第2話「歴史を知るもの」

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 とある村娘は森で迷子になっていた...


「もっと村に彩りを与えたくて、ずいぶん森の奥へ来ちゃったけど…」


「一体、ここはどこなのぉ?」


「うぅ~、わたし村へ帰れるのかしら」


———ガサガサッ

 突然、草の陰から生き物が通ったような物音が聞こえた。


「きゃっ!?」


「何?」


 恐る恐る音がした方へ近づいていくと、切株の姿をした小さな魔物がいた。


「ひぃっ、ま、魔物!?」


 急なことで地面に倒れこむ。何しろ、おそらくここは村から遥か遠くの方だ。助けは期待できそうにない。娘は命の終わりを垣間見たのである。しかし、この感情はすぐに消え去ることになる。


「ま...ま...く...」


「え?もしかして、怪我をしてるの?」


 娘は小さな魔物をゆっくりと観察した。小さな魔物の木の肌は獣に引っかかれたであろう爪痕が多数残っている。他の魔物に襲われた後、かろうじて逃げ出したのだろうか。


「どうしよう。治癒魔法なんて使えないし、薬草もこの辺には...」


 その時、自らの視線の先がうっすらと輝いていることに気が付いた。


「え?何?いままでそんな光なかったのに...」


 木々をかき分け、娘はゆっくりと光の方へ進む。すると、そこには七色に光り輝く泉とそれを囲むように、たくさんの赤、青、黄、緑の花が咲いている。


「なんてきれいなの...」

「ま...ま...く...」


 小さな魔物が泉に向かって手を伸ばす。


「あそこに行きたいのかしら」


「よいしょ」


 娘は小さな魔物を抱きかかえ、泉の方へ近づいた。魔物が水の方に手を伸ばしているので、そのまま泉の水につけてみた。


「これでどうかしら?」


 すると、小さな魔物の傷がみるみる癒えていくではないか!


「すごい...」


「まく!まく!」

「お礼を言ってるのかしら?どういたしまして」


「それにしても、すごくきれいな場所。村の森にこんな素敵な場所があったなんて...」


「あなた、ここがどんな場所なのか知っているの?」


「まきゅ?」


 魔物は、左手を頭の上に置き、とぼけた顔で応える。たぶん、魔物もこの場所のことはよくわかっていないのだろう。


「あっ、いけない。すごい光景に見惚れてた。少しこのお花頂いてもいいかな?」

 娘は四色の花を摘んだ。そして、魔物の方へ目を向けるとあることを思いついた。


「そうだ!あなた見た目が少し怖いからこのお花をあげるわ。頭の上にね。ちょうど、頭に埋められるみたい。ほら...かわいくなった!」


「まくぅ!まくぅ!まくぅ!」


「嬉しい?ふふふ」


 娘は魔物がすごく喜んでいるように見えた。一瞬、魔物の体の奥で何かきらりと光ったように見えた気がしたが、娘にはよくわからなかった。


「まくぅーーーー」


 小さな魔物が、泉から発生している光を風で飛ばす。これはどこか続いているのだろうか、例えば...


「もしかして。村の方に続いているの?」

「まきゅ!」


 魔物はこくりと頷いて応答する。それを見て、娘は心底安堵したのである。


「ありがとう!これで村に帰れるわ!」


「って、やっぱりこの場所のこと何か知ってるんでしょ?」


「まきゅ?」


 魔物は、再び左手を頭の上に置き、とぼけた顔で応える。


「もう変なの?ふふふっ。まぁいいわ。ありがとう」


 そして、娘は光を辿って村へ戻る。

 これが娘と小さな切株の魔物との最初の出会いであった。


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——————異時層ホライの森付近


「うわぁ...あの人、自分で『凄腕』って言ってるよ、アルドさん」

「モナ...」


 アルドは、先ほど自分も『凄腕』の木こりと言っていたことを棚に上げているな、と思ったが余計なことは言わないでおいた。


「ごあいにく様、私は自分を嘘で塗り固めたくはないの。それが自分の腕と言葉ならなおさらでしょう?」

「うっ、聞こえてた…」


 アルドはいわんこっちゃない、と思ったが、ここでも特に応答しない。


「ところで、そこの小さいお嬢さん。弱いお子様が何を出しゃばっているの?」


「むぅっ?小さくありませんっ。弱くありませんっ。に助けてもらわなくても、自分で何とか出来てましたけどぉ」


 異時層の若きグレースの挑発に対して、モナはツンとした表情で反論する。


「おばっ...、失礼ね!成人の儀をおこなったのはそんな昔のことではありませんっ」


「その割には、すでに小じわが目立ちますよ。しかめっ面で」


「こぉんの、くそがき...」


 これはさすがにまずいとアルドが思ったその時、村人と思える人物が遮ってくれた。


「あのぁ…すみません。みなさん、助けていただきまして、ありがとうございました。村民の代表として御礼申し上げます」


 アルドは流れが変わったことに安堵した。その流れを切らないようにアルドは続けて質問する。


「いったい、何があったんだ?」


「待って。村長ということは、あなたが依頼主のマルコね。まず、報酬の確認をしたいのだけど」


「依頼...ですか?そういえば、何年か前に王都に腕のいいハンターを派遣していただくように依頼を出したはずですが。音沙汰がなかったので、もう諦めていました」


「そんなはずないでしょ。私は依頼を受け取ってすぐに王都からホライに駆け付けたのよ」


「...ほらい?アルドさん。いまあの人、ホライっていったの?わたしの村と同じ名前」


「ああ、そうだろうな。簡単に言うと、ここはホライであって、オレたちが知ってるホライではないんだ。たぶんな」


「え?」


「それに、あのグレースって人は、おそらくモナが知ってるグレースの若い時の姿だ」


「ええ!!どうりであのしかめっ面に見覚えがあったわけっ!わたしの知ってるおばさんよりも性格きつそうだけど」


「そっちか、別のホライにいることに驚くかと思った」


「え?だって、ホライであってホライじゃないんでしょ?なんとなく状況を読み込めたわよ。なんとなくだけど」


 何という逞しさだろう。その身体能力といい、もちょろけとの連携といい、すでに旅の仲間と遜色ないくらいだ。


「まぁ、せっかく来ていただいたのですから、くだんの報酬はお約束します。ただ、いまこの町はある抗争の真っただ中なんです。こんなところで立ち話もなんですし、それも含めて私の家でお話しますよ」


 アルドは、道すがらモナは事の顛末を周りのみんな聞こえないように小声で、ここは異時層でも少し昔のホライであることを補足した。

 

「それよりオレが驚いたのは、村の雰囲気だよ」


「うん。わたしたちのホライよりもずっと大きくて豪華...ちょっとうらやましいかも」


 アルドは久しぶりに訪れたホライの村の活気に驚いたものだが、この時層のホライはそれを遥かに凌ぐ。村の人数は千人規模で、すでに村というよりは町である。

 村長によると、商業も盛んのようで、山菜の店のみならず、王都でみるような料理屋も充実しているそうだ。

 また、託児所、病院や薬屋のようなものもある。さらに、炭鉱の洞の近くには一層立派な建物がある。それは庁舎であるとマルコが説明してくれた。


「でもさ。どこか異様な雰囲気だな」

「そう?」

「まく、まく!」


 モナは景観の方に目がいっているようで気づいていないようにみえたが、もちょろけも自分と同じ雰囲気を感じ取っているようだ。

 この町に住みたくないという感情が何故か湧き上がってくる。何というか、町民に活気はあるが、活力はないような。


「着きました。ここです」


「え?ここか?」


「はい。ここです」


 マルコの家は、街の外側にあり、森の入り口の近くにある。まるで、町から疎外されているようだ。

 その家は、自分たちが知るホライの家屋に似ているがそれよりも古くてずっと大きい。しかし、不思議とアルドはこちらの家の方が落ち着くのであった。


「村長さんたち、お帰りなさい。無事ですか!」


「ただいま、コランさん。思わぬ助っ人がありまして全員軽傷です」


「よかった。では、けが人はこちらで手当てしますね」


「ありがとう、コラン」


「すみません、みすぼらしい家で。先ほどは助けていただきまして本当にありがとうございました」


「さっきの魔物の襲撃は何だったんだ?」


「あれは、魔物を使役して、森の開発を進めていたんです」


「それに魔物を使役?しかも、こんなに町は発展しているのに開発するのか?」


「実は…」


 マルコが言うところによれば、廃村であった鉱山の村をマルコともう一人の人物で再生させたらしい。村を再生させる傍ら、村人を増やし、炭鉱の開発も進めていった。銅、銀、そして金。あらゆる鉱石が採掘されることが知れ渡ると、その噂を聞きつけた外部の人々が徐々に村に帰化していったそうだ。


「村の復興は決して簡単なものではありませんでした。一人が抜け駆けすると、村全体の経済が崩壊しかねません。森の管理にしても同じです。輪番制を取って交代でグループごとに決められた量のみを伐採するなどして、あくまで森の生態系に悪影響を与えない範囲内で伐採していたのです」


「うん、それはよく知っている。鉱石を製錬するにはたくさんの木材が必要だから、木を刈る場所は、厳しく決められているのよね」

「まく!」


 しかし、ついに彼らは数年前に見つけてしまったのだそうだ。そう、あのプリズマの鉱脈を。


「そこから争いが始まったのか…」


 マルコはこくりと頷いた。


「誰がみつけたか、だれが貢献したかなど争うことになりました。しかし、村の最初の復興者の一人が、力で独占し始めたのです」


「力で独占?」


「はい、独占したうえで煽ったのです。たまたま村に訪れた人に対して『空前の“プリズマラッシュ”が来ている!』、と」


「うわさは瞬く間に広がり、村はプリズマを求める人であふれかえりました。しかし、村の外から来た人たちにプリズマなんて獲れやしないんです。力で独占しているので、彼ら以外には」


「その、プリズマラッシュに煽られて村に来た人たちはどうなったんですか?」

「そんなこともわからないの?やっぱり、子供ね。彼らの駒になったのでしょう。」


「ええ、そう思っていて差し支えありません。新しい町長を頂点とした商人ギルドの支配下になっています。富と力でかなわないことがわかったので、多くの人は無気力になり、無関心な態度を貫いています」


「...ならば、どうして町から人が出ていかないんですか?」

「まきゅきゅ?」


「はぁ...町の様子を見なかったの?それを差し引いても暮らしやすいからでしょう?」


 モナの堪忍袋の緒が切れる直前であることを感じ取り、アルドは必死にフォローする。


「モナ、落ち着いて。本人に悪気はないんだ、きっと」

「絶っっ対、悪気あるし!悪気ない方がたちわるくないです?」

「まきゅん!」


「彼らは、プリズマを独占しているのですが、それは莫大な富を独占しているということではないんです。ギルドの業務は、プリズマを精錬するための材料の採取、運搬、舗装作業、売り上げの勘定など、多岐にわたります。しかし、ギルドが依頼する業務に町民が従事すれば、町民の生活は保障されるのです。しかも、それはプリズマ鉱脈が発見される前よりもずっとよいものです。また、医者や薬師など専門的な知識や技術を持っていれば、彼らの生活も保障されます。医療サービスなどは、お金は取りません」


「え?すごい」


「なるほど。ずいぶん先進的だな」


「既存の村の勢力、といっても十数人程度ですが、我々は彼らの経済圏には関わっていません。なので、わずかに残っている森から得られる資源や外から来た商人と交易することで何とか生計を立てています。町民も抗争に特に関心がないので、この村を離れずに済んでいるわけですが」


「抗争とやらには興味はないわ。勝手にやってちょうだい。そろそろ、私の討伐対象を教えていただけるかしら」


「———『キツネ』です」


「「キツネ?」」

「まくく?」


 アルドとモナ、そしてもちょろけは三人同時に反応する。


「その力は、先ほどのように魔物を統括して町を襲ったり、火事を起こしたりなど、色んな被害があります。でも、姿をはっきりと見た人は少なく...それで、王国でも名のあるハンターを派遣するように依頼をしたのです」


「え?あの怪談話、本当なの?」

「まくく?」


「べ、べ、別に怖くなんてないんだからね」

「ふん」


 グレースはモナの言葉に余計な反応を見せ、こう続ける。


「キツネのような姿の魔物は特別珍しくはないけど、別種の魔物を統括する力を持ったそうはいないわ。あなたたちの見間違いじゃないの?と皮肉りたいところだけど、私はその現場に居合わせたばかりなのよね」


「ちょっと待ってくれ。オレに魔物の正体に心当たりがある。たぶん、それはたぶん幻視エコー...いや、えーと...『骸顔児』だと思う」


「なんですって!」


「がいがんじ?って何?アルドさん」


「簡単に言うと、人の欲望や思いを食べて成長する生き物っていうんだろうか。見た目は、四本の足をもち、腹に大きな幼い子供の顔がたくさんついた巨大な生き物のことだ」

「うぇ、なにそれ...」


「う~ん...僕が知る限り、そういうものには心当たりがありませんね」


「本当か?」


「とはいっても、プリズマ鉱脈は彼らに独占されているので、もしかしたらそのようなものもいるのかもしれませんが」


「それが本当に『骸顔児』だとしたら、時の流れに異常をきたすと聞いたことがあるわ。辻褄は合うわね。でも、他の能力については聞いたことがないわ」


「それはオレも引っかかってる」


「ふん。いいわ、直接確かめてくるわ」

「まさか、グレース一人で鉱脈に行くのか?」


「そんなわけないでしょ。ちょっとした下調べよ」


「...行ってしまいましたね。アルドさん…でしたっけ?いろいろとお詳しいようなのですが...」


「ん?あんた、コランだっけ。そういえば、こっちの事情も少し説明したほうがいいかな。信じてもらえるかはわからないんだけど」


 アルドは、事の顛末をつぶさに説明した。


「————異時層からの来訪者...ですか。俄かには信じられませんね...」


「時空の穴が開いたということは、オレは何かが起こっている証拠だとは思ったんだけど」


「それが、いまホライで起こっている争いが関係しているのではないかとそういうことですね?」


「ああ。最近、町で何かおかしいところとかなかったのか?」


「そうですね...」


「———!そういえば、村長さん。プリズマ鉱脈が発見される前は、主に王国に鉄や銀、まれに金を出荷していましたよね。いまも、それは変わらないんですが。プリズマはほとんど出荷されていないんです」


「ん?どういうことだ?」


「つまり...プリズマを掘っているけど、儲けていないということですか?」


「いえ、彼らがプリズマ鉱脈を独占して以降、彼らに多くの富の蓄積が出来たのは間違いありません。でなければ、こんなに羽振りの良い政策を打てるはずがありません」


「え?じゃあ秘密裏にどこかと取引をしているとかですか?」


「はい、こちらもその手がかりをずっと探しているのですが、見つけられずにいました。しかし、です」


「もしかして尻尾をつかめたのか?」


「ええ。以前は町の中を開発していたのですが、最近になって、急速に森林を破壊して、各町への交通インフラを整備し始めているのです。それに比例して、プリズマの出荷量も少しずつ上がってきているようなんです」


「たしかに妙だな。だとすると、何かしらの事情があって秘密裏の取引が出来なくなったということか」


「そう考えるのが自然ではないでしょうか。なので、いまが尻尾をつかむチャンスなんです。しかも、我々の人数もかなり減ってしまったタイミングで凄腕のハンターたちがきてくれた」


「なんか自称っぽいですけど...」


「まく、まく」


「ははは、乗り掛かった舟だ。オレにも手伝わせてくれ」


「いいんですか?」


「もちろん!ん?どうした、モナ」


「ううん、アルドさんってば、噂通りのお人よしですね、ふふふ」


「どんな噂か聞いてもいいか?」


「ふふふ、わたしたちも手伝います。ダメといっても行きますよ」

「まくく!」


「ところで、先ほどからずっと気になっていたのですが。その魔物は?」


「もちょろけよ。かわいいでしょ?」

「まく!」

 

 まるで、「やぁ」と言っているかのように右手(正確に言うと右枝というべきか?)を挙げて挨拶をしているように見える。


「魔物ですよね?」


「いいえ、『いい魔物』よ」

「まくっ!」

 

 えへん、といった形で両手を腰(正確には木の幹か?)にあてて、鼻を高くしているようだ。


「へんなやつ...」

「まくまくっ!!」

 

 もちょろけは、村民(あとで聞いたのだがゲイルというらしい)を手で殴りつけている。


「痛い、痛い、冗談だ」


「次からはちゃんともちょろけって呼んでよね」


「さて、オレたちも行こうか。いくら『凄腕』とはいえグレースのことも心配だ」




———時は少し経ち ホライ町庁舎最上階 ささやかなる部屋(通称:サル部屋)

 

 ここでは、すでにグレースは町長と対峙していた。右脇には白フードを被った側近と思われる人物が一人控えている。


「———どういうこと?」


「では、快い返事と成果を期待している」


「待ちなさい!」


「詳細は、いまからくる時の旅人に聞いてみるといい」


「時の旅人?」


「では、ごきげんよう」

 

 そう言い放って、手に持っていた懐中時計をポケットにしまった。そして、部屋奥の扉から町長と思われる男と白フードの人物が退出していく。


「————はぁはぁ、追いついたぞ、グレース」


「おばさん、生きてる?」

「まくまく?」


「え?ちょっと待て!あんたたちに聞きたいことが...」

 

 しかし、アルドたちが部屋に追いついたときは、すでに男たちが退出するところであった。


「———『獅子狩り』とやらよ。今度の『獅子』はそぉ容易くはないぞ。まぁ、どぉでもいいがな」

 白フードの男が不敵に笑いながら、誰にも聞こえない声量でつぶやいていた。



———ドアが閉まる音がした後、突然、アルドたちの目の前に魔物が現れた。


「えっ?急に魔物ぉ?もしかしてこれが『キツネ』??」


「まくくぅ?」


「キツネ型のゴーレム?そんなもの見たことが...」


「ゴォォォン!」


「くるわよ!小さいお嬢さんは下がってなさい」


「いーだ!!いくよ、もちょろけ!」

「まく!」


 「キツネ」は、ものすごいスピードで部屋の中を縦横無尽に駆け回る。


「くっ、なかなか素早いぞ」


「ふん、なんのこれしき」


———ヒュっ!


「ゴォ...」


 グレースが放った矢は、見事に「キツネ」を射抜く。凄腕というのも、まんざら嘘でもないらしい。


「いまだ!すばやく叩き込め!」

「ハヤブサ斬り!」


「やぁ!」

「まくっっ!」


「ゴギャギャ...」


「やったか?」

「いいえ、まだよ」


「ゴォォォン!!」


 その時、「キツネ」の体から炎が発生した。あっという間に炎は部屋一面に広がっていく。


「うわぁ、熱っ」

「まくーーーーーーーーーー」


 炎が広がるのを見ると、もちょろけが一目散に部屋から逃げ出していく。


「あっ、もちょろけ!」


「もちょろけは火とネコが苦手なの。みんな、やけどは大丈夫?少しだけど回復魔法が使えるの。こっちに集まって」


「リトルマミー」



「ゴォォォォン!!」



 待っていましたとばかりに、「キツネ」が叫びだす。そして...


「————え?」


 それは、ほんの一瞬の出来事であった。やけどが和らいだ瞬間、生気が吸われるような悪寒に襲われた。

 一行が気付いたときにはすでに遅く、皆の意識はすでに遠のいていた。



————ホライ町庁舎地下牢


「うっ...」


「良かった。気が付いたか、モナ」

「アルド...さん」


「はっ、ここは?もちょろけは?」


「庁舎の地下牢だよ。もちょろけはわからない」

「何があったの?」


「完全に油断したわ。『ホライのキツネはかさぶたを食べる』という逸話は知っていたけれど、回復魔法を逆に作用させるなんて」


「ご...ごめんなさい」


「ふん、それも含めて自分の失態として認めるだけよ。わざわざ人のせいになんかしないわ」



———コッ...コッ...コッ...



 その時、牢の通路の奥から足音が近づいてきているのがわかった。


「え?なんか、怖い物じゃないよね?アルドさん」

「おだまりなさい。空気が悪くなるわ」



「————ご安心を。怪談話の類のものではありません」




 それは、白フードの人物であった。声からして女性であろうか?




———カチャン、ギィィ




「え?開けてくれるのか?」


「なんで?」


 アルドは、先ほど町長と思われる人物の隣にいた白フードと同一人物かと思ったが、体格が違うことに気が付いた。


「このまま、左にまっすぐに進みなさい。荷物もそこに。そして、きっと『鍵』もあるわ」


「「かぎ?」」


 アルドとモナは仲良く反応する。


「あなたがいま来た道、つまり右に進んだらどうなるのかしら?」

「庁舎に上がれるわ。きっと命の保証はないわね」


「...そう?なら、おとなしく左に行きましょう」


「わたしたちは最初からそのつもりなんですけど...」



「————『西の果ての村 その洞の奥に大いなるもの眠らん』」



「「え?」」


 アルドは聞き憶えのある詩に、モナは知っている詩と違うことに対して反応した。



「『大いなるもの』は、プリズマ鉱脈ではない」


 そういって、白フードの女は去っていった。


「「———?」」


 アルドとモナは二人して首をかしげながら、出口に向かう。

 

 そしてこのとき、グレースがフードの人物の後ろ姿を鋭くにらみつけていたことには、誰も気がついていなかった。

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