第12話
「はぁ。まさか侯爵様の呪いを解く方法が好きな人とキスをすることだなんて。どうしてそれで私が選ばれたのかしら?」
昨夜ヒースクリフさんと話した内容が頭の中によみがえる。
それは、侯爵の呪いに関すること。その呪いの解呪方法が侯爵が好きな相手にキスをすればいいと言うものだった。そんなもの、侯爵という地位を利用すればすぐに解呪することができるだろう。
それなのに、侯爵は未だに呪いを解呪できずにいる。
「ヘタレなのかしら?それとも、お相手の方が遠くにいるとか?既に他の方に嫁いでしまっているとか?」
もし、他の人に嫁いでいたとしても、社交界は爛れた噂で持ちきりなのだ。解呪するためのキスくらいなんてことないだろう。
そうも言っていられないのは侯爵の呪いの内容のせいだろうか。
「まさか、呪いのせいで女性の姿を見たら誰かれ構わず襲いかかってしまうだなんて……。」
もしかしてこの呪いのせいでお相手の方が怖がってしまって、侯爵に近寄れなくなってしまったのだろうか。
もし、そうだとするならば侯爵がちょっとだけ可哀想だ。
「アンジェリカ様。侯爵様の呪いを本当に解くお手伝いをなさるのですか?」
自室のソファに座って侯爵の呪いの解呪方法に思いを馳せていると、ロザリーが紅茶を注ぎながら話しかけてきた。
ロザリーの顔色はすぐれない。ロザリーは侯爵の呪いを解くことをあまりよく思っていないようだ。
「ええ。そうよ。それによっては、もしかしたら侯爵様と結婚しなくてすむかもしれないもの。国王陛下が言ったそうなのよ。侯爵様の呪いを解くために私と侯爵様を婚約させた、と。それならば、侯爵様の呪いが解ければ私が侯爵様と結婚しなくてすむと思わない?」
「でも、国王陛下が呪いが解ければ侯爵様と結婚しなくてもいいとおっしゃったわけではないのですよね?」
「そ、それはそうだけど……。で、でも、交渉してみる価値はあると思わない?」
「アンジェリカ様は侯爵様とご結婚なさりたくないのですか?」
ロザリーが遠慮がちに訪ねてくる。私はその問いに勢いよく頷いた。
「ええ。もちろん。侯爵様は他に好きな方がおいでなのよ。そんな方と結婚するのはさけたいわ。それに、昨日少しお話したけど、私を全身で拒絶しているのを感じたわ。私を全身で拒絶しているような人とは結婚できないわ。」
「ですが、国王陛下のご命令に背くわけには……。」
「そうよ。だから、侯爵の呪いを解呪するのよ。」
ロザリーはどこか浮かない顔だ。まあ、確かに国王陛下とも侯爵とも約束を取り付けたわけじゃないしね。
もしかすると、侯爵の呪いを解呪できたとしても結婚はまぬがれないかもしれない。
それでもなにもしないよりもマシだと思う。
「はぁ。アンジェリカお嬢様はかわいいですね。私もアンジェリカお嬢様のお手伝いをさせていただきます。侯爵の初恋の相手を探すのであれば、ヒースクリフ様に直接お相手の方をうかがえばよろしいのではないでしょうか?」
ロザリーは私の気が変わらないことを察して手伝いを申し出てきた。
ロザリーは以外と私のわがままに弱いことを知っている。だから、押し通せると思ったのだ。
「ありがとう。ロザリーよろしくね。でもね、ヒースクリフさんはお相手の情報はいっさい教えてくださらなかったの。お相手の情報は侯爵様に訪ねてくださいのいってんばりで。」
「それは、訳ありなのでしょうか?」
「わからないわ。でも、あの侯爵様にどうやって初恋の相手を聞けばいいのかしら。直接聞いても断られそうだし……。」
ロザリーと私は侯爵様の初恋の相手の情報を誰からどうやって入手すべきか考えはじめた。
一番は侯爵に尋ねるのが早いとは思うんだけどね。
「にゃぁ~ん。」
考え込んでいるといつの間に部屋の中まで入ってきたのか、膝の上にクリスがのって来て、私の顔をぎこちなく覗きこんでいた。
「クリスっ!?いらっしゃい。今日はこないかと思っていたわ。いつも日が昇るころから来るのに。」
真っ黒な毛並みの黒猫クリスは、背伸びして私の頬をぺろりとひと舐めした。
どうやらクリスなりに私のことを気づかってくれているようだ。
「ありがとう。クリス。隠していてもクリスは賢いから気づいてしまうのね。」
私はクリスのふわふわな毛並みを優しくなでさする。クリスを撫でていると不思議と穏やかな気持ちになれるから不思議だ。
「クリスが用意してくれたドレス。とっても素敵だったわ。ありがとう。でもね、侯爵様には見ていただけなかったの。それどころか、侯爵様は私のことがお嫌だったのね。冷たい対応をされてしまったわ。」
ふふっ。と笑いながらクリスに語りかける。クリスは人間の言葉をしゃべれないから理解してくれているのかはわからない。けれども、真剣に聞いてくれているような気がして、どこか安心する。
「にゃにゃにゃー。」
クリスは大丈夫だよ。と、元気づけてくれるかのように、強く鳴き声をあげた。そうして、私の手の甲ををペロペロと舐めてくる。
手の甲に感じるクリスのザラッとした舌がくすぐったい。
「ありがとう。クリス。慰めてくれるのね。ほんと、私は侯爵様とではなく、許されるのならクリスと結婚したいわ。」
クリスは私が10歳のころから毎日のように一緒にいる。私ももう16歳だから、もう6年は毎日会っていることになる。
そんなクリスだから私の感情にはとても敏いようだ。
「にゃぁ~。」
クリスと結婚したいと告げると、クリスはどこか寂しそうに鳴き声をあげた。クリスにもわかっているのだろう。種族が違うということを。
でも、クリスさえ許してくれれば一緒にすむことは許されるよね。あ、違った。クリスの飼い主が許してくれればだけど。
でも、昨日のドレスのことを思うとクリスの飼い主は裕福な人なのだろう。
あれだけのプレゼントをひょいとくれてしまうような人なのだから。そんな人がクリスを譲ってくれるだろうか。
クリスは物ではなく生きている命だ。ひょいとくれるようなものでもない。それに、クリスは大切に育てられているようで、毛並みが艶々としている。
これは、丁寧に手入れをしないと無理だろう。
「にゃあ?」
クリスは金色の目を丸くして私を覗き込む。
「ごめんね。クリス。でも、私が侯爵家に嫁いでしまったらクリスとは会えなくなってしまうわね。やっぱり、どうにかして侯爵との婚約をなかったことにしてもらわないと、いけないわね。」
「にゃっ!?」
クリスは私の発言に驚いたように声を上げた。尻尾もピーンっと伸ばして膨らませている。驚いた時のクリスのしぐさだ。
「あら。驚かせちゃった?でも、侯爵様は私を望んではいないようだし、きっとそれが一番いいの。それに、国王陛下は私は、侯爵様の呪いを解呪するために侯爵の婚約者にしたようだし、侯爵様の呪いが解ければ私はお役御免でしょ?そうしたらクリスと一緒にいられるわ。」
クリスのしなやかな体を両手で抱き上げて、その凛々しい横顔に頬擦りをする。
頬に柔らかなクリスの毛があたってとても気持ちがよい。
クリスは私にされるがまま、力をぬいて身体を預けている。
「大好きよ。クリス。世界で一番大好きだわ。」
私はクリスに向かってそう微笑んだ。
「あ、そうだわ。クリス。クリスも手伝ってくれないかしら?侯爵様の初恋の人がキーなのよ。その人と侯爵様がキスをすれば呪いが解けるようなの。クリスはその人が誰か知っているかしら?」
私がクリスに問いかければ、クリスはハッとしたように顔をあげた。
「にゃ、にゃにゃー。」
そうして、鳴き声をあげたが、クリスの言葉がわからないためなんて言っているのか、私には理解することができなかった。
でも、クリスは侯爵の初恋の人が誰だか心当たりがあるようだ。クリスの反応からそんな気がしてきた。
もしかして、クリスにその人の元に案内するようにお願いすれば連れていってくれるかもしれない。
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