第4話

 曲はどんどん速くなり、終いには笛の音なのか風の音なのか耳鳴りなのかわからないほどになりました。

 風が吹き荒れて、辺りの草木は嵐のように打ち鳴らされました。

 川の波も渦を巻いて逆立っては、ざんざんと水面を叩きました。


 少年たちの悲鳴は泣き声に代わり、だんだん細く高くなり、その声もやがて聞こえなくなりました。


 踊るのを止めたくても止められない三人の少年たち。


 独楽のようにくるくると回り、足を高く蹴り上げたかと思うと今度は地面を踏み鳴らし、風に吹きちぎられる木の葉のようにきりきりと舞い続けます。


 そしてとうとう三人とも、折り重なるようにばたばたと倒れ伏しました。


 そのときになってやっと、笛吹きは笛を吹くのを止めました。


 針ねずみは温かいポケットの中で、その全てを遠い夢のように幽かに聞いておりました。


 息も絶え絶えになった少年たちをそのままにして、笛吹きは静かに家路に着きました。

 すっかり疲れて眠りかけた針ねずみをポケットから出して、優しくその胸に抱きながら。



     *     *     *




 長い道のりを歩いてやっと家に着くと、笛吹きは明かりを灯し、ストーブをつけました。

 そして針ねずみを火のそばに置いて、温めてやりました。

 けれど、いくら撫でてやっても、針ねずみは丸まったまま、決して体を伸ばそうとはしません。

 その小さな頭の中には、まだぐるぐると恐怖が渦巻いていて、とてもそこから逃れることができなかったからです。

 いきなり乱暴に掴み去られた驚き、突つきまわされた戸惑い、何度も空高く放り投げられたこと、初めて知った川の凄まじさ……。


 それでも笛吹きは、辛抱強く針ねずみをさすり続けました。

 その尖った背中をとんとんと軽く叩いて、あやし続けました。

 夜がとっぷりと暮れて、すっかり更けるまで、そうして日付の変わるまで。

 それから針ねずみをそっとかごに入れると、ようやく明かりとストーブを消しました。

 寒くないように、かごを薄い柔らかな布でくるんでやりました。


「おやすみ、相棒。

 何もかも忘れて、ゆっくり眠るんだよ。

 僕のことも、忘れていいからね」



     *     *     *



 翌朝、笛吹きは、いつもより早く目を覚ますと、針ねずみに新しいえさを用意してやりました。


 ですが、針ねずみはその心尽くしの朝ご飯を食べることができませんでした。


 一晩中、ついに一睡もできなかったからです。


 そうして相変わらずかごの隅に丸くなってうずくまっておりました。

 

 そしてそのまま何日も、ただただ恐怖の中にどっぷりと浸かっておりました。


 けれど、そんな日が続いたある日、心も体もおびえることに疲れ切って、小さな生き物はようやく眠ることができたのです。


 それは泥のように深い、何もかも忘れた、夢ひとつ見ない、底のない程の眠りでした。


  


 ようやく針ねずみの目覚めた朝、眩しい光と風の中で、笛吹きが久しぶりに笛を吹きました。


 針ねずみが初めて聞く曲でした。

 

 静かで柔らかな音色でした。


 その音に包まれて、針ねずみは自分の縮こまった心と体が、ゆっくり解きほぐれて広がっていくような気がしました。


 それは全く、手足を思う存分伸ばして、のびのびと寝ころびたくなるような曲でした。


 針ねずみは、手足を伸ばして大きく伸びをしたいような気がしたことが、いつかどこかであったように遠く思いました。


 今は体も心も硬くこわばったままでしたけれど、その端っこが少しだけ緩んだような気がしたのです。

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