第6話
針ねずみは心を集中させて、それを聞き取ろうとしました。
どれだけかかっても、必ず思い出そうと決心しました。
そうしなければならない気がどうしてもしたからです。
笛吹きの吹く笛の音は確かに聞こえているのに、針ねずみの内側はしいんとして何の音もしなくなりました。
ああ、何だったのでしょう。
つかもうとすると、するりと鼓膜をすり抜けていくあの声は。
針ねずみはただもう無心に耳を研ぎ澄ませ続けました。
そしてある時、ついにその声が針ねずみの記憶の中に響き渡ったのです。
「おーい、相棒ーっ、どこにいるんだーっ」
と、声の限りに叫んでくれた、笛吹きのあの声が。
そのとき針ねずみは気がついたのです。
自分は今まで笛吹きのことを主人と思っていたけれど、笛吹きはずっと自分を「友達」と思っていてくれたということに。
針ねずみの心に、温かく幸せな思いが生まれました。
それはゆっくりと広がっていき、やがて心と体をいっぱいに満たしました。
それと同時に針ねずみの中に強くこびりついていた恐怖がどんどんなりをひそめていき、あの、何かが芽生えそうな気配が、今度こそ新しい形となって生まれ出そうとしていました。
するとどこからか勇気が湧いてきて、針ねずみは自分がとても強くなったような気がしました。
ずっと辛抱強く自分を慰め、励ましながら、決してせかすことなく待ち続けてくれた笛吹きの優しさと強さが、ひたひたと針ねずみの心に沁みていきました。
自分という容れ物に笛吹きの愛情が満ち溢れていくのを、針ねずみはじっと感じていました。
針ねずみの心の中で、もう三人のたちの悪い少年たちのことはすっかり小さくなってしまい、取るに足らないごみ屑のように、気を引かないつまらないものになってしまいました。
その小さな頭の中に、かつて味わった恐怖は、もう跡形もありませんでした。
その代わりに小さな力が生まれて、それがだんだん大きくなってきたのです。
針ねずみはなんだか嬉しくなって、飛んだり跳ねたりしたくなりました。
笛吹きの笛にあわせて、踊り出したくなりました。
今までできなかった新しいことも、もっともっと難しいことも、何でもできそうに思われました。
それで、ぴょんっと跳びあがると、くるっと宙返りをして見せました。
それを見た笛吹きの目は、ぱっと輝きました。
「おまえ、やっと元気になったか。……よかったなあ……!」
笛吹きは静かにうなずくと、笛を取り出して懐かしい曲を吹き始めました。
市場で古い箱の上で芸をする時に吹いていた、あの愉快で楽しい曲を。
それは針ねずみの耳に、これまでとはどこか違って聞こえました。
もっと陽気でもっと朗らかでした。
針ねずみは、これから何があっても、もう何も怖いものはないように思いました。
それが嬉しくて、そして笛吹きがそばで笛を吹いてくれていることが嬉しくて、快活な笛の音の流れる中を、針ねずみは何度も何度も宙返りをくり返しました。
針ねずみと笛吹き 紫堂文緒(旧・中村文音) @fumine-nakamura
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