第4話 あの人は今

 場所は、パルシファル宮殿。

 アルドが用があるのは、酒場。つまりはラチェットが普段いる場所である。


 ラチェットとは、アルドの仲間のサイラスの古い友人だ。

 呪術を始めとして多くの魔術に明るく、アルドも時折世話になることがある。


 酒場の扉を開き、ラチェットがいるかを確認するアルド。

 奥のテーブルに、真っ白い服装の女性の姿――ラチェットだ。いつも定位置に彼女がいた。


「なぁ、ラチェット。今って忙しいか?」


 アルドがラチェットに声をかける。


「あら、アルド。別に手は空いてるけど、どうかした?」


「今、人を探してるんだ。パルシファル宮殿で魔術師をしていた人らしくて」


「なるほどね。その人の名前は?」


「あぁ、ソニアっていうらしいんだけど……」


「……ソニア? ソニアって、まさかあの?」


 ラチェットが訝しげな顔をする。


「知ってるのか?」


「えぇ、そうね。ソニアさん。ここで先生をやってらしたわ。もう、ここをやめたのも大分前だったはずだけど……」


「そっか……。行き先とか、わからないか?」


「たしか、故郷のアクトゥールに帰ったとは聞いてはいるけど……。ソニアさんに、何かご用なの?」


「まぁ、実を言うと、用があるのは俺の方ではないんだけど……」


(ただ、どう説明したものかな……)


 アルドが言い淀んでいた時のことだった。


 バタン!


「ん……?」


 突如、開け放たれる扉。

 なぜか、言いしれない悪寒が走るアルド。


「アルドさーん! ソニアの場所ってわかりましたか? もう私、いても経ってもいられなくてですね!」


 入ってきたのは、やはりシーズだった。


「ちょっ、ゾ、ゾンビ!? こんな宮殿の中にまで入って来るなんて……! 衛兵を呼ばないと……!」


「まっ、待ってくれラチェット! このゾンビは、その、悪いゾンビじゃないんだ……! なんというか、その――」


「その反応……。まさか、アルドの連れなの? そのゾンビ?」


「……まぁ。その、そうなんだ」


「はー、ゾンビと一緒に歩くようになったかぁ……。本当、変わった仲間が増えるわねぇ」


 ラチェットが関心とも、呆れともつかない声を上げる。


「は、ははは……」


 たしかに、アルドの仲間は変わったメンバーが多い。ある仲間からは人たらしとさえ称されるほどだ。

 その人たらし、という表現はアルド自身はあまりしっくりきていないのだが。


 ひとまず、ラチェットをなんとかできたと安心するアルドだったが。


「……バ」


「あっ」


 振り返るとすでに、わなわなと震える爆発寸前のシーズの姿があった。。


「バキュウウウウウウンッ!」


 奴は、弾けた。


「その、落ち着いたたたずまい……! 大人の色気と知性を感じます! エレガンツ!」


「えっ、えぇ……?」


 滑り込むように、ラチェットのもとへ行くシーズ。対して、ラチェットの表情には困惑が浮かんでいる。


「私の心は射抜かれてしまいました! おぉ、我が麗しきソニア! 人食い沼で、共に愛について語り合いま――」


「いやよ」


「ぐおっはああああああっ!?」


 即答だった。

 ラチェットの返事にシーズがダメージを受け、なぜか吹っ飛んでいった。


「ストレートに断られたな……」


「さすがに、ゾンビとはねぇ……。そもそも、私ソニアさんじゃないし。女性として、褒められるのは悪い気はしないけど」


「ふ、ふふ……墓石で頭を殴られるごとき一撃……! これしきのこと、致命傷で、済みましたとも。フラれる度に私は、強く、なるの、です……!」


 そういって、フラフラと立ち上がるシーズ。


「まぁ、それはさておき。アルドさん、ソニアについては?」


「え? あぁ。アクトゥールにいるかもって……」


「では、アクトゥールへ行きましょう! 私は、彼女に出会い、約束を果たすまで……。倒れるわけには行かない。それは、絶対に――」


 そういって、シーズが何かを握りしめる。


「次こそは、きっと私のソニアが待っているはずです!」


 そのまま、走り去っていくシーズ。

 その切り替えの良さになんとも呆れとも、関心ともつかない気持ちになりながら、アルドはシーズを見送る。


「なんだか相変わらず大変なコトに巻き込まれてるわねぇ」


「はは……もう慣れてるよ」


 アルドが苦笑する。


「それにしても――あのゾンビ、大した精神力ね」


「そうなのか?」


「えぇ、本来ならありえないレベルよ。ゾンビには、基本的に理性はないもの」


 アルドとしても、よく知っているのは、理性をもたない凶暴なゾンビの方だ。


「そうだな。たしかに、最初にシーズにあった時は驚いたよ」


「身体だって相当ボロボロで、あれだけ動き回ることさえ怪しいレベルなのに。説明をつけるなら、ソニアさんへの想い、ということになるんでしょうね」


「……そっか。なんだかんだいってソニアへの思いは本物、なんだな」


「けれど……本来、ゾンビはこの世にいてはいけない存在」


 ラチェットが呟く。


「地上に縛られ続けた魂は、悪霊へと堕ちることもあると聞くわ」


「悪霊に――シーズが?」


「想い人に会えないという気持ちの辛さは、相当なものよ。死してなお、それを抱き続けるのがどれほどの苦痛なのか、私には想像もつかない」


「その苦痛に飲まれたら、悪霊に――?」


「あくまで、可能性だけどね。ソニアさんが見つからなかったら――」


「……きっと、大丈夫だよ」


 アルドがラチェットの言葉を遮る。


「……えぇ、そうね。アルドがついてるんですもの。ソニアさん、見つかるといいわね」


 ラチェットが小さく笑う。


「あぁ。きっと、見つけてみせるさ!」


 アルドが強く頷いた。

 そのまま、アクトゥールへ向かうべくパルシファル宮殿を後にしようとするアルドだったが。

 一つ大事なことを思い出した。


「悪い、ラチェット。……もう一つ、お願いがあるんだけどいいかな?」


「お願い? まぁ、別にいいけど……」


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