第3話「泉」

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 娘は再び泉を求めて森を探索していた。


「もう、どうして見つからないの?」


「もしかして、あれは夢だったのかしら...」


「村に着いたらお花も全部枯れちゃってたし...」


———ガサッ ガサッ


「きゃっ」


「まきゅーっ!」


「あなた!やっぱり、夢じゃなかった!」

「まきゅーっ!!」


「ねぇ、あなたあの泉の行き方をしらない?」

「まきゅ?」


「もう、またとぼけて!」


「あら?あなたの頭のお花?枯れてないの?」


「まきゅん!」


 そういうと、切株の魔物は両手を腰に当てて鼻を高くしている。


「あら?何かあなたから甘い香りがするわね?」

「樹液?」


「んー、さすがに採ったら怒るわよね?」

「まきゅきゅ!」


「いいの?」

「まきゅん!」


「じゃあ、遠慮なくいただくわね」


 結局、娘はあの泉を見つけることはできなかったが、切株の魔物と密かな交流が彼女の楽しみとなった。

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 アルドたちが地下牢を抜けた先には、鉱窟の坑道につながっていた。おまけに、手を振ってアルドたちを待つもちょろけ付きだ。


「まく、まく!」


「あ、もちょろけ。よかった、無事だったのね。心配したのよ。わたしのことを見捨てて逃げ出したことは、不問にしてあげるわ」


「まっちゅ~...」


———パタン


「——え?」


 最後に扉から出たグレースが、扉を閉めると確かにいま閉めた扉がなくなっていることに気が付く。


「どうした、グレース?」


「扉が消えたわ」

「えぇー?怪奇現象?」


「落ち着きなさい。わからない原理をあれこれ考えても始まらないわ。とにかく、進みましょう」


「———まくまく!」


「どうしたの?ここには何もないけど」


「ただの坑道の壁だな」


「———待って!僅かに風の流れが感じ取れるわ」


「本当か?オレには何も感じ取れないけど」

「わたしも」


「ちょっと下がってて!」


 そういうと、グレースは小さな爆薬と取り出し、火をつけた。小さな爆音とともに、抜け道が露になった。


「すごい、もちょろけ」


「ちょっと、道をあけたのは私よ」

「発見したのはもちょろけでしょ?気づかなかったくせに...」

「まぁまぁ、二人がいなければ、こうして隠し通路を通ることもできなかったよ」


「そう?わかればいいのよ」


「———そういえば、アルド。聞くタイミングを逃してしまったのだけど。あなたたちが何か緑色の光からこの町に降り立つのを目にしたのだけど、あれは私の目の錯覚だったのかしら?」


「ああ。そういえば、グレースは先に村長の家を出ていったから話してなかったな。信じてくれるかはわからないんだけど」


 アルドは、道すがら自分たちの事の顛末をグレースにつぶさに説明した。


「時空を超えてきた?異時層...もう一人の私...信じられないわね」


「まぁ、仕方ないよ。すぐに信じるって方が無理があるよな」


「...その、時空を超えるということは、例えば、過去に行くことも可能なのかしら?」


「ああ、パルシファル宮殿にも行ったことがあるし、未来にも行ったことがあるよ」


「えー、過去と未来にも行けるの??」

「まきゅぅ!」


「パルシファルの人たちに失礼といったのはそれゆえね」


「———それで、未来にほとんど人間はいないのかしら」

「え?そうなんですか?」


「いや、そんなことはないよ。未来の人たちは空にエルジオンという町を作って生活してるんだ」


「ええええ!何それ!?...行ってみたい!!」

「まきゅきゅん!!」


「空に町?ということは、地上で生活することには、何か問題があるの?」


「するどいな。未来では、人が生活してる地上には瘴気が発生しているから人が暮らせる環境なんてほとんど残ってないんだ」


「ええーーー、すごいと思ったのに一気に世紀末感が...」

「まきゅきゅ...」


「グレースは、過去や未来に興味があるのか?」


「あら?時を旅すると聞いて、その話を聞きたいと思うのは自然な事ではなくって?」


「それもそうだよな、ははは」


 一同は坑道を進みながら、アルドの旅の話に耳を傾けた。一度話が途切れたところで、アルドはグレースのこれまでのいきさつについて尋ねてみた。


「なぁ?オレたちの知ってるグレースもハンターだった、ということは知ってるんだけどさ。なんで、ハンターになろうと思ったんだ?」

「え?あのおばさんもハンターだったんだ」


「あっちの私とやらに聞いたことはないの?」


「ああ。そういえば詳細は聞いたことないなって」


 一息ついてから、グレースは自分がハンターになった経緯を話してくれた。


「私の家系はね。代々花火師なの」


「へぇ、花火師か。すごいじゃないか」


「王都の祭典のときにも、よく使われるような由緒正しき家系よ」


「へー、そう...一体それがなんも関係があるんですか」


「ちょうど、私の祖父の代のときね。魔獣との戦が激しさを増していったのだけど、そこで、祖父は花火を爆弾として転用し始めたの」


「え?」


「もともと火薬の扱いのプロだから、戦闘でも大活躍だったわ。王都からもその功績を称えられ、魔獣からは恐れられたわ」


「でも、私の両親はそれを嫌がったのよ。純粋に花火師としての仕事を全うしたがっていたわ」


「優しい両親なんだな」


「ええ。とても」


「———でもね。暗殺されたの。祖父の爆弾に同胞を殺された恨みを持った魔獣たちの手にかかってね」


「「え?」」

「まきゅ?」


 グレースの予想外の話に三人そろって驚きを隠せない。


「私がまだ子供だったときにね」


「うっ...」


 モナは母親を亡くしているが父親は健在だ。グレースに食って掛かったこと少しを後悔した。あくまで少しだけ...


「戦いを嫌い、優しかった両親は、あっけなく殺されてしまった。私は...『絶望』したわ」

「——!まく?」


「私は一人で生きていくしかなくなった。そのとき、気が付いたの。生活していくためには『お金』が必要だって。でも、まだ子供だった私が持っていたのは花火をつくる技術だけ。戦闘の技術はなかった」


「だから、戦闘用の火薬を扱うお店で働く傍ら、爆薬の力を最大限活かせるように、弓矢で爆薬を遠くまで飛ばす技術を自力で身につけたわ」


「そして、先の魔物の戦いで、魔獣のキメラを狩りまくった。そこで付いた異名が『獅子狩り』よ」


「...本当は———」



「ん?」


 グレースは最後に小声で何かを言ったようであったが、アルドはよく聞き取れなかった。


———しばらくの間、沈黙の時が流れていた。しかし、外の光が見えたところで、もちょろけが声をあげる。


「まきゅきゅ!」


「ここは森?」


「え?でも、この町にこんな深い森があるようには見えなかったけど」


「ほとんど開発されつくしてたからな」


「ずいぶん、薄暗いね...」

「あら?怖いのかしら?」


「全っ然っ!!」


「いくわよ、もちょろけ!」

「まくまくぅ」


 足取りを早めるモナであったが、もちょろけはモナのスカートの裾を手で引っ張る。


「どうしたの?」


「どうやら、そっちじゃないみたいだな」


「え?なんで、もちょろけが道を知ってるの?」


「あら?あなたがわかるのかしら?」


「し、知らないけど...なんでおばさんまで、もちょろけを信用してるのよ」


「モナ、たぶん、さっきの人が行ってた『鍵』っていうのは、たぶんもちょろけのことだ」


「さっきも、風を感知していたでしょう?それに、おばさんじゃありませんっ!」


「むぅ...」

「まくく」


 まるで、どんまいとでも言っているかのように、長い腕を伸ばしてモナの肩を叩いている。

 しかし、モナが怖がるのも無理はない。何せ、木々と草以外のものは何もない。少なくとも、不気味な森であることは間違いなかった。


———しばらく歩いていると、グレースがあることに気が付く。


「ねぇ、何か坑道の出口よりも暗くなってきてないかしら?」


「あれー?もしかして怖いんですかぁ??」

「ち、違うわよ。嫌な予感がすると言っているの」

「ふぅーん...」


 モナは嬉しそうにグレースをからかっているが、アルドはグレースの意見に賛成であった。アルドは、暗くなっていることには、言われてから気づいたものの、前に進むにつれて何か憂鬱な気分になるのを感じていた。


「モナ、おれはグレースの意見に賛成だ」

「ほら見なさい。狩人の勘を甘く見ないことよ」


「つーんだ...」


「まくく!!」


 モナの反応を待つ前に、突然、もちょろけが一目散に前に走りだした。


「え?ちょっと、どうしちゃったのよ」


「おれたちも追うぞ」


 すると、突然、もちょろけは足を止める。

 モナが「もちょろけ」と声をかけようとした瞬間、モナは前方に開けた空間を目にする。

 そこには、鈍い銀色の水であふれる泉があった。泉の周りの草花は黒く変色するか、すでに枯れ果てており、地面がむき出しになっている。さらに、その泉から薄紫色の気体が発生しているのが見えた。


「———!まさか、これは瘴気か?」

「ええ?じゃあ、まずいんじゃ」

「まくー!まくー!」


 もちょろけは泉の方へ駆け寄って、銀色の水に手を延ばす。


「ちょ、ちょ、ちょっと、もちょろけ!」


 モナの呼びかけも空しく、もちょろけの腕が銀色の水に触れる。すると、泉の中からごぼごぼと音を立て、銀色の水をまとった獣型の魔物が姿を現した。


「ポギャーーーー!!!!」


 叫び声と同時に生じた風圧により、まちょろけが吹き飛ばされた。


「みゃぁぁくーー」


「『キツネ』?いや、違う?まさか、これが狐狸伝説の『タヌキ』?それならば、討伐対象に入るわね」


 すかさず、グレースは弓を引き、矢を飛ばす。まずは様子といったところか。

 しかし、矢は水の衣にのみこまれ、そのまま消滅した。


「厄介な衣を纏っているわね。火薬が必要ね」


「オレが行く!ファイヤスラッシュ!」


 火を纏ったアルドの剣が素早く水の衣を引き裂く。


「ポギィィィーーー」


「効いたか?」


 アルドの一閃で水の衣を引き裂いたかと思われたが、再び水の衣がぼこぼこと音をあげ、再生していく。


「ポギャーーーー!!!!」


「うわっ」


「タヌキ」は再び奇声を上げ、風圧を飛ばす。

今度はアルドが吹っ飛ばされた。


「グレース。何かわかったか?」


「ええ。まず、厄介な衣が火で蒸発しているのが見えたわ。ただし、衣の再生スピードが速いわね。幸い、タヌキの動きがおそいから一気に吹き飛ばせそうよ。とどめは任せるわよ」


「わかった」


「ポギィィィーーグギャーーーー!!」


 タヌキが叫びながら、腕を振りあげると、銀色の水の玉が雨のように降り注いだ。それに対し、グレースは素早く対応する。


「くっ、『枝垂れ柳』!」


 グレースは爆弾矢を嵐のように打ち上げ、水玉を一つ残らず見事に打ち抜いた。


「———まくまく!」

「え?苦しんでる?あの『タヌキ』さんが?」


 上から落ちてきた水滴が自分ともちょろけにあたらないように斧で払いながら、もちょろけの言葉の意図を読み取る。


「まくーーーーーーーーー」

「ちょっと、もちょろけ!!」


 モナは「タヌキ」の方へ、もちょろけが駆け寄ると想像したが、それはすぐに間違いだと気づく。


「なんで泉の方へ?」


 モナは、一瞬戸惑いを感じながらも、自身がすべきことを直感した。もちょろけを守らねば、と。


「アルドさぁん!お願い!『タヌキ』を抑えてて!」

「モナぁ?もちょろけも!?よくわからないけど、わかった!」


「アルド、隙をみて離脱して。爆発に巻き込まれたくなかったら」


「そっちも、了解だ」


 アルドは瞬時に『タヌキ』の方へ駆け寄る。『タヌキ』はアルドに気づき、水の玉を投げつける。

 それをアルドは剣で受け流しながら、華麗に避けていく。そして、アルドの一閃が再び「タヌキ」に届く。


「ボルケーノブレイド!!」


「よし、こっちだ。『タヌキ』!」


 アルドはバックステップで距離を取りながら、地面を剣の剣先でたたき、キンキンと鳴らしながら『タヌキ』を挑発する。


「ポギィィィーー」


 アルドの思惑通りに、「タヌキ」はアルドの方へ向かっていく。

 それを確認し、アルドは待ってましたと言わんばかりに、剣の一閃を地面にたたきこむ。


「『回転切り』!!」


 その瞬間、地面の岩が盛り上がり、「タヌキ」の目くらましとなった。「獅子狩り」は、その一瞬の隙を見逃さなかった。十数の爆弾矢が一斉に「タヌキ」を襲う。


「『花雷』!!」


 数多の矢と爆撃を受け、「タヌキ」に大きな隙が生じた。そして、アルドは「タヌキ」は渾身の一撃を叩き込む。


「いまだ!『エックス斬り』!」


 グレースとアルドの連携を受けて、「タヌキ」は地面に倒れこんだ。


「ふん、なかなかやるじゃない」

「グレースもな」


 しかし、アルドには何か切り裂いた相手に足してどこか違和感を受けた。そして、その違和感はすぐに確信に変わった。「タヌキ」の体内から不気味な音が鳴り響いたのだ。


———ぼこぼこぼこぼこ


 アルドが斬りつけたはず傷から、銀色の水の泡が発生している。それは、瞬く間に水の衣となって再生した。


「そんな...」


「ポギィィィーーー」


「くっ、こんなのどうやって倒せっていうのよ」


 その時、泉の方から、もちょろけの叫び声と共に、七色の強い光が輝いた。


「まくーーーーーー!!!」


「なんだ?」


 アルドとグレースは、泉の方から突然発せられた七色に輝く光に目を向ける。よく見ると、もちょろけが泉の水に手を付けているようだ。その輝きは、もちょろけからも発しているようにみえる。


「な、な、なんかもうよくわかんないけど、もちょろけの邪魔はさせないわ」

「まきゅーーーーーー!!」


 もちょろけが叫ぶと、さらにその輝きの強さが増す。

 一同がもちょろけの動向を見守っていると、光が薄くなっていくのと同時に、鈍い銀色の水の色が透明で澄んだ色の水に変化していることに気が付いた。

 同時に、『タヌキ』の水の衣もはがれていき、先ほど与えた傷が復活し、そのまま動かなくなった。


「すごい...」


「あっ、もちょろけ」


 もちょろけがそのまま倒れこむと、モナはふと我に返り、もちょもけの安否を確認する。


「大丈夫?もちょろけ、もちょろけ!」


 


————

『——ちょろけ』

『——約束、ちゃんと守ってくれているのね』

『——ありがとう』


 もちょろけは、夢かうつつか判断がつかない意識の中で、確かに懐かしい声を聴いたのであった。

————


「まくぅぅ~」

「よかった。気が付いた。もちょろけ、すごかったわよ」

「まくぅ?」


 もちょろけは、左手を頭の上にのせている。どうやら、何のことなのか本人はよくわかってないらしい。


「———何よ。これ」


 グレースは、先ほど仕留めた「タヌキ」の遺体を確認していたところだった。何か問題があったことを察し、アルドが声をかける。


「どうしたんだ、グレース」


「アルド。あなた、いままでゴーレムを相手にしたことはある?」


「ああ。たまに相手にすることもあるな」


「てっきり私は、『タヌキ』や『キツネ』を獣型のゴーレムかと思っていたわ。珍しいケースだけど、仕事上ゴーレムを相手にすることも多いしね」


「でも、これをよくみて。ゴーレムの構造とはまるで違う。こんなもの私は今まで見たことがないわ」


「ん?どれどれ...え?これは」


 アルドは、煙が吹いている「タヌキ」の残骸に目を向ける。鈍い銀色の水を纏っていた衣は消え失せ、「タヌキ」の肌がはっきりと見て取れる。

 

 しかし、それは“古代” の遺物でも“現代”の魔物でもなかった。爆発の影響で「タヌキ」の“皮膚”は黒焦げになっていたが、アルドはその銀色の金属の皮膚、透明な赤い目、機械の関節、まるで“未来”の「警備ハウンド」のようだ。


「これは未来のロボットか!?なんで、こんなところに?」


「———やっぱり、本当だったのね...」


「何か言ったか、グレース」

「ふん、何でもないわ」


「まくく...?」

「え?」


 すると、急に泉が消えかかり、あたり一面が真っ白の光りに包まれた。

 気が付くと、一同は村長の家の付近の森に佇んでいた。


「え?あれ?オレたちはなんでここに?」


「さぁ...怪奇現象?」

「まくく?」


 一同はわけがわからず、沈黙したまましばらくのあいだ立ち尽くしていた。




———— ホライ町庁舎最上階 「サル部屋」

 白フードを纏った男は、ある異変に気が付いた。


「——まさか、「タヌキ」が制御を外れたのか?」


「いや、かえってそれは好都合か...まぁどぉでもいいがな」

 

 男は、そう言って、不敵に笑うのであった。


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