第3話


「はあ。それにしても呪い持ちの侯爵様と婚約だなんて・・・・・・。噂によると呪いのせいで感情を無くしただとか。呪いのせいで人の血を飲まないといけない身体になってしまったとか。太陽の光にあたると身体が燃え尽きてしまうだとか。まるで吸血鬼のようだわ。」


 私は部屋に戻り一人ソファーに深く座り込み猫のぬいぐるみを抱きしめながら呟いた。

 ほんと、噂をまとめればまとめるほど、侯爵様は吸血鬼のように思える。実際に会ったことはないから確かなことは言えない。もしかすると噂が一人歩きしているだけなのかもしれない。

 良い方に考えなければと思っていても、どうしても薄気味悪い噂が気になってしまう。


「どうして、お父様はあんなにものんきなのかしら。」


 私の不満はお父様に向かう。国王陛下に不満などぶつけられないし。こんな婚約話を承知したお父様を恨んでしまいそうだ。

 それに、不安は侯爵様の噂話だけでは、ない。

 侯爵家に嫁いでしまったらあの愛くるしい黒猫のクリスに会えなくなってしまうかもしれないのだ。だって、クリスはうちの猫ではないのだから、勝手に侯爵家に連れて行くわけにもいかない。

 野良猫であれば、うちの子にすることもできるが、どうやら野良猫というわけでもなさそうなのだ。夕方になるとどこかに帰って行ってしまう。それは夏でも冬でも一緒なのだ。

 猫という生き物は寒さには弱い生き物。野良猫であったならば、きっと寒い冬の夜は暖かい部屋で過ごしたいはずだ。それなのに、寒い冬の日でもクリスは夕方になると出て行ってしまう。それまで私の部屋でくつろいでいてもだ。

 だからきっと、クリスはどこかで飼われているのではないかと思う。そう思ってクリスを譲ってくれないかと飼い主を探したがこの近くでクリスを飼っているという人は見つからなかった。猫だからそんなに遠くから毎日通ってこれるはずがないのに。


「クリスぅ~。クリスも侯爵家についてきてくれれば、少しはマシなのに。」


 ぽふっと抱きしめたぬいぐるみに顔を埋める。真っ黒な猫のぬいぐるみが優しげに私を見つめている。

 このぬいぐるみは、クリスに似ているような気がしてお父様におねだりして買って貰ったぬいぐるみで私の一番のお気に入りである。


「アンジェリカお嬢様。夕食のお時間でございます。」


 ぬいぐるみを抱きしめてうんうん唸っていると、メイドのロザリーがやってきた。このロザリーは金髪碧眼をしており、同性の私の目から見ても美人としか言い様のない同年代の女性だ。


「ロザリー。私、結婚したくないよ・・・・・・。」


 小さい頃から一緒に育ったロザリーだから、思わず甘えてしまう。私の本音を聞いたロザリーは大きなため息を一つついた。


「国王陛下からのお話なのでしょう?アンジェリカお嬢様から断れるわけがないじゃない。」


「そうなんだけど・・・・・・。」


「そんなに嫌だったら侯爵様にお会いしたときにいつも通りの行動をとればいいだけのことよ。」


「いつも通りの、行動?」


 ロザリーは砕けた口調になると、私にアドバイスをする。小さい頃から一緒に育ったため、私と二人っきりのときは砕けた口調にして欲しいとお願いしているのだ。それをロザリーは律儀に守ってくれている。


「そうよ。猫が大好きなことをアピールすればいいじゃない。猫が好きで好きで仕方が無いと。いつもそれで婚約を断られているでしょう?なら、侯爵様から婚約を断ってもらえば良いってことじゃないの?」


「そうねっ!!そうだわ!!ロザリーありがとうっ!!」


 そう言えば、私は今まで猫が好きすぎて婚約者ができないんだった。だって、猫について話し出すと止まらないんだもの。目の前に猫が見えれば構わずにはいられないし。

 私はロザリーからの妙案に目を輝かせたのだった。


 


 ロザリーからの助言で少しだけ気持ちが軽くなった。どうしても、呪いもちの侯爵のことが嫌ならば素の私を見せればいいだけなのだ。そうすれば、侯爵の方から婚約の件を取り下げてくれるだろう。


 まあ、国王陛下からの命令だけれども、侯爵は国王陛下の甥だという話だし。無理強いはしないだろうと思う。若干、素の私が婚約したくないほど嫌がられるというのが癪に障るけれども。


「ロザリー、ありがとう。気が楽になったわ。」


「そうですか。それはよかったです。」


 ロザリーはそう言ってにっこりと笑みを浮かべた。


「そうと決まれば侯爵様にお会いできる日が楽しみだわ。早く侯爵様とお会いできないかしら。あら、でも夜でないとお会いできないのよね。きっと。呪いのせいで昼間はお姿を拝見できないと聞いているし。」


「さあ。呪いというのも噂話にすぎませんし、もしかすると日中にお会いできるかもしれませんよ?寝起きが悪いだけかもしれませんし。」


 俄然早く侯爵に会いたくなってきた。少し不安ではあるけれどもまだ婚約が決まったわけではないし。たとえ婚約が決まっていたとしても、まだ結婚をしていないのだ。破棄できる可能性は十分にある。


「ふふっ。早く侯爵様にお会いしたいわ。」


「元気になられたようで安心いたしました。さあ、旦那様と奥様が食堂でお待ちです。参りましょう。」


「ええ。」


 ロザリーに促されて満面の笑みを浮かべてお父様とお母様が待つ食堂に向かう。


 ロザリーと話し込んでいたから随分待たせてしまったかしら。お料理が冷めてしまっていたら料理長に申し訳ないわ。ただでさえ、捨てるような食材を料理長の腕で見事な料理にしてくれているのだから、美味しい状態でいただきたいものだ。


 私は食堂にたどり着くと、自分の席に向かう。


「お父様。お母様。お待たせいたしました。」


 お父様とお母様に軽く礼をしてから自席に座る。もちろん、椅子を引いて座らせてくれるのはロザリーだ。


「大丈夫ですか?アンジェリカ。私は私は……。」


 お母様は私を心配そうに見つめると、その美しい空色の瞳に涙を浮かべる。きっと、お母様は私が侯爵の婚約者になることをよくは思っていないのだろう。だって、侯爵は呪いもちなのだから。


「お母様。私は大丈夫です。だって侯爵様が呪いを持っているというのは噂に過ぎないでしょう?それに、本当に侯爵様が呪い持ちだったとしても、素の私を見ればきっと幻滅いたします。旦那様となるお方よりも猫を優先する私を見ればきっと婚約など破棄されることでしょう。」


 私はお母様を不安にさせないようににっこりと笑みを浮かべた。


「アンジェリカ、あなたはとても魅力的なレディよ。例え5回もお見合いをお断りされても悲嘆することはないのよ。自分に自身を持って。あれは、あの男たちが見る目がなかっただけなのよ。」


 お母様はうるうると目に涙を溜めながら訴えてくる。


「アンジェリカが落ち込んでいないようで安心した。私は呪いなどないと信じているし、ましてや国王陛下が呪いを持ったお方をアンジェリカに押し付けてくるとはとても思わない。国王陛下は常に民のことを思っておられるようなお方だ。そのようなお方がアンジェリカをわざわざ不幸にするとは私には到底思えない。」


「ええ。そうですわね。」


 お父様がお母様を安心させるように抱き寄せながら穏やかに言う。私もお父様とお母様に向かってにっこりと笑みを浮かべて見せた。


「そう言ってくれて安心したよ。急だが明日の夜に侯爵様と会食することになった。」


 お父様はそう言ってにっこりと笑った。


 まさか、侯爵様にすぐにでもお会いしたいと思っていたけれども、それが思いの他早くやってくるようだ。覚悟はしていたがあまりに急な話に、私は思わず笑顔のまま固まってしまった。


 


 


 


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