第4話

 


「明日の夜、とはまた随分と急なことで……。」


 私はやっとの思いで口を開く。覚悟はしていたといえど、やはり驚きは隠せないものだ。


「そうだ。国王陛下から婚約の話と初顔合わせの日程の件は伺っていたのだがな、両方一緒に話してしまえばアンジェリカのショックが大きいだろうとギリギリまで知らせないつもりだったんだ。だが、今のアンジェリカを見ると吹っ切れたような表情をしていたから、今なら告げても大丈夫だと思ったんだが。」


 一度に言われても別けられてもショックは同じような気がする。いや、でも一緒に言われていたら話が消化しきれなかったかもしれないから、これでよかったのだろうか。


「そうでしたか。ご配慮くださりありがとうございます。」


「まあ。アンジェリカ。それならば着飾らなければなりませんでしたね。新しいドレスを新調……するには時間がないわ。それにうちにはオーダーメイドのドレスを購入するだけの資金もありません。ロザリー、侯爵様との晩餐会に相応しいドレスはありますか?」


 お母様は私のドレスの心配をし始めた。確か、婚約者もいない私のドレスはどれも古めかしいものだったはず。侯爵家の晩餐会に相応しいようなドレスは一着もなかったと思う。


 それはうちの伯爵家が貧しいため、新しいドレスを新調する機会などなかったからだ。ほとんどはお母様のおさがり、もしくは知り合いの貴族からの貰いものだ。


「いえ。アンジェリカお嬢様のドレスはここ数年新調しておりませんので侯爵家の晩餐会に相応しいようなドレスはありません。」


 私のドレスを管理しているロザリーも私と同じ答えを出す。


 そうだろうな。採寸なんてしてないし。適当にお母様のおさがりのドレスをロザリーが私の背丈に合うように繕ってくれているんだから。まあ、そのお母様のドレスだってこの伯爵家に嫁いできてから新調したのは1度か2度くらいだったような気がする。


 つまりは侯爵家に相応しいドレスを用意することができない。


「まあ、困ったわね。」


「そうだな。ドレスのことまで気がまわらなかったよ。」


 お父様はドレスのことは失念していたようだ。


 それもそのはず。日々を生活するための資金集めだけでお父様の頭の中はいっぱいいっぱいなんだろう。


「私は構いません。そこで見限られるようなら侯爵様とは縁がなかっただけなのです。」


 私はそう答えた。呪い持ちとされる侯爵と結婚をしたいわけではない。ただ会ってみるだけなのだ。そして、本当に呪い持ちで私が堪えられなさそうならば、私の素を見せて嫌われるだけだ。今更ドレスくらいどうってこともない。


「そうね。そうよね!」


 私が出した答えにお母様はぱあっと花が咲き誇ったような笑顔を浮かべた。


 


「ロザリー。そうと決まればアンジェリカのドレスはなんでもいいわ。でも、アンジェリカに似合うものを選んであげてちょうだい。ああ。でも、もし侯爵様がアンジェリカの着飾った姿を見て、一目惚れしても困るわ。だって、アンジェリカには誰よりも幸せになってもらいたいのだもの。でも、だからと言ってアンジェリカに似合わないドレスを着せるのは嫌だわ。」

 お母様は嬉しそうに笑ってみたり、悲しそうに眉を下げてみたり百面相をしている。そうして、いつも以上によくしゃべる。いつもはおっとりと微笑んでいるのに。

 ロザリーはお母様の言葉にしっかりと頷いていた。その表情はどこか欠けている。ロザリーにも思うところがあるのだろう。

「ははっ。大丈夫だよ。アンジェリカは幸せになるから。ほら、よく言うではないか黒猫が懐いている人は幸せになれるって。」

「そうね。そうね。アンジェリカにはクリスがいるものね。アンジェリカは幸せになれるわよね。」

「お父様、お母様。それは迷信ですわ。」

 お父様もお母様も迷信を信じすぎる嫌いがある。ちなみに占いも信じる傾向にあるため、インチキ占い師に騙されたことも一回や二回ではない。だが、人が良いのか人を疑うことを知らないのか、毎回占い師を信じてしまうからやっかいだ。

「でも、アンジェリカはクリスが来てからよく笑うようになったわ。それに、クリスといるといつも幸せそうだわ。」

「そうだな。クリスが来てから我が家はなんとか日々を穏やかに暮らせるようになった。いつの間にか借金取りも来なくなったし。」

 お父様の言う借金取りというのは、お父様が知り合いの男爵の保証人になってしまい、その男爵が夜逃げしてしまったことにより、お父様が男爵の借金をかぶったためにおこったものだ。だけれども、クリスと一緒にいるときに借金取りが現れた後から借金取りがうちにやってこなくなったのだ。

 お父様もお母様も借金取りの一件以来、クリスのことを神様のように大切に扱うようになったのは言うまでも無い。

「クリスは我が家の救世主ですものね。アンジェリカの婚約者も国王陛下ではなくクリスが連れてきてくれたのならば安心してアンジェリカを任せることができるのに。」

 お母様が深いため息とともにとんでもない言葉を口に出した。まさかの国王陛下よりもクリスの方を優先するような言葉だ。さすがにこればかりは誰かに聞かれでもしたら反逆罪になりかねない。まあ、現在の国王陛下はとても穏やかな人だから罪に問うようなことはないだろうけれども。それでも、敵を作ることになりかねないような言葉だ。

「お母様。そのようなこと、外では決しておっしゃっらないでください。」

「まあ、アンジェリカ。私だってそのくらいはわかっているわよ。安心なさい。ここにいるのは私たちが信頼できる者たちばかりですもの。このくらいの言葉は大目に見てくれるわ。」

 お母様はそう言って穏やかに微笑んだ。隣にいるお父様に視線を向けるが、お父様はお母様のことを見つめているばかりで、こちらのことは気にしていないようだ。それどころか、

「ああ。アンジェリカ。明日、クリスに会ったらドレスのことを言ってみたらどうかな?アンジェリカに相応しいドレスを選んでくれるだろう。そのドレスがアンジェリカの魅力を陰らせるものであれば、きっとクリスは侯爵様との婚約は反対なのだろうと思う。クリスに選択を任せるのもいいかもしれないね。」

「そうねっ!旦那様、それは素敵な考えだわ。」

 お父様もお母様もクリスを崇拝しすぎです。でも、クリスにドレスを選んでもらうのも面白そうね。憂鬱な侯爵家での晩餐会もクリスが選んだ服を着ていけば楽しくなるかもしれないし。

 お父様とお母様の言うとおりにするのは少し癪だが、明日クリスに頼んでみることにしよう。

 


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