第2話 想い人よ、いずこ
そして、次の日。
アルドは一人、宿の前に経っていた。
「……アルドさーん! お待たせしました」
そういって、アルドの元へローブ姿の男が駆けて来る。
「あぁ、シーズ。早かったな」
「はい、言われたとおりに着てきましたとも」
このローブの男こそ、これまでラトルの村をお騒がせしてきたゾンビ――シーズである。
「しかしながら、正直、あまり着心地が良くはないですなぁ。なんというかブカブカでしてね、これ。油断すると中身が出てしまいそうです」
「……な、なんかゾンビが言うと別の意味に聞こえるな。でも、仕方ないだろ? ゾンビのままで出たら騒ぎになっちゃうし」
「ふーむ。まぁ、やむを得ませんかね」
「まぁ、実際、ラトルじゃ真夜中に出るゾンビが噂になってたし……」
「ま、まままま真夜中にゾンビが出るんですか!?
ふ、ふてぇやつです! この私が退治して差し上げる! わ、私苦手なんですよ! ゾンビ!」
「いや、あんたのことだよ」
そういって、胸をなでおろすシーズ。
「あっ、そうなんですか? 良かった。私以外にゾンビはいないんですね! あやうく、夜眠れなくなるところでした……」
「……ゾンビなのに?」
「ゾンビだって、ゾンビは怖いですとも! 私も最初、水面に写った自分の姿で気絶するかと……」
(なんだか、大変そうな人生……いや、ゾンビ生か?)
アルドが呆れる。
「いやまぁ、それはよくてさ。ところで、その……シーズ?」
「はい、私がシーズです!」
「……恋人を探すってことなんだけどさ。なにか、特徴とかはないのか?」
「特徴ですか……ふむ」
シーズが顎に手を置き、しばし考え込んだ後、シーズが口を開いた。
「……とびっきりの美人です!」
「び、美人?」
「たとえるならば、そう! 歩く姿は風に流れるシルフのよう、立ち姿は水面にたたずむオンディーヌ――!」
「そ、そうか。名前とか、具体的な部分があると探しやすいんだけど……」
美人ということが目印、と言われてもさすがにピンと来るものではない。
力説しようとするシーズを抑え、他の特徴を聞こうとするアルドだったが。
「……具体的な部分、ですか」
シーズの反応は、何やら鈍い。
「実を言うと記憶がはっきりしていないのです。なんせ、ゾンビですから。全体的に記憶がこう、モヤがかかった感じで。
意識だけはこうしてハッキリしてるんですが……」
「うーん、そうか……。でも、さすがに手がかりがまったくないと難しいぞ」
「うぅむ……。思い出せるのは――たしかそう、赤みがかった髪、だった気が」
絞り出すように話すシーズ。
「赤みがかった髪の毛か……他には?」
「申し訳ありませんが、今思い出せるのはそれくらいですね……。なにかきっかけがあれば思い出せるかも知れませんが」
「かなりアバウトだけど、一応この辺りを探してみるか。探している内になにか思い出すかも知れないし」
(ラトルならそんな人は多くはないし、赤っぽい髪の毛の人って話なら多分そこそこ絞れそうだけど……)
赤っぽい髪の女性がいないかと、ぶらつくアルドだが、なかなかそれらしい人は見つからない。
こういう時に限って見つからないな、と思っていた時のこと。
「……ん、あの人」
「どうしましたか?」
「ちょっと、赤っぽい髪かも?」
アルドの指差す先には、若い女性。
「まぁ、どちらかと言うと、茶色が強いけど。まぁ、違うよな」
「ズッキュウウウウウウン!」
シーズから変な音がした。
「うっ、うわっ!? どうしたんだ!?」
「……アルドさん、あの女性から感じませんか?」
「か、感じるって何がだ……!?」
「何って――運命ですよ!」
「う、運命……?」
「あの美しさ、ほら私が隣に立つ姿を想像してみてください! とても、絵になると思いませんか!?」
「う、うーん。あの女の人の隣に立っているローブ姿の大男」
(どうみても不審者だ……!)
と、アルドが嫌な絵面を想像してる間を突いて。
「善は急げです! そこのお嬢さ―ん!?」
脇目も振らず、女性の元へ駆けていくシーズ。
「あっ、おい……!」
アルドがシーズに手を伸ばすが、すでにシーズは遠かった。
慌てて、シーズを追うアルドだったが、その最中聞こえてはいけない音がした。
――ビリッ
(あっ……)
シーズのローブから嫌な音がした。
完全に、布自体が破れてしまった音だ。シーズは、気づいていないが、そのまま――。
「ちょっと人食い沼で、お食事でもしませんか!?」
シーズが女性に突撃する。
しかし、完全にローブが破れ、“中身”が出てしまっている。声をかけられ、振り向いた女性の顔色がみるみると青ざめていき。
「キャーッ!? ゾゾゾゾ、ゾゾンビ!? わ、私なんか食べても美味しくないですからー!」
「ゾ、ゾンビ!? ど、どこですか!?」
脱兎のごとく逃げ去る女性。
「あっ、ちょ……! 待って! せめて、お名前だけでも……!」
一人取り残されるシーズ。シーズの手が虚しく空をかく。遅れて、アルドがシーズのもとにたどり着いた。
「……ローブ、破れちゃったか」
アルドが、肩を落とす。
「え? うわぉ! いつのまに、恥ずかしい! こ、これじゃ裸じゃないですか!」
「いや、さっきまで着てなかっただろ……」
「……うぅむ、やはり、この体格に合うローブはないようです。実は以前も着ようとしたことはあったのですが」
「破れちゃった、ってことか……」
どういう状況になったかは想像に難しくはない。
「ところで、今の人は?」
「えぇ。……運命の人ではなかったようです」
「ま、まぁそうだろうな」
アルドが小さくため息をつく。
「ですが……彼女を見て実は一つ思い出したことがあります」
「思い出したこと?」
「彼女とは、たしか……そう、コリンダの原で出会いました」
コリンダの原――。
パルシファル宮殿の奥にある秘境のことだ。
「あの人は、彼女はああいう活発な娘ではなかった。落ち着いた神秘的な女性で……。少し、現し世とは離れているかのような、そんな人でした」
噛みしめるように話すシーズ。
「なるほど。
……ん? あれ、見てから気づいたなら。もしかして違う人って薄々――」
「い、いえまぁ、イメージチェンジした、なんて可能性もありますし? 彼女でないという証拠ないわけで?」
「でも……」
「私としてはね?」
ずいっと一歩距離を詰めるシーズ。
「確かめねばならなかったわけですよ?」
またさらに、ずいっと寄せてくる。
「わかりますか、アルドさん!」
「わ、わかったから! そんなに顔を近づけるなって!」
「わかってくれればよいのです」
納得したと見たのか、アルドから離れていくシーズ。
「では、気を取り直して次に行きましょう! 思えば、コリンダの原で出会ったわけですから。コリンダの原に行けば、彼女と出会えるかも知れません」
「あ、あぁ。そうだな。コリンダの原か。よし、じゃあ行ってみよう!」
「えぇ! 運命の再会が、楽しみです!」
かくして、シーズの恋人探しは、その舞台をラトルからコリンダの原へと変えたのだった。
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