第3話

「……死んじまったのかな?」

「案外、あっけなかったな」

「ちぇっ、もう、おしまいかよ」


 少年のひとりが、破れた靴の爪先で針ねずみを蹴りました。

 そのとき、息を吹き返した針ねずみが、その足先にかみつきました。


「なんだ、こいつ、これで俺達に逆らっているつもりかよ?」


 少年たちはせせら笑いました。

 針ねずみはかむ力が弱いので、思いっきりかんでも、ちっとも痛くないのです。

 針ねずみは今度は体を丸めると、自分をつかもうとした少年の手に体当たりしました。


「いてっ! こいつうっ! 生意気な奴だ! こうしてやる!」


 怒った少年は、針ねずみをつかむと、川へ向かって力いっぱい放り投げました。

 投げられた針ねずみは、冬の空に大きい弧を描くと、凍るような冷たい川に、ばっしゃあんとはまってしまいました。

 

 針ねずみは泳ぐことができませんでした。

 それどころか、水に入るなんて、生まれて初めてのことだったのです。


 驚いた針ねずみは、沈まないよう短い手足を必死に動かして、ばしゃばしゃともがきました。

 それがおかしくて、少年たちは大声で笑いました。

 川の波にもてあそばれ、何度もたくさんの水を飲みながら、針ねずみは溺れまいとあがきました。


 そのときです。


「おーい、相棒ーっ、どこにいるんだーっ!」


 笛吹きが大声で叫びながら、土手を走ってきたではありませんか!

 少年たちは慌てて身を隠そうとしましたが、遮るもののない冬枯れた川の端です。

 すぐに見つかってしまいました。


「お前らっ! 俺の大事な相棒をどこへやった!?」


 笛吹き葉凄まじい剣幕で怒鳴りました。


 少年のひとりが虚勢を張ってせせら笑って答えました。


「針ねずみなら、そこで泳いでるぜ。冬の川が気に入ったってさ」


 嫌な予感がして笛吹きが川を見やると、大事な針ねずみが浅瀬で今にも沈みそうにばしゃばしゃと溺れているではありませんか!


 笛吹きは大急ぎでざぶざぶと川へ踏み込むと、素早く針ねずみを掬いあげました。


「おまえ! 可哀そうに……! 

 よしよし、大丈夫か? 

 俺が来るまで、よく頑張ったな」


 笛吹きは溺れた針ねずみをハンカチで手早く拭くと、上着の温かい大きなポケットへ入れてやりました。


 そのとき、三人の少年は、もう逃げ出していましたが、その姿を見た笛吹きの目は、怒りでぎらぎらと燃えていました。


 笛吹きは素早く笛を手にすると少年たちをにらみつけたまま吹き始めました。


聞いたこともないような不気味な調べが辺りに響き渡りました。

 それは全く、ぞっとするような異様な旋律でした。

 

 すると、走っていたはずの少年たちの足が、どうしたことか、ちっとも進まなくなりました。

 まるでその場に釘付けされでもしたかのように。

 そうして、その手と足は勝手にひらひらと動き始め、三人は奇妙な踊りを踊り出したではありませんか。


「なんなんだーっ」

「どうしたんだっ。手足がひとりでに動くーっ」

「俺じゃない! 俺は踊ろうなんてしていない!」


 三人はどうにかして踊るのを止めようとしましたが、体がまるでいうことをききません。 

 高く低く奏でられる笛の音にあわせて、三人は操り人形のように踊り続けます。

 そして、なんということでしょう。

 笛吹きの吹く曲は、次第に早くなってゆくのです。

 少年たちの動きも、それにつられて速さを増していきます。


「止めてくれーっ」

「俺達が悪かったーっ」

「赦してくれーっ」


 笛吹きはそれでも吹く速さを緩めません。

 


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