第19話 〜王との謁見〜
「ユーリ! ムタリオン! いるか──!?」
送り火の儀があった翌朝、ゲルラが勢いよくテントに入ってきた。
「あん? 朝っぱらからうるせーな」
ムタリオンが、朝の日課だという毛繕いをしながらボヤく。
「ふたりとも──王から召集がかかったんだ。お前たちも一緒に来てくれ」
「召集だ? ダリーな……どうせおれらが言っても邪魔だろーぜ」
ムタリオンはかぶりを振ると、勇理の肩へと飛び乗る。
「召集なんていいから朝飯いこーぜ」
「まて、召集の理由はおまえたちなんだ──」
「あっ!?」
「正確にはユーリなんだがな」
「えっ!?」
予想もしてなかったゲルラの言葉に勇理は驚く。
面識すらないインペリオンの王が自分に用があるとは思えない。なにかの間違いだろうか……。
「どうしておれを……?」
「詳しくは伝えられてないんだが、どうやら破壊のゴーレムがお前を連れてくるように言ったらしい」
「破壊のゴーレム?」
ウェスタ以外にゴーレムの知り合いはいない。
破壊とはまた穏やかではないが、いったいどういうことだろう。
「シヴァか……」
「ムタリオンは面識があるようだな」
ゲルラが勇理の肩の上に乗るムタリオンを見つめる。
「ああ──まあな」
暫く黙ったあと、ムタリオンは勇理の頬をペチペチと叩いた──正確にはモフモフと、だが。
「ユーリ──お前はシヴァに会え。あいつが呼んでるってことはなにか理由があるはずだ」
「──えっ!?」
「よし──じゃあ準備ができ次第、城へ向かうよ」
──ゴーレムがおれを呼んでいる……?
なんだかよく分からなかったが、話はトントン拍子で進んでいく。
ここに来てそんなことばかりだが、もしかするとそのシヴァと契約を結べるかもしれない──今の勇理には力が欲しかった。
闇憑きを全て葬り去る絶大な力が……。
・
難民区域を出たとこで、勇理たちは先にテントを後にしたゲルラと合流した。
ゲルラの隣には、眠そうな顔をしたウェスタが気怠そうに目を細めている。
「こんな早朝に妾を起こすとは──例え王であっても万死に値するのう」
「へっ! あらかた酒でも飲みすぎたんだろ──」
「ふん、お主と一緒にするでない。いくら飲んだとこで失態を犯すようなお主とは違うのじゃ」
「て、てめー! またその話を……」
「二人ともその辺にしておいておくれ。謁見の時間に間に合わなくなっちまうよ」
ゲルラのため息と共に、一行は聖都のほうに向かって歩き出した──。
・
検問をなんなく通り抜け、街の門を潜り大通りをそのまま真っ直ぐ抜けると、城の全貌が見えてきた。
丘の上に聳え立つその姿は、近くで見ると圧倒されるほど大きく、そして高い。装飾もなく、白くのっぺりとした外観は、城というよりは、天を貫く剣のようだ。
丘の麓を囲うよにして設けられた城壁は、まるで外界を拒絶する盾のように、険しくも無機質な存在感を放っている。
「あの門で使いの者が待っているはずだよ」
ゲルラが指差した先には、街のそれより更に一回りは大きい巨大な門が見えた。
近づいていくと、その巨大で堅牢な造りに圧倒される。
門の中で敵を閉じ込めるためだろうか──出入り口の前後には、分厚い鉄製の落とし格子が設けらている。
「さすがは聖都と言ったところだな」
ムタリオンは門を見上げた。
勇理の足首ぐらいの身長しかないムタリオンにとっては、まさに想像を絶する大きさなのかもしれない。
「まあ、天界の門にくらべたら子犬サイズだけどよ」
──子犬より小さな生物が言うことか?
「そう言えばムタリオンって飛べるんだよね? あの門も飛んでこえられたりするの?」
忘れそうになるが、ムタリオンには羽がある。 ただ、体毛と同じ色のため見えにくいのと、勇理の肩に乗るときぐらいしか使っているのを見たことがない。
「まあ、いけねーってことはねーけど……あの高さはダリーな。下界は重力が強すぎて疲れんだよ」
同じ体積ぐらいの鳥とかは疲れている様子はないが、そこはウサギと鳥の違いなのだろうか……勇理は喉まで出かかった言葉をグッと飲み込む。
「ゲルラさん! こっちです! こっち!」
門の前に羽付きのハットを被った小太りの男がこちらに手を振っている。
男は金色の刺繍が施された上等なコートを羽織っている。シャツの上からでもはっきりと分かる、ぽっこりと出た腹が、だらしなくベルトからはみ出していた?
「もう、遅いですよゲルラさん」
「すまないねセバスチャン──ちょっと準備するのに時間がかかってね」
セバスチャンと呼ばれた小太りの男は、額から滝のように流れ出る汗をハンカチで拭った。
「まあ、ギリギリ間に合うでしょう……それで、そちらの彼が例の聖痕者ですか?」
「ああ、彼がユーリだよ」
セバスチャンは勇理に近寄るよと、「ふーん」と品定めするかのようにまじまじと観察する。
「なんか冴えない感じですね……」
──あんたにだけは言われたくない!
「おい、オッサン──ふざけたこと抜かしてねーでさっさと案内しろや」
「う、ウサギが喋った……!?」
セバスチャンはまん丸な顔にちょこんとある目を大きく見開いて後退りする。
どうやら喋るウサギに対するリアクションは異世界でも共通らしい。
・
セバスチャンの案内で、一行は城へと繋がる丘の道を登っていく。
城壁の内側は、まるで小さな森のように木が生い茂っている。
前を歩くセバスチャンは、今にも発作が起きそうなほどゼェゼェと辛そうだ。
「おい、オッサン──運動不足が過ぎんじゃねーか? あんたここに仕えてるだろ?」
「わ、わたしは運動不足なわけではなく……生まれつき身体が弱いんです……ハアハア……」
どう見ても弱そうには見えないが……。
すぐ後ろを歩くゲルラとウェスタは、涼しげな顔でなにやら話し込んでいる。
息も絶え絶えなセバスチャンの前方に、城の入り口と思われる門が見えてきた。
城の門はは想像していたものより少し異なっていた──門というよりは、のっぺりとした大きな壁という表現が近いだろうか。
大理石のように光沢があるものの、派手な装飾などの意匠はなく、中央に魔法陣のような図が描かれている。
「みなさん──ちょっとここでお待ちください」
セバスチャンは門に近づき手を添え、ぶつぶつとなにやら呪文のようなものを唱えた。
彼の言葉に呼応するかのように、分厚い門が音も立てずにゆっくりと内側に開いていく。
「自動ドア!?」
「魔法だボケ」
自動ドアを知って知らずか、驚く勇理にムタリオンがポフっと頬を叩く。
「ささ、急ぎましょう」
セバスチャンに急かされるようにして、勇理たちは城内に足を踏み入れた。
・
城の中は静まり返っていた。
白い壁に囲まれ、家具ひとつない大広間には、兵どころか使用人の姿すら見当たらない。
セバスチャンはさっさと奥の広い階段へと歩みを進める。
階段を登ると、その先は長い廊下が続いていた──歴代の王だろうか、廊下には肖像画がずらっと並んでいる。
勇理は廊下の途中に飾られていたひとつの肖像画の前で歩みを止めた。
そこには、大剣を背負った短髪の戦士と、豪華なティアラを被った女性が描かれていた。
戦士のほうは弾けるような笑顔を浮かべ、女性は優しく微笑んでいる。
何故この一枚が気になったのかは分からない。 威厳に満ち溢れた顔をした他の肖像画と違うからだろうか──勇理はまるで魂が吸い込まれるように、目の前の絵に釘付けになった。
「アキレウス……相変わらずアホみたいな笑顔浮かべやがって……」
ムタリオンがボソッと呟いた。
「ムタリオンの知り合い?」
「……まあな──古いダチだ」
ムタリオンは目を細め、まるで遠い昔を懐かしむかのように、その瞳は儚く揺れている。
「ちょっとー! なにしてるんですか! 早く行きますよー!!」
セバスチャンが額の汗を飛び散らせながら振り返る。
「ほら──行くぞ」
後ろ髪を引かれる思いがしたが、勇理はムタリオンに促され、再び長い廊下を歩き出した。
・
廊下を抜けると広いホールのような空間に出た。
「あちらが王座の間です」と、セバスチャンが前方を手の平で示す──扉の前には、槍を手にした衛兵が立っている。
「ゲルラ・フラマージュ殿とその御一行をお連れした」
セバスチャンの声がけに衛兵たちは頷くと、両側から扉に手をかけた。
「ゲルラ・フラマージュ殿とその御一行がお見えになられました!」
衛兵の言葉と共に、扉がゆっくりと開かれる。
勇理はあまりの眩しさに一瞬目が眩んだ。
王座の間は想像以上に明るかった──高い天井には全面にガラスが張られ、部屋全体に太陽の光が燦々と降り注いでいる。
部屋の左右には、白いマントを纏い、輝かしいまでに磨かれた鎧を着込んだ騎士が、まるで銅像のようずらっと整列している。
床に敷かれた純白のカーペットを辿った先には、白い石でできた重厚な王座に座る王の姿があった──長い白髪を後ろへ流し、複雑な装飾が施された白い王冠を被っている。
王の両隣には、司教のような立派な被り物に白いローブを纏った老人と、背中に二本の大剣を背負った屈強な騎士が佇んでいた。
「遅いぞセバスチャン──!!」
司教の身なりをした老人がセバスチャンを一喝した。
「カッサンドロス大司教様──も、申し訳ありません!! この者たちの準備がそれはそれはもう……」
「もうよい!! ゲルラ・フラマージュとその一行は前へ──」
大司教は苛立った様子で手を振りかぶる。
ゲルラを先頭に、ウェスタ、勇理と後に続く──王座の数メートル手前でゲルラは立ち止まると、片膝をつき首を垂れた。
一方のウェスタは、何食わぬ顔で立ったままだ。
「おい──お前も跪いたほうがいいぞ」
ムタリオンの言葉に、勇理は慌てて片膝を地面につけ視線を下げる。
「おもてを上げよ──」
低くも尊厳に満ち溢れた声が、王座のほうから聞こえた。
「ゲルラ──よくぞ参った。ウェスタも元気そうでなによりだ」
「レモス王──ご尊顔を拝し奉り、恐悦至極に存じ奉ります」
「うむ」
ウェスタは王を前にしても、清々しいほどにその態度を崩さない。
「お主! 王の御前でその態度はなんだと、前も申し上げたはず!!」
大司教がセバスチャンを一喝したときより、更に声を荒げてウェスタを嗜める。
「いくら炎のゴーレムとて万死に値するぞ!!」
ウェスタの表情は変わらない。怒鳴り声を上げる大司教を何処吹く風といった感じで、いつも通り涼しげな眼差しで前を見つめている。
「よいのだカッサンドロス──余とウェスタは旧知の仲だと申したはず。気遣いなど一切いらぬ」
「ぐぬぬ……王がそう仰せられるのであれば……」
カッサンドロス大司教は不服そうに顔を伏せる。
王は碧眼を細めて笑うと、今後は勇理のほうへ視線を投げた。
「さて──そなたがユーリだな」
「あ、はい!」
なんとも間の抜けた返事だと自分でも思う。
ここはゲルラのようにビシッと決めたいところだが、残念ながら勇理に王との会話スキルなど備わっていない。
一方で、レモス王は静かに勇理のことを見つめている。
威厳と尊厳を宿した瞳の奥で、陽だまりのような優しさが同居している──これが王たる所以なのか、それとも彼が特別なのだろうか……。
「うむ──良い目をしているな」
そんなことを言われたのは初めてだった。
王の言葉に驚きつつも、勇理は照れ臭さに顔が火照るのを感じた。
「あ、ありがと──いえ、有り難きお言葉です……」
勇理は持ち得る精一杯の敬語で頭を下げる。
「お主ならシヴァとの契約も果たせるやもしれぬな……」
──シヴァ……ムタリオンが言っていた破壊のゴーレムのことか。
「ふん──破壊のゴーレムなど災いの象徴……陛下! 過去の遺物に頼らずとも、我が太陽教が生み出した太陽のゴーレムがあれば、闇憑きなど赤子同然ですぞ!」
「太陽のゴーレムだって!? 聞いたことねーぞ」
王座の間に入ってから、まるで縫いぐるみかのように勇理の肩に黙って乗っていたムタリオンが急に口を開いた。
「なっ!? ウサギが喋っただと──」
「おい、ジジイ。おれはウサギじゃねー神獣だ」
「なんと──こやつも神獣だと……」
カッサンドロス大司教は眼鏡を正し、勇理の肩に乗るムタリオンをまじまじと見つめる。
「おい──こやつも、ってどういう意味だ?」
「ウフフ──相変わらず野暮ったいやつね」
──!?
王座の後方で女の声がした──。
王座の両脇に設けられた、小さな扉の片方がゆっくりと開かれる。
カツカツと硬い靴底の音を鳴り響かせ、数人の影が王座の間へと入ってきた。
影の顔が天井の光に照らされて露わになる──そこには澄ました顔の聖奈と、先日いざこざを起こした金髪、そして大男の姿があった。
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