ゾンビの恋人探し
月雲十夜
第1話 出逢いを求めて
――BC20000年。
火の村ラトル。
それは火の精霊サラマンダーのお膝元に位置する村である。
石と土で作られた家々。
そして、何よりも特徴的なのは、村のいたるところにある燭台だ。この村が火の村と呼ばれる理由の一つだろう。
近くにはサラマンダーが住まうヴァシュー山岳があり、サラマンダーの力が働いているのか、年間を通してこの地は温かい。
そんなラトルにて。
「ふわぁ――よく寝た。こう温かいと、うとうとしちゃうな……」
宿から出てきたアルドがゆっくりと体を伸ばす。その姿は、どことなく猫のように見えなくもない。
(このままだと、またうたたねしちゃいそうだ)
頬をパチパチと叩いてアルドは眠気を払う。
「……よし」
アルドが精悍な顔つきを取り戻し、冒険に出ようとした時のことだった。
「はぁ……どうしたらいいのかしら」
何事かと声の方を振り向くと、うつむく女性の姿。
明らかに、何かに困っている様子だった。力になれることがあるかもしれない。アルドが女性の方へ寄っていく。
「なんか、難しそうな顔してるけど……。なにかあったのか?」
「え? えぇ……そうね。今、この村には大変なことが起こっているの」
そういって、女性がうつむいていた顔を上げると。
(す、すごいクマだ……!)
女性の目元には、紫のクマが浮かんでいた。
「その、大変なことってなんなんだ?」
「……『出る』のよ」
「『出る』? ……出るっていったい何が?」
アルドが息を呑む。
女性が、何かを思い出しぶるぶると体を震わせて。
「――ゾンビよ! 恐ろしい顔の!」
「ゾンビ……!? 出るって、まさか村の中にか!?」
ゾンビ――。
それは、生ける屍。何らかの方法によって蘇り、今もなおこの世をさまよう死者たちである。
人を襲うこともある、危険な存在だ。
ミグランス城の地下にいるというのは聞いたことはあるが、この辺りでは、ゾンビへの対策がされているのか、あまり見ることはない。
「えぇ……! あれは昨日の晩。夜中に一人で村を散歩してたら、そこから物音がして、そしたら――そこにいたのよ! あれは間違いなく人間じゃなかったわ!」
女性が木の陰を指差す。
たしかに、ちょうど周囲から死角になっているそこは、遠くからは気づきづらい。なにかが潜んでいたとしても、気づく人はそう多くないだろう。
「それで、大丈夫だったのか?」
「えぇ、急いで家に帰ったから事なきを得たけれど……。今度は会ったら、どうなっちゃうことか」
「なるほど。そんなんじゃ、夜はまともに出歩けないな」
「そうなのよ……! 怖くって怖くって、夜も眠れないわ! はぁ、本当に誰かどうにかしてくれないかしら……」
そう言うなり、女性はどこかへとふらふらと行ってしまった。
「夜中に村に出るゾンビか……。夜まで待って、調べてみるか」
このまま、被害が出続けるのを黙ってみていられるアルドではない。
さっそく、他にもゾンビの情報がないか、聞き込みを始める。
ラトルの穏やかな夜を取り戻すため。
そして、寝不足の女性の健やかな眠りを取り戻すため。
アルドは、そのゾンビをなんとかすることにしたのだった。
――それから、日が落ち。
松明の明かりだけがぼんやりと道を照らしている。アルドは昼間、女性が教えてくれた場所にいた。
「たしか、この辺だったよな。ここにいれば、また来るかもしれないな……」
アルドが見つからないように木の陰に隠れ、辺りを見回す。いざ何かあっても良いように、腰の剣に手を当てた。
息を潜めて待つが、パチパチと松明が燃える音だけが聞こえる。ゾンビはおろか、人影さえもない。
今日は来ないのか、と思っていた時、松明の音に混じってなにか引きずるような音が聞こえた。
足音と足音の感覚は遠く、重たげな足取り。やがて、音はさらに近づき、遠くで何かの影が壁に浮き上がっているのが見えた。
(誰か来た……!)
普通ではない気配に、陰から身を乗り出し覗くと……そこにはたしかに。
――ゾンビの姿があった。
腐食し赤黒くなった体に、薄汚れた布切れが申し訳程度に巻かれている。眼窩の奥の鈍い眼光が、当たりを見回しているのが見えた。
(あのゾンビが、話にあったやつだな……!)
今はまだ距離が遠い。このまま出てしまえば、逃げられてしまうかもしれない。
こちらが捉えきれる距離まで、接近してもらうのを待つ。
のそり、のそりと、音は近づいてくる。
「……オオオオッ!」
ゾンビのかすれた声が耳に響く。
(よしっ……! 今だ!)
「村の人に手出しはさせないッ!」
携えた剣を抜き、臨戦状態となったところで――。
「ぬおわーっ! ス、ストップ! ストップ! 降参、降参です!」
突如、ゾンビが流暢に喋り始めた。
「うっ、うわっ!? ゾンビが喋った!?」
アルドが思わず、一歩退く。
「は、話せばわかります! えぇ! ですから! なにとぞ!」
必死に、腕をブンブンと振るい、敵意がないことをアピールするゾンビ。
ゾンビが持っていた剣も、足元に置かれている。
「……わかった」
とりあえず剣を収めるアルド。話が通じる相手なら、それに越したことはない。
「ふ、ふひぃ、あやうく退治されてしまう所でした」
ゾンビが安堵のため息をついた。
「それで、悪いゾンビじゃないっていうけど……。ここで、いったい何をしてたんだ?」
「……実は、私はある人を探しているのです」
神妙な声色で語るゾンビ。
「ある人……?」
「えぇ、私の生前の恋人です。この村にいるかと思って探していたのですが――」
「生前の恋人……」
「あ、もしかして、疑ってます? まぁ、仕方のないのことではあります。ゾンビが突然何を言うかというのもごもっとも!」
「いやまぁ、別にそういうワケじゃ――」
「ですが! 見ていただきたい! この私の透き通った目を! この目がウソを言ってるように見えますか! いいえ、見せませんよね!?」
ずずいっとゾンビがアルドに近づく。
ゾンビの顔が一気にドアップになり、思わず飛び退く。
「うっ、うわ! わ、わかったから急に近づかないでくれ……!」
ほらほら、と言わんばかりに目をアピールするゾンビ。
しかし、片目は失われ、もう片方の目も。
(……どうみても腐ってるようにみえる)
なんとも調子が狂わされるものの。
(まぁ、悪いゾンビではない、のか……?)
ゾンビが、改めて話を続きをする。
「生前、私は恋人と約束をかわしました。
ですが。私は恋人の約束を果たせなないまま――死んでしまったのです。それが、私にはずっと心残りで」
「ゾンビになった、ってことか」
「えぇ、おそらく。だから、私は今度こそ約束を果たしたい」
ゾンビの眼が強く輝いた――ようにアルドは思えた。
「しかし、なにぶんゾンビなものですから。先ほどのように退治されかかるのも一度や二度ではなく。このままでは、また約束を果たせぬまま土へと帰りましょう。
こうして世をさまようのは奇跡か、呪いか――。私にはそんなことは関係ない。ただ、想い人に会い、約束を果たしたいだけなのです」
そう話すゾンビの背中が――アルドには小さく見えた。
叶えたい願いがあるのに届かない。そんなもどかしさと、悲しさを宿した小さな背中。
「なるほどな。その……何か俺に手伝えることはあるか?」
「……なんと。私のようなゾンビに、協力してくださるのですか?」
「あぁ」
アルドは、小さく笑って答えた。
困っている人の助けになりたい。勇気が出ない誰かの背中を押してあげたい。アルドは、そういう人間なのだ。
それはたとえ――相手がゾンビであっても変わることはない。
「恋人を探してるっていうのは本当みたいだし。それに、あんた悪いゾンビじゃないんだろ?」
「お、おぉ……! 天は我に味方せり、ありがとうございます。この御恩は忘れませんぞ!」
ゾンビがアルドに向かって頭を何度も下げる。
「大げさだな。俺は旅の剣士のアルド。あんたは?」
「私ですか? えぇ……っと。では、シーズとでもお呼びください」
「そうか、シーズ。よろしくな!」
「ありがとうございます。では、アルドさん、私の恋人を早速探しにでかけましょう!」
「ああ、行こう!」
こうして、ひょんなことからアルドは、お調子者のゾンビ――シーズと恋人を探すことになるのだった。
二人の奇妙なコンビが、ここに生まれる。
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