第11話 ファントムサイド
「アンジェリカ……。ああ、可愛かったな。アンジェリカ。余所行きの声音がまた可愛かった。」
アンジェリカがファントムの執務室の前から去った後、ファントムはその場に崩れ落ちながらため息を漏らした。
先ほどまでアンジェリカが同じ屋敷内にいた。しかも、執務室の前まで来ていた。執務室の扉を開ければアンジェリカの可愛らしい姿を見ることができたのだ。
ファントムは両手で顔を覆って打ち震えている。
「ああ。この呪いが憎い。この呪いがなければアンジェリカに直接会うことができるのに。あのドレスを来たアンジェリカはどんなに素敵だったことか。見れなかったことが悔しくてならない。」
「旦那様。キャティエル伯爵一家を送迎していった馬車が戻って参りました。キャティエル伯爵一家は無事にお屋敷に戻られたとのことです。」
ヒースクリフがファントムに報告する。その声はどこか不安気だった。
「そうか。無事に戻ったか。なによりだ。」
ファントムはアンジェリカが無時に家に帰れたことに安堵のため息をついた。父や母のように、馬車で出かけた帰り道に事故がおこる可能性も否定できない。父や母の死が若干トラウマになっていたファントムはアンジェリカが無事に家にたどり着いたと知って心底安心したのだ。
「……旦那様。あのようなことをおっしゃってはアンジェリカお嬢様が誤解なされてしまいます。せめて、一目だけでもお会いいただかなければ。それに、呪いを解呪させるためにはアンジェリカお嬢様のお力が必要なはずです。」
「……わかっている。わかっているが、私の呪いが発動するところを見て、アンジェリカに嫌われるのではないかと思うと……。アンジェリカを怖がらせてしまう、傷つけてしまうのではないかと思うととても、怖いんだ。情けないが。アンジェリカが怖がるのであれば、私の呪いなど解けなくても良いとさえ思ってしまった。」
ファントムは苦悩するように苦し気に声を吐き出す。それほどまでに、ファントムの中でこの呪いは重く圧し掛かっている。
「お節介かと思いましたが、アンジェリカお嬢様には旦那様にかけられた呪いをお知らせいたしました。そして、その解呪方法もお教えいたしました。」
「なっ……!?」
まさか、ヒースクリフがファントムに黙ってアンジェリカに呪いの詳細を教えるとは思わなかった。そのため、ファントムは驚きを隠せなかった。
ファントムの心の中に、アンジェリカに嫌われるのではないかという思いと、自分の秘めた想いがアンジェリカにヒースクリフの口から漏れてしまったのではないかと危惧する。できれば、自分の口からアンジェリカへの秘めた想いを告げたかったのだ。
「出過ぎたこととは理解しております。ですが、今のような旦那様は見ていられないのです。幸いアンジェリカお嬢様は呪いを解くということに乗り気でございました。きっと、旦那様の呪いはすぐに解けることでしょう。」
「……そうか。乗り気だったか。それは、期待していいのかな。アンジェリカの心が私のものになると。」
ファントムは嬉しそうに微笑んだ。だが、その笑みを見てヒースクリフは苦笑せざるを得なかった。なぜならば、アンジェリカはファントムに惹かれているようには見えなかったからだ。
むしろ、ファントムの冷たい物言いに傷つき、結婚しなくてもいい方法を探そうとしているように見えた。その一つがファントムの呪いの解呪だ。
国王陛下からの命令であるファントムとの婚約はファントムの呪いを解呪するためだと理解したらしいのだ。そのため、ファントムの呪いを解呪すれば、ファントムとの婚約はなかったことにできるのではないか。そうアンジェリカが考えているのがヒースクリフには手に取るようにわかった。
「呪いを解呪していただくのに協力はしてくださるそうですが……。どうにもアンジェリカお嬢様は勘違いをなさっているように思えました。ですが、私からはあえてその誤解を解いておりません。この誤解を解くのは旦那様でなければならないと私は考えております。」
「誤解?どのような誤解だ?」
ヒースクリフの言葉に、にこやかだったファントムの表情が固まった。いったい、あの呪いの解呪方法でどうやったら誤解できるというのだろうか。ヒースクリフはファントムの呪いと呪いの解呪方法をなんだと伝えたのだろうか。
「旦那様の呪いの解呪には、旦那様の初恋の人が必要だと誤解されております。」
「……は、初恋ぃ!?ま、まあ、確かにそうだが。そう言われるとなんだか恥ずかしいものだな。」
ファントムは恥ずかしそうに頬を染めた。それを見て、ヒースクリフが「はぁ」とため息をついた。
「ですから、アンジェリカお嬢様は旦那様の初恋の人がアンジェリカお嬢様ではなく、別にいると考えております。旦那様は人間のお姿でアンジェリカお嬢様にお会いしたことはないのですよね?ですから、アンジェリカお嬢様は旦那様にお会いしたことがないから、自分は旦那様の初恋の相手ではないとお思いです。」
ヒースクリフはファントムがわかるように丁寧に告げた。その答えを聞いたファントムは、アンジェリカの誤解の理由についてやっと気づき、ピタリと固まってしまう。
まさか、そこから誤解をしているとは思わなかったのだ。呪いを解くためにはまずはアンジェリカの誤解を解く必要がある。
「自業自得です。旦那様。先ほどアンジェリカお嬢様にお会いした際にきちんと説明していればよかったのです。」
ヒースクリフのどこか突き放したような声にファントムはただ呆然と宙を見上げたのだった。
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