第3話 思い出の地

 コリンダの原。

 青白く輝くキノコが群生しており、この場所を幻想的に照らす。ふりそそぐ小さな光の中に、精霊たちが踊っているのが見える。


 そんな幻想な世界の中に一人の青年と、一体のゾンビの姿があった。


 このコリンダの原でシーズは恋人に巡り合ったのだという話だった。

 恋人との思い出の場所ということで、もしかしたらここにいるのかもしれない。そう踏んでやってきたわけなのだが。


「コリンダの原に来たけど……。誰か、いそうかな?」


 辺りを見回し、人影を探すアルドに対して。


「……あぁ、ここは、まったく変らないな」


 シーズは、何やら物思いにふけりながら、歩いていた。

 

「……彼女とはここで出会いました。私は当時、旅の剣士だったのです」


「へぇ、そうだったのか」


「あ! 私とアルドさんってお揃いですね!」


「あ、ああ」


「でも、そうか。シーズも、旅をしてたんだな」


「えぇ。これでも剣の腕にはそこそこ覚えがありまして。生きていた頃は、ブイブイ言わせてたのです」


 そう言って、ポーズを取るシーズ。

 力こぶを作ろうとしているが、まったくできていない。


「まぁ、とはいえそんな私も旅の最中、魔物との戦いで不意を突かれ負傷してしまったのです。傷も深く、動けない。ただ、死を待つばかりでした。

私の旅路もここで終わりか……。そう思っていた時、彼女が現れたのです」


「彼女って……」


「……もちろん、私の想い人です。私は彼女の魔法に助けられ、一命をとりとめました」


 しみじみと話すその声色には、心の底からの感謝が感じられる。


「彼女は、私を介抱する中で、たくさんの物語を語ってくれました。多くの英雄の物語、出逢いと別れ……。

当時、剣しか知らなかった私は、彼女の話に聞き入るばかりで。私は思えば……すでにあの時から、彼女に引きつけられていたのでしょう」


 少し、笑うように――シーズは話す。


「その時の私は、彼女には何もしてあげることができなかった。だから、少しでも彼女にお返しができる男になれるようになるために、再び旅に出たのです」


「……そっか、素敵な話だな」


 シーズがどこか遠くを眺める。

 ハッキリとは思い出せないが――いつかのやり取りがふと、想起される。


(ユ――、本当に行ってしまうの?)


(心配はいらない。――ア。

君に似合うプレゼントを見つけて必ず戻ってくる!)


 かすれた思い出。

 顔も、声も、はっきりと思い出すことはできない。


「必ず戻ってくる、か」


 シーズはつぶやき、懐にある何かを握りしめた。


「ま、結局、帰る最中魔物にやられて、いまやゾンビとなってしまってるのですがね!」


 無駄に朗らかに、シーズが言う。


「……なるほど。ゾンビに歴史あり、だな」


「ふふふ、そう言われるのはいい気分です! これは、また一つ男として磨きがかかってしまいましたな!」


 話も一区切りつき、アルドがあたりを見回すと……。

 遠くに人影があることに気がついた。


「あれ……? あの人、こんなところで何をしてるんだろう」


 赤髪の女性が、しゃがみこんで、何か探しているように見える。

 シーズもその女性を見つけ。


「ほう、人がいるの……――キュン」


「……え?」


 シーズからまた変な音がした。


「ズッキュウウウウウウン!」


 胸元を抑え、悶えるシーズ。


「えっ、ええ!? また!?」


「アルドさん」


「お、おう」


「彼女から運命を感じませんか?」


「え――いや」


「私は感じます」



「この胸の高鳴り……! 今度こそ、きっと想い人に違いありません! いやまぁ、心臓は動いていないんですが!」


 シーズは、完全に女性の方向を向き、今にも走り出さんばかりである。

 シーズが女性に向かって走り出そうとした、その時。


「キュイイイイイイイッ!」


 耳をつんざく、甲高い鳥の声があたりに響いた。


「今の鳴き声……!」


 アルドが声の方を見ると、巨大な鳥の魔物――ヨルザヴェルグの姿があった。豊富な魔力によって、凶暴化しているらしく、視界に入った女性を襲おうとしているようだ。


「きゃっ、ま、魔物……!」


 女性の近くへと、ヨルザヴェルグたちが急降下する。

 数は、三羽。女性が標的にされてしまっているようだ。


「いけない! 彼女を助けなくては!」

 

「あぁ! 助けに行こう」


 アルドが叫びながら、女性の元へと駆けていく。

 しかしながら、ヨルザヴェルグたちの方が距離は近く、少々ギリギリにはなる。急げ――とアルドが必死で大地を蹴っていた時のこと。


「な!? は、はやい……!?」


 目にも留まらぬスピードでシーズがヨルザヴェルグたちに肉薄する。

 あっという間にヨルザヴェルグたちの間合いへと詰めたシーズ。


「な、なっ、何!? ゾ、ゾンビ!?」


 女性が驚きの声をあげる。

 魔物に襲われた、と思いきやなぜかゾンビまでやってきてしまったのだから。


「……ふふふ! 美女を前にして、負ける私ではない! 死してなお衰えを知らぬ剣筋を見せてや――ぐっふああああああッ」


 と、そこへ、一匹のヨルザヴェルグがシーズに体当りした。

 ヨルザヴェルグの体当たりをモロに食らったシーズの体が、空中へと投げ出される。


「よっわ!?」


 思わず、そう口に出てしまうアルド。


「……きゅー」


 シーズは完全にノビてしまっているようだ。さっきまでの威勢の良さはまったく見られない。


「キュイイイイイイイイイイッ!」


「こ、来ないで……!」


 シーズを倒したヨルザヴェルグたちが、女性に狙いをつけ突っ込んでいく。


「行かせるかっ!」


 魔鳥たちの突進を、アルドが飛び込んで受け止める。


「もう大丈夫だ! 下がっててくれ!」


「は、はいっ!」


 敵は複数体。

 戦闘を長引かせれば、長引かせるだけスキも増える。そのスキを突かれれば、女性にまで被害が及びかねない。


(速攻で、片を付ける……!)


 一気に三羽とも仕留めるほかない。

 アルドは、剣を強く握りしめ、一気にヨルザヴェルグの懐へと潜り込む。ヨルザヴェルグたちが反応し、アルドへと攻撃せんと慌てて狙いを定めるが。

 

 すでに、それより早くアルドが一手を進めていた。


「はあっ!」


 アルドが力強く剣を振り抜く。


「ギュオアアォッ!」


 攻勢に転じていたヨルザヴェルグたちは、アルドの斬撃をかわすことができない。攻撃を食らったヨルザヴェルグたちが反撃しようと姿勢を整える。


「――エックス斬り!」


 しかし、二の太刀がすでにあった。

 続けざまの剣閃がヨルザヴェルグたちの体を走り抜ける。

 アルドの描いた剣閃が、ヨルザヴェルグたちを巻き込み、交差する。


 ヨルザヴェルグたちを、息をつかせぬまま斬り裂く。ヨルザヴェルグたちが、翼を失い地に落ちる。


 それから、彼らが完全に沈黙したのを確認してから――アルドは、剣をしまった。


「ふぅ……。大丈夫だったか?」


 額の汗を拭い、投げかけるアルド。


「だ、大丈夫です……! ありがとうございました!」


 そう話す女性には、ケガらしいもの見られない。

 良かった、とアルドは胸をなでおろす。


「こんなところに一人で来るなんて、危ないぞ。いったい、何をしてたんだ?」


「え、えぇ。魔法の触媒でどうしても、このコリンダの原にあるクークソニアが必要で」


 クークソニア。

 たしか、コリンダの原でしか取れない植物だ。


「そっか、でも取りに行くなら――」


「……ソニ、ア?」

後ろで、ノビていたシーズが呟く。

 アルドがそう言おうとした時だった。


「……お」


 シーズがうめき声のような音を発する。

 アルドと女性がその声に気づき、シーズを確認しようと――する間もなかった。


「おおソニア、あなたこそ私の運命の人ですね!?」


 一瞬で、飛び起きたかと思うと、シーズがそのまま女性の元へと駆け込む。


「このまま人食い沼で、二人でランデブーしませんか!?」


「えっ!? あっ!? あ、いや、その……!」


 完全に不意を突かれ、うろたえる女性。魚のように口をパクパクさせたかと思うと。


「私臭いとか気にするタイプなのでーっ!」


 女性が凄まじい速度で走り去っていく。


「あ、ちょっ――。むむぅ、沼の臭いは、お気に召さないか……!」


 シーズの手が、むなしく空に向かって伸ばされる。


「ところで、さっきふっとばされてたけど大丈夫だったのか?」


「ははは! なんのあれしき! やられた時は目玉が飛び出るかと思いましたが!」


「それって大丈夫なのか!?」


「なぁに、大したことはありません! 出てませんから! 体が動く限り、致命傷ではありませんぞ!」


「なんというか……さすがはゾンビだな」


 呆れ混じりにアルドが言う。


「それより、アルドさん! 私、手がかりを思い出したんです!」


「手がかり……?」


 すぐには答えず何やらシーズがもったいぶる。

 少しして、シーズが咳払いする。


「えぇ。彼女はパルシファル宮殿の魔術師でした。名前は『ソニア』。クークソニアと名前が同じだと、話していましたから」


「ソニア……さっきシーズが言ってた名前か」


「えぇ、しかしあの女性はそれに反応しませんでした。おそらく、ソニアではなかったということです」


「なるほど……」


 アルドが頷く。


「でも、かなり具体的になってきたな。パルシファル宮殿の魔術師か……。それなら、もしかするとラチェットに聞けばわかるかもしれない」


「なんと!? そうなのですか!? では、お願いいたします、アルドさん!

ぜひ、ソニアのことを聞いてきてください!」


「ああ、わかった。それじゃ、パルシファル宮殿に行こう!」


 アルドたちが、コリンダの原を後にする。

 ソニア――シーズの想い人の行方を求めて、アルドたちはパルシファル宮殿へと向かった。

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