした。


「……ご婦人、今――」


 シーズが急いで身を翻し、あたりを見る。

 老婆を追おうとしたが、すでに老婆の姿はそこにはなかった。


「シーズ! 悪い、遅れた!」


 アルドが駆け寄り声をかけるが、シーズは反応しない。


「……シーズ?」


「うわぁお!! アルドさん! いるなら言ってくれると! あやうく心臓が止まるかと思いましたぞ! いや、心臓はないですが!」


 シーズが飛び跳ねる。


「ご、ごめん。声はかけたつもりだったんだけど。ところで……そのローブはどうだ?」


「あぁ、いいですよ。このローブ。多少無理をしても破れそうになく。こんな感じに、ほら! 動きまくっても全然へっちゃらですぞ!」


 そういって、ジャンプしたり、腕を振ってみせるシーズ。


「良かった。ラチェットに頼んで丈夫で大きいやつもらったんだ」


 パルシファル宮殿でアルドが頼んだのは、これだったのだ。


「せっかく、ソニアに会えてもゾンビじゃ、ソニアが驚くだろうし」


「なんともありがたい話ですな。ラチェットさんにも後々お礼を言わねば。これで私も心置きなくソニアに突撃できます!」


「いや、突撃はするなよ」


 ふと、ここでアルドがずっと気になっていたことを思い出した。


「あぁ、そうだな。

……そう言えば。ソニアに会ったら、どうするんだ?」


「それは――約束を果たします」


 そういって、シーズが何かを握りしめる。


「……いつも握ってるけど、それなんなんだ?」


「これは、彼女へのプレゼントです。私は、彼女の欲しがっていたものを必ず持ち帰ると、約束していました」


「なるほどな……」


「私がゾンビとして目覚めた時、これを強く握りしめていました。これが――今の私の全て。彼女への、思いそのもの。だから、何があってもこれだけは失うわけにはいかなかった。

私はこれを彼女へ送り届けるために、再び、二度目の生を受けたのだと。そう、確信しています」


 そう語るシーズの声色はとても力強い。

 アルドもその想いに答えるように、強く頷いた。

 

「……ソニアを見つけよう。必ず!」


「もちろんですとも! では、今回は手分けして探しましょう」


「あぁ、そっか。もうローブを着てるから大丈夫だしな」


「えぇ、まだ少し怪しまれはしますが。それでも話くらいは聞いてくれるでしょう。私は向こうで探します」


「わかった、じゃあ俺は向こうを探すよ」


「お願いします! では、しばらく経ったら互いに情報を交換しましょう」


 そういって、シーズが走っていく。


「よし、俺はこっちで探すか……!」


 気合を入れ、アルドが走り出す。


「なぁ、ちょっと聞きたいことがあるんだけどいいかな?」


「はぁ、聞きたいことですか? えぇ、構いませんよ」


 近くを歩いていた男性に尋ねる。


「ソニアって人を探してるんだけど、知らないか?」


「ソニアさんですか……? うーん、最近越してきたばかりなので。僕はちょっと知らないですね……」


「そっか、ありがとう」


 去っていく男性を見送るアルド。


(……ラチェットの話なら、少なくともソニアはここに帰ったはず。諦めずに聞いて回るしかないな)


 と、そこでまた人が通りかかる。今度は若い女性だ。


「なぁ、悪い。人を探してて――。ソニアさんって知らないか? パルシファル宮殿で働いていて、本が好きな、赤髪の魔術師らしいんだけど」


「うーん、赤髪の魔術師……。ごめん、知らないわね」


「そっか……ありがとうな」


 女性が去っていく。


(まだだ……! きっとソニアはどこかにいるはずだ!)


 ここで、終わるわけにはいかないのだ。

 アルドの聞き込みが始まった――。




「でしたら、私が多分そうですけど……」


「ほっ、本当か!?」


「えぇ、ソシアでしょ? それなら私だわ」


「……悪い、ソニアなんだ」


「あら、ごめんなさい。それじゃ聞き間違いね」


「いや、いいんだ。ありがとう」


 すごすごと帰るアルド。


(ソニアがいるって情報は、出てきたんだけどな……。肝心のどこにって部分がわからない)


「そういえばシーズの方はどうだろ……? ナンパとか、してないよな?」


 少し不安になってくるアルド。


「とりあえず、シーズと合流してどんな感じか聞いてみ――」


「うわあぁあああっ!」


 突如、アクトゥールの街に響く絶叫。


「な、なんだ!? 今の声、ただごとじゃないぞ……! ティレン湖道の方からだ!」


 アルドは、急いで声がした方向へと向かった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る