時の炭鉱と獅子の使徒 ~ Another Story of Grace of Prisma ~

@ideal_anaden

第1話 「狐狸の棲む町」


——————————————————————————————————————

愛するあなたへ


いまや、村は団結し栄え、人々は希望に満ち、私も充実した毎日を過ごせています。


しかし、なぜでしょう。いまになって思うのです。


どうして、あの時、人々の欲を、そして、あなたを止めることが出来なかったのか、と。


もし、再びあの日に戻ったとして、私はあなたを止める選択ができるかどうか、実はあまり自信がないのです。


そんないまの私を見て、私を探し、この世を去っていたというあなたは、なんて声をかけてくれるのでしょうか。


そう考えずにはいられないのです。


人の欲が残り

       鉱石はいずれ消えゆく

                  やがて、私も余生は少ない


                           収穫祭の日に グレース ——————————————————————————————————————


 老婆は無心でこの世にはもう受け取り手のいない手紙を書いていた。

「——だめね」


 ため息をつき、せっかく書いた手紙をすぐにくしゃくしゃにし、ゴミ箱に投げ捨てる。

 この頃、老婆は焦燥に駆られながら、かつての旦那に向けた手紙を書いては捨て、書いては捨てを繰り返していた。まるで、自分の死期が近いことを悟っているかのように...


「そろそろ、行こうかね」


 グレースは重い腰を上げ、重たい足取りで村の広場に向かったのだった。



———————ホライ 入り口付近


「すごいな。村人の人数が増えてる。建物の数も」


「お久しぶりです!アルドさん」


「マーロウ!久しぶりってほどでもないと思うけど。って、心なしかまた少し老けてないか?」


「ええ、あの後も時空の歪みがしばらく残っていたようなんですよ」


「あれから随分月日が経ちました。でも、ホライのうわさを聞きつけて、ホライの住民だったお子さんやお孫さんたちが戻ってきたりしているんですよ!」


「そうなのか、どうりで村が活気に満ちているはずだ」


 マーロウは、かつてのホライの住民の子孫からホライの伝承について知っていることなどを色々と集めたようだ。廃村となる前のホライの名産物や伝統芸能、中には狐狸の怪談話(《かさぶたをたべるキツネ》、《柱に化けるタヌキ》などたくさんあるようだ)や森の泉や妖精伝説などもあったようだ。


「僕はかつての話を聞いて心が躍りました。この村をもっと盛り上げていきたい。かつてのホライに負けないような!」


 マーロウが嬉しそうな顔をしているのを見て、アルドもホライの復興の一助を担ったことを誇らしく思った。


「それで近年始めた試みが収穫祭なんです」


「収穫祭?確かに畑も増えてるな」


「実はプリズマの影響なのか、穀物もよく育つんです。いずれはこっそりキツネやタヌキも祭りに参加して、みんなで楽しんでしまったりなんかして」

「へぇ、夢が広がるな!」

「はい!」


 しかし、アルドはあることに気づいた。収穫祭といっても具体的に何をするのか皆目見当がつかなかったのである。


「収穫の時期になると、唄を歌いながら踊るというある国の唄を思い出したのです。ただ、思い出せたのは曲調だけで、歌詞は、あまり自信がありません。なので、集めた伝承を再構成して歌詞にしました。そして…踊りは全くの創造の産物です!」


 二人の会話を聞いていた詩人のヘンリーが、アルドの疑問を察して、このように説明してくれた。


「そんな適当でいいのか!?」


「いいんじゃないですか?踊りというものは内発的なものです。これで盛り上げて、新しいホライの文化として発信します。アルドさんもご一緒に。そのためにわざわざ呼んだのですから!」


 とは言うものの、アルドには具体的な踊り方がわからなかった。


「うーん、ひとまず、その踊りをみせてもらえるか?」


「もうやってます。広場で踊っている人たちが見えるでしょう?」

「ほんとだ。何かにぎやかな声がすると思ったら」


 アルドたちは村の広場に移動した。村人たちは、一列の円になって、時計回りにゆっくりと歩きながら、手首をくるりと回す独特な動きをしながら踊っている。アルドは、踊りの歌詞に耳を澄ませた。



         はぁ~ しんどいなぁ しんどいなぁ

            村に狐狸 迷い込んだ

           洞にゃ 狸さ 柱に化け

           狐 あらわれ 火事 一大事

        しまいにゃ 時 去る 去る 去る 去る

         はぁ~ しんどいなぁ しんどいなぁ


         はぁ〜 めでたいなぁ めでたいなぁ

             洞に妖精 舞い降りた

            池にゃ 虹さ 駆け込めば

            剣 輝き 多事 一大事

        しまいにゃ 狐狸 去る 去る 去る 去る

         はぁ〜 めでたいなあ めでたいなあ


          はぁ~ お祝いだぁ お祝いだぁ

             池に甘風 舞い込んだ

            村にゃ 人さ 駆け戻り

            泉 湯が沸き 些事 一大事

        しまいにゃ 鬼 去る 去る 去る 去る

          はぁ~ お祝いだぁ お祝いだぁ



「.....ずいぶんと独特な詩だな」


「まったくもう、わたしは反対だと言ったんだけどなー」

「ん?君は?」


 アルドはおそらく初めて会うであろう少女に、何故か見覚えがあった。見た目は素朴だが、どこか品があるような、可憐な少女を。


「お久しぶりです。アルドさん。前に会ったときは、幼かったので、わたしはわずかな記憶しかありませんが」


「まさか!シルヴィアの?」

「はい、モナです」

「ええ!?」


 アルドが驚くのも無理はない。前に一度会ったときは、モナがほんの物心をついた頃であったのだから。先ほどマーロウが随分と時がたったといっていたが、ゆうに十年は経過していたのだろう。


「よかったらこれどうぞ。収穫祭用に焼いたマドレーヌです。私はスイーツを作るのが好きでよく作るんです。まだ、お母さんの味には及んでいませんが」


「え?祭りで使うモノじゃないのか?」


「違いますよ。わたしがいつも勝手にふるまってるだけです。なので、お気にせずどうぞ」


「そうか、じゃあ遠慮なく」


「———ん!これは!」


「しっとりした生地に樹液の甘みがしみ込んで、口の中で甘みがほどよく広がっていく」


「モナ、これはなかなか、いけるぞ」

「本当ですか?ありがとうございます」


「これは、シルヴィアが作ってくれたものと同じなのか?」


「形は同じなんですが、味付けがまだまだなんです。森に花の蜜や樹液を採取しにいって、研究しているんですが、全然。でも、諦めるつもりはありません!」


 語気を強めて言い放ったところをみると、モナにとって大切な母親の形見のなのだろう。


「全くまた踊らないのかい。困った子だよ、ホント」


「むぅ、困った人なのはお互い様でしょ?グレースおばさんだっていつも踊らないくせに」


 目を細めて、頬を膨らませている。このやり取りだけでも二人の関係性が読み取れるというものだ。


「踊るあほぅとみるあほぅ。どうせなら踊らなきゃそんだよ。村の一員ならばなおさらさね」


「久しぶりだな、グレース。でも、あんたは踊らないのか?」


「わたしはそんなことはできないよ」


「ん?グレースだって立派な村人の一員じゃないか?」


「そうそう、その調子!もっと言ってあげて。アルドさん」


「そんなことをする資格がないのさ」


「資格?村に住んでないオレの方がよっぽどなさそうだけどな」


「...いまのは冗談だ。忘れとくれ」


 グレースはそう言い放つと、明後日の方角を見上げている。月日がたって、すっかり老け込んでいるその姿も相まって、アルドにはとても悲しそうな顔に見えた。


「とにかく、それを配り終わったらあんたも踊りに加わるんだよ」

「つーんだ」


「———悔しないようにね」


「ん?」


 アルドは、グレースが最後に何か言ったように見えたが、よく聞き取れることが出来なかった。


「村の新しい伝統だなんて。気持ちはわかるけど、わたしにはちょっとまだ理解出ないかな。ダサいし…」


 ちょうど、そういうことが気にかかる年齢なのであろう。


「まぁグレースは一人村に置き去りにされていたからな。村人の共同体の良さが人一番わかるんだよ」


「じゃあなんで踊らないのよぉ」


「んー、それは確かに気になった」


 再びグレースに目を向けると、グレースの後ろ姿は、いまにも消え入りそうなくらい寂しそうに見えた。声をかけようと思ったが、それは男の声にさえぎられた。


「おーい、アルドじゃないか。久しぶりだな」

「テリーじゃないか!いま、モナに焼き菓子をごちそうになったところだよ」


「お父さん、どうしたの?そんなに慌てて」


「どうしたもなにも、久しぶりにアルドを見かけたもんで、すっ飛んできたわけよ。しかし、お前さん全然老けないな」


「いや、実際オレがホライに来たのはほんのちょっと前のことだからな。いろいろと様変わりしてて驚いたよ」


「ははは、だろうな。変わらないのはもちょろけぐらいさ」


「そのもちょろけはどこにいるんだ?」

「あそこ!森の入口の方!」


「まく…まく…」


 もちょろけは、マクマクという切株の魔物である。とても愛らしいので、村人皆が可愛がり、いまではすっかり村に溶け込んでいる。しかし、アルドにはもちょろけが元気がないように見えた。


「どうしたんだ?」


「うん、なんだか最近、元気がないの」


「ときおり、森の方を見ては悲しそうな顔をしてるんだよ」


「森に何かあるのか?」


「ううん、何度か森の方に行ってみたんだけどね。何もないのよ」


「テリーさん、こっちお手伝いおねがいしまーす!」

「おっと、すまない。アルドまたあとでな」

「ああ」


 テリーが村人に呼ばれた後、突然、もちょろけは森の方へと一目散にかけていった。


「————まくっ!」


「え、おい、もちょろけ!」


「待って、一体、どうしちゃったの?」


「おい、モナ一人で森に行ったら危ないぞ」


 アルドは急いでモナを追う。が、可憐な見た目とは裏腹に、走る速さが早い。見失わないように、後を追うのが精いっぱいだ。


「モナ、ひとりで森の中には行ったら危ないぞ。もちょろけみたいな魔物は稀なんだ」


「知ってるよ。わたしは、お父さんと同じ木こりなの。それに森に樹液を採取し言ってるってさっき言ったよね」


「え?てっきりテリーと一緒なのかと」


「お父さん?お父さんは村の役員をしてるからいまは木こりはやってないの。森に行くときは、もちょろけと一緒。斧の扱いはすでに凄腕なんだから」


「そうなのか?」


「そんなことより、アルドさん、もちょろけを探して!何か言葉にはできないのだけど不安なの。わたし小さい時からずっともちょろけと一緒だったのよ」


「ああ、もちろんだ。どこにいったか予想はつくか?」


「だめ、見失っちゃった。わからない、どうしよう、アルドさぁん」


「落ち着け、モナ。ん?そういえば、この辺りは...」


 アルドには、この辺りには見覚えがあった。アルドの記憶が正しければ、そのまま直進し続けると...


「あっ、ここは!」


 多数の青い花で囲まれた立派なお墓が目についた。そう、若くして亡くなったシルヴィア、モナの母親の眠る場所だ。


「まくまくまくまく!」


「よかった、もちょろけ。お母さんのお墓にいたのね」


 もちょろけはモナの言葉にも意に介さず、シルヴィアの墓に向かってひたすら叫び始めた。そして、飛び跳ねながら上空に向かってさけぶ。まるで、襲われている誰かを助けに行きたいと言っているかのように...


「まくっ、まくっ、まくっ、まくっ、まくっ、まく!」


「もちょろけ?」


「まくーーーーー!」


———う゛ぉぉん


「何...これ...?」


 モナは突如現れた光の渦を見て言葉を失っている。

 アルドにとっては、この光の渦などもう見慣れたものだ。しかし、それはこの光の渦が青い光であればであるが...


「この緑色の光は…」


 幾度の時空を超えた旅の上級者であるアルドであっても、この緑色の光の渦には一瞬たじろいだ。これを見たのはたった一度だけ。そう、これは異時層につながる光だ。


「まくー!まくー!」


 もちょろけはこちらをみて叫ぶと、そのまま緑色の光の渦に飛び込んだ。ついて来いということか。


「モナ、君は村に戻って、皆にこのことを知らせてくれ。オレはもちょろけを追う」

 アルドはすぐにもちょろけの後を追った。


「えー?ちょっ、何が何だか」


 状況がいっこうに飲み込めず、たじろいだが、モナの心はもう決まっていた。もちょろけがあぶない!


「———わたしも!」


 意を決して、モナは光の中に飛び込んだ。

 すると、そのまま地面に着地。うっすらと目を開けると、その先にアルドがいることを確認し、安堵した。


「アルドさぁん」


「モナぁ?ついてきちゃったのか?」


「ここはどこ?もちょろけは?」


「わからない。ただ、もちょろけはあそこだ」


「あっ、もちょろけ。なんか人が集まってる。えっ、あれは魔物?」


「やめろー、やめてくれーー」

「おれたちの森が、森がなくなるーーーー」


 ゴブリンとアベトスの群れが森の木々を一斉に破壊している。それを村人たちが必死止めようとしているが、全く歯が立たない。しかし、その魔物の群れに一株の生き物が応戦する。そう、もちょろけだ。


「あれはまずい。モナはここで待ってろ」


「え?」


「まくっ」

「『回転切り』!」


 幾度も時空を超えた歴戦の旅人の一戦が光る。


「アルドさん、すごい。でもあの数には二人だけではとても対抗できない。…よし」

 

 少女は心を決め、魔物群れの中に身を投じる。


「えいっ!」

「モナぁ?」


「————もちょろけ、いつものようにいっくよぉ!」

「まくー!」


「『リンダ・リゴン』!」


 大量のゴブリンを前にモナは全く物怖じしていない。

 それどころか、もちょろけとの連携が見事である。もちょろけが打撃でゴブリンたちを宙にあげ、すかさずモナがたたききっている。その様は、ゴブリンの群れに咲き乱れる花吹雪だ。

 しかし、おそらく群れの長であるアベトスが負けじと地面をたたきつける。一瞬、地面に起こった振動で二人の動きが止まる。そのすきをついてアベトスが大槌を振り下ろす。


「まずい。ここからじゃ間に合わない」


 アルドは冷や汗をかく。モナと、もちょろけを守らなければ———


「———『飛遊星』!」


 そのとき、ものすごい速さで何かが風を切る音がした。それはアベトスに刺さると同時に爆発した。爆弾矢であろうか?


「ふん、他愛のない」

「はぁ助かったよ。って、ん?あんた」


 アルドは、弓矢を放った長身で細身の、そして髪をポニーテールにしている女性にどこか見覚えがあった。


「何?」


「どこかで会ったことないか?」


「———何それ?パルシファル時代のナンパのつもり?」


「え?いや、そんなつもりは。って、それはそれでパルシファル時代の人に失礼だろ。」


「———?ふん、変な人ね」


「ところで、あんたは?」


「私?」


 待ってましたといわんばかりにニヤリとしながら、ポニーテールの髪をかき上げ次のように言い放った。


「私は『獅子狩り』のグレース。王都から派遣された凄腕の魔物ハンターよ」


 グレース...?と思い、もう一度女性の顔を見る。確かにその細くて目つきの鋭い女性には見覚えがあった。

 アルドはすぐにこの状況を理解したが、驚きを隠しきれなかった。


「———ええぇぇ!!!!!!」



「————!」

「……………」


 そして、アルドが驚く少し前に事はもう一つ起きていた。

 緑色の光から二人と一匹がこの地に降り立つ光景を、“キツネ”と“タヌキ”は確かに目撃していたのである...



——————ここは狐狸の棲む町、ホライ

 歴史を知るもの、思いを継ぐもの、そして歴史を紡ぐもの——

 それぞれの物語は炭鉱の町で新たな出会いをもたらし、運命の糸が交錯していく。

 時空を超えたプリズマを巡る争いの火ぶたが...いま再び、切って落とされた...

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